痴漢 モラハラっぽい

悔しいというか悲しいというか、いろんな嫌な気持ちがぐちゃぐちゃになっていてそんな中でも一番は、怖いという気持ちだと思う。ドキドキと心臓が嫌にはねて、どうにも何をどうすればいいのかわからなくなる。力も出なくなってきて、このままずっとこんなことをされると思うと怖くて怖くて仕方がなかった。
降りる駅はあと三つほど先で、その間にこれ以上のことをされるかもしれないと思うと、涙すら出てこない。チョロ松くんに助けを求めたいけれど、チョロ松くんにこんなことを知られたくはない。きっと嫌な気持ちになるに違いない。チョロ松くんはイヤホンで曲を聴きながら外を眺めている。
こんな情けない姿見られたくない、気持ちが悪い、怖い、やめてほしいと必死に手で抵抗するけれどもなんの意味もないように思えてきた。
アナウンスが、次につく駅を告げる。本当に降りる駅はもう少し先だけれども、開く扉は私が立っている側だし、今しかないと思って私は必死になってチョロ松くんの着ている服の裾を握った。
たぶんちょっと嫌そうな顔をして、イヤホンをとっていると思う。

「なに」
「つ、次の駅で降りよう」
「なんで、もうすぐじゃん」
「体調、が…よくないの」
「ふぅん」

やっぱりちょっぴり機嫌が悪いと思う。口調がいつもみたいじゃなくて、明らかに機嫌の悪いピリピリした声だった。
電車の速度がちょっとづつ遅くなるのがわかる。アナウンスがもう一度着いた駅の名前を告げる。上手に動けるかな、とか、もしもこのまま降りられなかったならとか嫌なことを考えてしまう。ガタン、ガタン、とスピードが落ちて電車は動かなくなった。

「あの、この人痴漢です」

突然ぺちん、と乾いた音がなってから長い間不快で仕方のなかった感触がなくなった。不思議に思っていると、周りの人は皆私の方を向いていた。チョロ松くんは、手を高々と上げるとひどく機嫌が悪そうに「この人痴漢です」ともう一度そう言ってから、開いた扉をちらりとみて、私の手を引いた。引っ張るようにして、電車から出る。チョロ松くんの顔はよく見えないけれども、とってもとってもカッコいいと思った。
とりあえず、近くのベンチに座らせてくれた。はぁ、とチョロ松くんがため息をつく。

「あのクソ野郎……ケツ毛燃えろ」
「ごめんね……ありがとう」
「あぁ、うん」

ちっ、と舌打ちしてゆるく貧乏ゆすりをしているチョロ松くんのその行動はおそ松くんがこの前にチョロ松くんの大切にしていたCDを踏んで割ってしまったときのそれとよく似ていた。だから、とても怒っているんだと思う。
ちょっとだけ、ほんのちょっぴり、チョロ松くんが私のことを大切に思ってくれているように思えてうれしいと思った。

「あいつもアイツなんだけど」
「ん?」
「なまえにも問題があるんじゃないの?」
「え?私に」
「そう、自分で助けを求めないと」
「ご、ごめんなさい……」

それに、そういってからチョロ松くんはぺろりと私のスカートの裾をもってから上に持ち上げる。それからヒラヒラと小刻みに裾を揺らした。

「こんなスカート履いてさぁ、痴漢してくださいって言ってるようなもんでしょ」
「そ、そんなつもりで……!私はただ、チョロ松くんと出かけるのがうれしくて、可愛いって思ってもらいたくて……このスカートを選んだのに」
「僕のせいにするの?」
「違う、けど」
「けど?」
「……ごめんなさい」

はぁ、と大きくわざとらしくため息をついてからチョロ松くんはぴん、とはじく様にしてスカートを離す。

「次から気を付けてね」
「……う、うん」
「ほら、次の電車来たから乗るよ」

近くでアナウンスの声がする。
チョロ松くんは私の手を取った。私は正直さっきのことが怖くて電車に乗りたくないと思うのだけれども、これ以上は迷惑をかけたくなくて黙ってその手を握り返す。
私の、カッコいいと思った気持ちや嬉しいと思った気持ちは一体何に対してだったのだろう。