セーラー服 弁護士 援交(セリフでのみ)


急に連絡で入ってきた「少し遅くなる」というそのメッセージに「何時くらいになるの?」と返せば、返事はこなかった。返事がこないことは割とよくあることだから気にしていない。でも、それに既読がついていないからあの人はきっと忙しいのだろう。「大丈夫なの」とトーク画面で打ったけれどそれは結局送信されないまま、私はトーク画面を閉じた。
外は見るからに寒そうで、ガラス越しから見える並木町の木の枝はかさかさと揺れていた。
ちょっとだけさみしい気持ちになった。目の前に置かれているトレーにあるプラスチック容器に入ったアイスティーの氷はほとんど溶けかけていて、トレーに敷かれている広告のようなものが濡れてちょっとだけ変色している。
私は横の椅子に置いてある自分のカバンの中からお財布を取り出した。数枚のレシートとそれから数枚のお札、小銭はほとんど入っていなくて、可愛い雑貨屋さんのポイントカードとそれからクレジットカードが一枚だけ入っている。残念ながら自分はクレジットカードを自分の名前で持つことはできないからこれは、私名義のものではない。あの人のものである。
時間を見ると、あの人が約束としていた時間から一時間半ほどが経とうとしていた。もう、あの人は来ないのかもと思った。あの人は人に恨まれているから、もしかしたらここに来る途中で誰かに刺されてしまっているのかもしれない。でも、きっと死なないだろう。あの人は刺されたって平気そうだし……。とは思うものの連絡も来ないし時間だって随分遅いから心配になってきた。
その心配が、あの人が無事でいるのかどうかということとそれからもうここに来ないまま、私を捨ててしまうのではないかという二つの心配だったりする。私に愛想を尽かして逃げてしまったのかもしれない。私は何にもできない、どうしようもないオンナだからあの人さえも私のことを捨ててしまえば、もうどこにも必要なんてなくなってしまいそうだ。
もう、私にはあの人しかいないのだ。そう考えると居ても立ってもいられなくなって、もう一度スマホを手に取った。面倒臭いくてうざったいのも充分に分かっているつもりである。それでも、どうしようもなかった。
スマホのロックを解除して、電話帳を探す。それからいくつか名前がのってある表からあの人の名前を探してから通話ボタンをタップする。プルル、と通話音が流れてしばらくしているとひょい、と背後から誰かに電話をとられてしまった。


切羽詰まったような表情をして電話しているのが、なんだか気に食わなかったから後ろからこっそり取って、電源を切った。なまえちゃんは変な声を出してから俺を見ると、眉を顰めて視線を下にそらした。俺は、名前ちゃんの鞄であろうものがおかれているほうの椅子に座るためにそのかばんを床に下す。それを見るとなまえちゃんはひどく不機嫌そうな顔をしてから、それを取って自分の膝の上に乗せた。
スカートは座るときにちゃんとしておかないとプリーツの皺がぐちゃぐちゃになっちゃうからいやなんだよなぁ。あんまり股を大きく開けておくとパンツ見えるし、下品って言われちゃうしさぁ〜。横に詰めようとすれば、なまえちゃんがさらに奥に詰めた。
どうやらこれ以上、俺とは距離を詰めたくないらしい。

「えぇ、何それ。すっごい傷つくんだけど」

こっちを向かないし、なまえちゃんは俺の言ったことに何も反応しない。このまま無視をして、追い払うつもりなんだと思う。

「ねぇ、誰に電話してたの?」
「……」
「松野弁護士って何?また援交するだけしてお金貰えなかったの?」
「……もう、そんなことしてないよ」

俺が知っているなまえちゃんは、もっと髪の毛の色は明るくてスカートも短くて、なんかおっぱい見えそうな服だったし、化粧だって目の周りが割と黒いイメージがある。それか、本当に真っ黒な髪の毛にお下げで膝より少し下で、ちゃーーんと規則を守った制服を着ている感じ。でも今、ここにいるなまえちゃんは髪の毛はちょっとだけ茶色で、淡い色のニットになんか最近町でいろんな人がよく来ているズボンみたいなパンツみたいなやつに、ちょっとだけかかとのある靴?を履いてる。化粧も前みたいなんじゃない。
なんか、俺の知らないなまえちゃんみたいだった。

「二度と話かけないで」
「なんで?」
「……なんでって」

「おそ松くんのせいでしょ」って怒ればいいのに、ってなまえちゃんには無理か。なはは。
そんなに怒らないで、ってそう言ってから肩に腕をまわした。なまえちゃんは心底嫌そうな顔をしてから、俺の手からスマホを乱暴に取る。
なんだかそれって気に食わないと思う。前みたいに、何も知らないまま俺に振り回されていればいいと思った。何にも知らないまま、俺の言う事だけ本当だって信じて、それが正しいことだって思い込んで俺のことだけ好きであればよかったのに。
あんなにダサくてつまらなさそうななまえちゃんに楽しいこととか気持ちいこととか教えてあげたのは俺なのに。

「なまえちゃんさぁ、誰のおかげで女になれたと思ってんの?」

甘い匂いのほかに、ちょっとだけ男の人のつける香水の匂いがした。耳のピアスの穴もふさがってしまったみたいだ。触ろうとすればパチンと手をはたかれてから、なまえちゃんは勢いよく立ち上がった。ちょっとだけ泣きそうな顔をしている。
あ、その顔。

「最低」

そういうと、なまえちゃんは俺の前をすり抜けて外に出て行ってしまった。その先には、お高そうなコートとマフラーを巻いた、男の人が立っている。なまえちゃんはその人の腕に抱きついてから、何かを楽しそうに話しかけてから、暗闇に消えてしまった。
もう、俺の知っているなまえちゃんはどこにもいないのかもしれない。
あの頃、確かになまえちゃんは俺のことが好きだったからてっきり今もずっと好きなものなんだと思っていた。