それは、宵の口に訪ねてきた。
いつもはジャージやスウェットのような恰好が多かったのだが、今日は仕事帰りか可愛らしい恰好をしていた。顔もいつもよりも華やかで、トド松が可愛いねーなんて言いながら何枚か写真を収める。
そうしていつものように、居間にあがり駄弁りこむのかと思えば今日はいつもと少し違うようだった。

「カラ松、少し出掛けようよ」
「え、あ……俺?」
「うん、カラ松」

同じ顔が六つそろってるってのに、なまえはあえて俺の名前を呼んだ。ふっ、やはり俺は神に愛されし男だからな…!!なんていつものように発言をすれば、数々のブーイングが飛んでくる中彼女だけは少し眉を下げて笑った。
それが無性に胸をざわめかせて、どうにかなってしまいそうで、俺は慌てて一張羅に着替える。これまたブーイングを食らったが、彼女だけは何も言わなかった。

空の色が橙色から淡い藍色に変わり、ちりばめられた星がきらきらと光る中俺達は近くの遊園地に来ていた。こんな真冬の夜にまで、ここで時間を費やす人は少なくおまけに閉園の少し前に来た俺達は、怪訝そうな顔をされる。
そんなことを気にすることなく彼女は、足を進めた。フレアスカートから伸びる彼女の脚は細い。

「なまえ。」
「あれに乗りたいの」

あれ、と言って指をさすのは観覧車で。なまえの冷たい左手が俺の手をつかんだ。


がたがた、思いのほかに風が強く車内は不安定に揺れ、そして時々止まる。窓の外からは、綺麗な夜景が目に映った。
なまえと向かい合うようにして座れば、彼女は窓に視線を映したままこちらを見ることは無い。そうして、会話もないまま一番上へと上がっていく。

「ねぇ、カラ松」
「なんだ、なまえ」
「あのね」
「うん」
「どうか、私と一緒に死んでほしいの」

そう言った彼女の視線はもう外に向けられていなかった。

「おそ松でもチョロ松でも、一松でも十四松でもトド松でもなくて、私はカラ松がいい」
「……」
「無理にとは言わない、最後は一人だから」

この人はこんなにも綺麗で儚かったか。ふとそんなことを考える。
なまえは小さなころから俺達をいつも一緒だった。兄弟と言ってもおかしくないほどの距離感で今まで生きてきた。そりゃあ中学生や高校生なんてお多感な時期は互いに意識して少しぎこちなかったりしたが、それでも今も変わることなく関係が続いている。
そして俺はずっと、ずっと彼女が好きだった、付き合いたいだなんてそんなことは想うことはなく、ただ彼女が幸せそうに笑っているのをどこかで見ていたかっただけだ。

「別に何が不満とかじゃないの、ただ明日も息をするのがひどく面倒で」
「……そんなこと、ずっと思ってたのか」
「ずっとじゃないけど、まぁ…ちょこちょこ」

一瞬、一松が頭に思い浮かんだ。彼奴もそんなことを言ったなぁ。一松は誘わなかったのか、と聞けば彼女は少し笑ってから一松は駄目だよ。と答えた。

「一松は死にたがってないもん」
「俺はいいのか」
「……どうなんだろうね」
「おい」
「嘘だよ。私は駄目な奴だから優しいカラ松に甘えてるの」

薄暗い中で、なまえと目があう。そうか、なまえは俺に甘えているのか。
なまえは俺の世界を構成する大切な人物の一人だ、彼女がいなくなってしまえば俺も後を追うかもしれない。それほどまでに彼女に心を寄せている。
じゃあ兄弟たちは?俺の存在理由のほとんどを占める彼らを残して俺は死んでしまってもいいのだろうか。
どちらも手放したくないし、どちらを捨てることすらできない。

「…私には、カラ松しかいない。あなたには沢山の優しい兄弟がいるけれども私にはいないの」
「なまえも兄弟じゃないか」
「……本当につながってるものはなにもないよ」

彼女はどうして、明日息をすることさえも面倒なのだろう。俺が酸素を与え続けようと言えば、彼女は死ぬことをあきらめてくれるのか。きっと笑ってしまうんだろうな。
結局返事が返せないまま一周をしてしまい、俺達は再び地に足をつけた。

「……今日はどうもありがとう」

彼女はまた笑った。でも、哀しそうに。あぁ、きっとなまえは本当に死んでしまうんだなと思う。根拠はないけど自信はある。
さっきよりも更に冷たくなった彼女の手を掴んでそのまま抱き寄せる。掴んだ彼女の腕は細くて、きっと力を入れればすぐに壊れてしまいそうだった。
こんなにも細く、もろいのに、彼女は二十年以上も生きてきたのか。抱きしめると香る香りは胸を切なくさせる。
身を切るような冷たい風が吹いて身震いがした。時刻は10時になろうとしている。

「どこで死ぬんだ」
「…暑くないとこで寒くないところ」
「そんな都合のいいところがあるのか」
「うん」
「一人でできるのか」
「…うん」
「仕方がない、俺もついていってやろう」

胸に押し付けられていた彼女の顔が、こちらに向けられて怪訝そうな表情がうかがえる。
自分で言いだしたことだろう、と言えばそれもそうかと言ってわんわん泣き出すのだった。