なんちゃってスチームパンク  かなりひどい ちょっといやらしい


「じゃあ、俺ちょっとだけ用事済ませてくるからここでいい子に待っててな?」
「うん」

ぽんぽん、と私の頭を撫でてからおそ松くんはいつも通りにっこり笑って、私の頬に触れる。煤がついてる、と言って指で拭ってくれてからおそ松くんはごったがえしている人混みの中に消えていってしまった。
私は暫く、おそ松くんが呑み込まれていった人混みをぼんやりと見つめてからふぅと小さく息を吐いた。砂ぼこりと、何かが燃えているその煙が煙たくて咳払いをしてから、私は俯く。おそ松くんはいつ帰ってくるのだろう、一体何をしているのだろう。とそんなことを考えながら帰りをまっていると、視界がちょっとだけ曇った。それは天気のせいじゃなくて、誰かが私の前に立ってその影ができてそのせいなのだと思う。
帰ってきたのかな、と私は顔を上げるとそこには全く見たことのない二人組の男がいた。一人は、私を見ると嬉しそうに笑ってから名前を呼んで、どかりと横に座って肩を抱く。もう一人の表情は、逆光になっていてよく見えない。

「やっぱり、近くで見ると更に美しいな」
「?」
「カラ松、早くしないとあいつ帰ってくるから」
「そうだな。なまえ」

肩を抱いていない方の手が、私の手に触れてからやんわりと指を絡められる。それから、ちゅ、ちゅと指先に二回キスをされた。

「俺はカラ松、賞金稼ぎだ。あの、アウトローおそ松に賞金首がかかっているのは知っているよな」
「えっと、あの……おそ松……とは?」

おそ松くんが、教えてくれたことだった。なまえちゃんは俺についてきているだけで、特に悪いことはしていないから、万が一そうやって俺の名前を出された時は知らないと答えればいい、と。
おそ松くんといるときも、おそ松くんは賞金首がかかっていることや、警察に目を付けられていて絡ままれることもあったけど、今まではおそ松くんがいたおかげでうまく切り抜けることができた。
だから、私は言われた通りにおそ松くんのことは知らない、と答える。すると、カラ松、と名乗った賞金稼ぎはきょとん、としたけど私の前に立っているその人はめんどくさそうに溜息をついてから、ポケットからぺらぺらとメモ帳と思しきものを取り出した。

「そう言えってあのアウトローに言われたのかな。だいたい、調べはついてるから、しらを切っても無駄だよ」
「…………」
「チョロ松、あんまりなまえをいじめないでくれ」
「別に苛めてないけど。そんなことより、用件だけさっさと済ませるね」

チョロ松、と名乗るその人は座っている私に目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。身なりからして、新聞記者のように見える。

「さっきもカラ松が言ったように、お前の大好きなあのアウトローには賞金首がかかってるんだよね。それで、今からとっ捕まえて警察に差し出そうと思ってる」
「差し出すって、おそ松くんは」
「そうそう、なかなか捕まんなくて色々苦労はしたがな。今は既に俺の考えたパーフェクトな作戦が実行されてお縄でぐるぐる巻きにされていると思うぞ」
「……」
「あのアウトロー、やりたい放題だったから罰金じゃすまないだろうね、実刑判決下ってそこそこ長い期間豚箱に収容されるんじゃない」

それを私に言ってどうしたいのか、というのを考えたけど私みたいなのができることなんて何もなかった。
ならず者のおそ松くんについていくとなった時点で家とは完全に縁を切ったことになっているし、そんな私と仲良くしてくれる人なんてもう誰もいない。おそ松くんの手を引いた時点で私に残っているのは、おそ松くんしかなかった。お金も、地位も名誉も何も持っていない私に、わざわざ賞金稼ぎと新聞記者と名乗る男が来るわけがよく分からない。
そんな風に困っている私を見ると、カラ松と名乗るその男はさっきおそ松くんが私にしたようなことを全く同じようにした。

「さて、ウィンドが俺を呼んでいる。俺はおそ松を引き取って警察に引き渡してくる。明日のトップ記事は最高にクールでいかした俺の写真をよろしくな」
「はいはい、分かったから」
「じゃあ、なまえ」

ちゅ、と指先の次は頬にキスを落とすと、その男はウインクをとばしてから立ち上がった。きっとこのままさっきのおそ松くんと同じようにして、この人混みに紛れてしまうのだろう。そうなってしまえば見つけることは出来ないし、言っていることが本当ならおそ松くんが危ない。
とっさに、ぎゅっと襟の立っているジャケットの裾を握って男を呼び止めた。その人は、私がしたことに気づくと叉嬉しそうに笑う。

「お、お金ですか……?」
「……」
「だったら、かけられている賞金よりも倍出します……だから」
「どう考えても、お前みたいな元お嬢様がそんな大金稼げるわけないでしょ」

新聞記者のその男は、面倒くさそうにそう言ってから俯く私の前髪を掴んで無理に視線を合わせた。

「お前みたいなのにそんな大金は稼げないね」
「…でも、わたし」
「あのアウトローの賞金よりも価値のあるもの、何か持ってないの?」
「賞金よりも、価値のあるものなんて」
「……じゃあ、カラ松はお前のこと気に入ってるみたいだけど?それに、何もないならカラダで払えば?それくらいはできるよね」

何もない奴はそうやって何でもして生きていくんだよ、とそう言った。
何を言っているのか上手に理解できなかった。結局カラダで払ってくれということなのだろうか、よく分からなくて、どうにもできなくて、でもおそ松くんが危なくてそれはどうにかしたくて、でもできなくて。そんな風に考えるとやっぱり私には何も出来ないんだな、と悔しくなった。
目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。ぎゅ、とさらに強くジャケットを掴んだ。

「……なんでもするので、おそ松くんを見逃してください」
「なまえ、あぁ、なまえ!」

歪む視界で、賞金稼ぎが嬉しそうに私の名前を呼んで抱きしめたことと、もうおそ松くんには会わせてくれないということだけはわかった。



「今日は、なまえから気持ちよくしてくれるって話だったのになぁ」
「ご、ごめんなさ、っひあ、あぁ、はうっ」
「自分ばっかり気持ちよくなって、#name#は変態さんだな」

本当に悪趣味な男だと思う。
僕とカラ松の関係は、平たく言えば賞金稼ぎと新聞記者であってそれより深くかかわってはいない。けど、今回の話はちょっとだけややこしくて、そんなビジネス的な関係にカラ松は自分の感情を持ち出してきた。
賞金首にかかっているおそ松が一緒に連れているあの女がほしい、らしい。結局おそ松とその女を騙して手に入れることが出来たわけだけど、これはこれでどうなのだろう。ビジネス以外の形でかかわることがなくてよかった、と心底思う。
名前は、なまえといったか。カラ松に好かれてしまったかわいそうな女の子だ。
カラ松は、なまえを自分の手元に置いたらあとは構わずあいつを警察に突き出すつもりだ。つまり、彼女は自分の持っているものをすべて差し出したのに、あいつは約束を守らないつもりでいるのだ。そして、僕は新聞記者であって、そんなカラ松があいつを捕まるところをスクープとして記事に書くつもりで協力した。なのに、事態はややこしくなるばかりだ。
悪い奴ではないのだけど、ちょっとだけ頭がおかしい。なまえは明らかに嫌がっているのに、カラ松はそれに気づけないままでいる。
しくしくと泣いているなまえのことをどのように見ているのかはわからないけど、カラ松は嬉しそうに名前を呼んでからキスをするのだった。

「っはぁ、やだっ、やぁ……そこ、だめぇ」
「大丈夫、昨日もここで上手にイけたからな」
「ひあっ、んんんっ」

でもまぁ、僕には関係のないことだし。ベッドのわきで向かい合うような体制でよろしくしている二人を横目に僕は雑誌を読んでいた。
甘ったるいなまえの喘ぎ声はいつだって、涙声で誰かに許しを請うようなものだ。それは、なまえが好きだったであろうあのならず者に対してなのか、カラ松に対してなのか、はたまた自分に対してなのかは僕には到底わからない。
大きなお屋敷に、きれいな洋服やアクセサリーで着飾ったなまえは一番初めて出会った時よりかはずいぶんと美しく見えるのだけど、結局それは見た目に過ぎないように思えた。カラ松にようがあるたびにここを訪ねるわけだけど、彼女は悲しそうにうつむいてカラ松のそばにいる。それは、きっと彼女が望んでいるというよりかは逃げられないように、やんわりとあれやこれやと暗示でもかけられているように思えた。

「そろそろ時間だと思うんだけど」
「あぁ、そうだな。なまえ」

カラ松はちゅ、ちゅとぐったりしているなまえに嬉しそうにキスをおとした。それから、とんとんとん、と優しく背中を撫でてあげている。

「僕がいるのに、構わずするのやめてくれない?」
「ン〜〜?」
「毎度、着衣ってのもマニアックでドン引きなんだけど」
「あぁ、それはたとえチョロ松でもなまえのキュートな姿は見せられないからだ」
「うわ、なおさらやめろよ」

その様子だと、僕がいない時だと本当にさんざんな目にあわされているんだろうな。とちょっとだけ同情した。
気持ちよかったな、と正直それはレイプと取れないわけでもないようなそんな無理やりな行為なのに、カラ松はそう言ってから嬉しそうになまえを抱きしめる。
そろそろ、時間なんだけど、ともう一度そういえば、ちらりと時計を見てから、乱れた自分の洋服と整えてから、こほんと咳ばらいをする。

「呼んできてくれ」

ぐったりとしているなまえのきれいな髪の毛を撫でながらそう言われて、僕は軽く舌打ちをする。それから、扉を開けてそこの向こう側で待っているあいつに目を向けた。

「ちゃんと、なまえちゃんのこと返してくれるんだろうな」
「さぁ、どうなんだろ」
「おい、約束が違うぞ!」

ずいぶんといら立っているようで、そいつは僕の胸倉をつかんだ。
よほど、あの女のことが大切なのだろう。僕はぺしっ、とそのならずものの手を振り払ってから、乱れた襟元をただす。

「僕は何もしてないよ」
「おい」
「でも、本当にあの子のことが大切だと思うのならここに来なかった方がよかったんじゃないかな」
「どういうことだよ」
「帰ったら?」

全部捨ててまでお前のことを守ろうとしてあんなに惨めな目にあってるのに、それを本人にみられちゃあさすがにかわいそうだ。
本当はここで、こいつをとっ捕まえるつもりだったけどさすがにかわいそうだったから僕はそう助言した。
ほら、なまえ本人の前で最愛の人をとっ捕まえようだなんて、やっぱり悪趣味だ。



お粗末!