彼氏について、二つほど謎がある。
一つ目は彼の美的センスだ。手先が器用だからしょっちゅう自作の(クソ)タンクトップやら、(クソ)ブリーフやらを作っている。釣り堀にも、スパンコールがキラキラのズボンを履いてきたり、幼馴染の女の子の家に行くのにバスローブを着てきたり。とりあえず、イタいものが好きらしい。でも、ここまで来れば、美的センスというより常識の方がヤバいのかもしれない。
二つ目は、彼が話す言葉。日本語を話しているらしいのだけど、私には一向に理解できない。付き合ってそこそこの年月になろうとしているけど、今のところ理解できるのはメイクラブがセックスをさしていることだけだ。(あまりにも回数が多いこととか、色々とアレなところから察した)
好きだ、という短い言葉でさえもややこしい言葉で変換するし、それも又バリエーションが妙に豊富だから、私の理解は追いつかない。
それが不安なのだ。カラ松くんの話す言葉、通称カラ松語が理解できないから、カラ松くんが何を思って私に言葉を発しているのか分からない。おまけに、そのカラ松語がえらく気に入っているのか、その姿勢を崩さないし、他の兄弟も「わからないから、無視」なんてスタンツだ。
カッコつけなくていいのに、普通の話がしたいのに。それを悩んだ私は、カラ松くんの兄弟、十四松くんのすすめで、とある博士を紹介してもらった。
語尾に、ダス、がつくのが特徴のその人は一通り私の話を聞いてから、お薬をくれた。なんでもそれは人の気持ちが分かる薬らしい。本来それは、注射で接種するものらしいけど、前にそれをものすごく嫌がった人がいて、ちょっとした事件になったらしく(猫が話すようになったとか)、錠剤に替えたらしい。
いくらかお金を払ってそれを貰ってから、私は松野家を目指した。


松野家には、一松くんしかいなかった。私の顔を見るや否や、少し鼻で嗤ってから「クソ松なら今いないから、待ってれば」と顎で今を指した。ありがとう、と返して私は言葉に甘えてお邪魔することにする。
私は、カラ松くんが帰ってくる前にその薬を呑もうと説明を読んでいれば、部屋の隅っこで座っていた一松君が興味を示した。

「なに、アンタ病気なの?」
「ううん、もらったの」
「げ、きもち薬じゃん……」
「知ってるの?」
「まぁね。……それで、それ呑んで何が知りたいの?」
「カラ松くんの本当の気持ち」

そう言えば、ちょっと怪訝そうな顔をした。

「そんなもん知ってどうしよっての」
「……どうって、別に……」
「興味本位で人の本心なんて聞くもんじゃないと思うけど」

一松くんは、どうやらカラ松くんの本当の気持ちを知るのはおすすめしないみたいだ。言っていることも正論だと思う。

「アンタ、長くいる割には何にもわかってないんだね」
「?」
「クソ松のこと、紳士か何かと勘違いしてるんじゃない?彼奴は、僕らと何ら変わりない屑なんだよ。しかも、たぶん一番たちがわるい」
「どういうこと?」
「呑んで、気持ちが分かって、それがどうしようもない感情だったとしてもお前はちゃんと受け止めるわけ?」
「どうしようもない感情って……」

今一話がのみこめない。ぎゅ、ともらった薬の瓶を握りしめると、一松くんはそれをみて小さく溜息をついた。
分からないなら呑まない方がいいんじゃない、そう言ってから立ち上がった。

「ま、待って」

たぶん、このままどこかに出かけてしまうんだと思う。
一松くんの言っていることが正しいと思うからこそ、それが何を意味しているのかもっと具体的に知りたかった。たぶん、一松くんはカラ松くんが日頃何を思っているのか分かっているからこそ、そう言ってるんだろう。
一松くんのよれたパーカーの裾を掴んで、もう少しだけ話がしたい。と言えば、もう一度溜息をつかれて、どかりと私の横に座った。それから、乱暴に私の手から瓶をとって、じゃらじゃらと錠剤を出していく。

「ね、ねぇ」
「呑めばいいじゃない、めんどくせぇ」
「んっ、ぐ?!」

チッ、と舌打ちをしてから一松くんは、その手に持った錠剤を私の口に無理矢理押し込んだ。びっくりして、吐き出そうと思っても、一松くんは飲み込めと言わんばかりに口を手で覆って、もう片方の手で鼻をつまんだ。

「んぅ、ん……!」
「早く呑みこめって」

訳が分からなくて混乱してる中で、どうにか苦いそれをかみ砕いてから呑み込む。
喉が上下したのを見てから、一松くんはゆっくりと手を離した。

「っ、ふ、げほっ」
「可哀想だね、そんなもの呑まなくたって」
「フッ、アイムホ〜ム!戦士の帰還だぜぇ」
「ヒヒッ、タイミング悪いね」
「いちまぁつ、と……なまえ?」

がっつりキメポーズを決めたカラ松くんが見えた。
カラ松くんは私と一松くんの名前を呼んだあとに、きょとんとした顔で私達を見つめる。どきどき、と緊張してきた。お薬は即効性だと教えてもらった。だから、本当に効くのなら、もう少しでカラ松くんの本当の気持ちが分かる。
一松くんは、めんどくせぇと小さな声で呟いてからそそくさと部屋から出ていった。

「二人で何やってたんだ?」
「あ、ぅ……薬をもらって」
「……薬?なまえ、何処か悪いのか?!」

バタバタと駆け寄ってから、私の横に座って肩を抱きしめられる。
ふわっとカラ松くんが気に入っていると言っていた香水の匂いがした。
どこも悪くないよ、と返そうと思ったけど何も言えなかった。そんな私をみてカラ松くんは、ころんと転がっている気持ち薬の瓶を拾って見た。

「きもち薬……?」
「そ、そう……本当の気持ちが分かるって……」
「ふっ、ギルトガイな俺の真心が知りたいってことか!心配することはない、俺はいつだって真実のラヴをなまえに囁いているからな…!」
「……っ」
「せっかくなまえと二人っきりになれたんだし、狂った果実でも……なまえ?」
「な、何でもないよ」

きもち薬、その人の本心がわかるらしい。じゃあ、今私が聞こえているそれはカラ松くんの本当の気持ちということなのだろうか。こんな感情が、カラ松くんの本当の気持ちだったのか、と私はさっきからずっと怪訝そうな顔をしていた一松くんを思いだした。
一松くんが言いたかったことが今なら少しだけわかる。

「体調がよくないなら…」
「大丈夫、何処か出かけよっか」
「そうだな!」

嬉しそうな表情をして、私にキスを落とすカラ松くんは確かにそこにいるのに、聞こえてくる本心とやらはそんな彼の行動とは全くかけ離れていた。