これを読んでからのがわかりやすい、時系列は前

朝、きちんと鍵を閉めたそれは、夕方には鍵がかかっていなかった。あぁまたか、と私は溜息をついてから横にある、何かで溢れた郵便受けを見つめる。お互いに気の迷いだったに違いないのに、あの人は未だにそれを運命だとか、そんな言葉で肯定しようとしてくる。

「おかえり、ハニー」

私が帰って来たのがわかったのか、その人は扉を開けてから嬉しそうに笑って、私を玄関へと引き入れた。フリフリのエプロンは、この人の手作りで、一週間ほど前に私に着てほしいと言ってプレゼントしてきたものだった。私は料理をしないから、エプロンなんて必要ないの、と適当な理由をつけて返そうとすれば、じゃあ俺が料理をするだなんて言いだしてこの様だ。
何を考えているのかさっぱりわからない、それは叉相手も同じらしい。

「あぁ、今日もお仕事お疲れ様」
「……」

松野カラ松、2X歳、東京都赤塚区に住んでいる六つ子の次男、と言っていたような気がする。誕生日が5月24日、お酒はあんまり飲めないとか。優しい人なんだとはわかるんだけど、それは私に向けるべきものじゃない。
私を玄関に引き入れてから、ちゅっちゅと優しく唇を寄せられる。片手は、私の腰をするりと撫でる。私は唇にぎゅ、と力を入れて舌を入れられないようにした。油断するとすぐに、そんなキスをしてセックスをしようといってくる。

「私達付き合ってないんだけど」
「照れた姿も可愛いぞ」

さぁ、何をどう見れば私とこの人が付き合っているように見えるのか。友人にも何故か、この人の存在が知られていて、この人が(勝手に)私の仕事場の場所を把握して、残業で遅くなるときは、(勝手に)待って、(勝手に)迎えに来てくれるのを見て「凄くいい彼氏だ!」なんてはしゃいでいたのを思いだした。
一方的で、重たい。
カラ松くんは、私との出会いを運命だと言うけれど、私からすれば気の迷いに過ぎない。たまたま、公園でカラ松くんが首元にかけていたサングラスを落とすのを見かねて、偶然、拾って届けただけだ。本当にそれだけ、それだけなのにカラ松くんはとっても嬉しそうにお礼を言ってから、次の日からこうやって私の家に勝手に上がり込んで、自分は彼氏だ!と言い張り、家事をして、適当なスキンシップをしてから帰るのだ。
何故か警察にも、取り合ってもらえない。私が可笑しいみたいだ。

「今日は、ハニーの好きなものを作ったんだ」
「……」
「随分疲れているみたいだな」

そうだよ、カラ松くんのせいで疲れてるんだよ。と答えれば、そうか、俺のせいか…!なんていってから少し嬉しそうに笑った。
ちゅ、ともう一度キスをしてから、腰にまわされた手がゆるりと下に伸びたので私は「しないよ」と言う。当たり前じゃないか、付き合ってもないのになんでセックスをするんだ。するとさっきまで嬉しそうにしていたカラ松くんの表情はとたんに、しゅんとして「わかった」と泣きそうな声で言った。
カラ松くんのなかでは、付き合って三か月ほど経ったからセックスだってしたいし、兄弟達にも紹介したい、と言った。私は、付き合ってもいないし、セックスだってしたくない。関わることもないから、カラ松くんとの兄弟も別に知らなくたっていい。

「疲れているなら、先に風呂に入ろう。ほら」

男の人らしい、がっしりとした手でそのまま脱衣所に連れていかれる。私は、一人で入れるからいいよ、と断ってから「早く帰ってほしい」と言って、風呂に入った。当然、私の言ったことなんて守ってくれなくて、お風呂から上がればカラ松くんはテーブルに丁寧に二人分のご飯を用意していた。
悪い人じゃないと思ったけど、付き合いたいとは思えないし、正直迷惑だ。私はハニーではない。運命じゃないんだってば。

「ねぇ、どうしてこんなことするの?」
「こんなことって?」
「勝手に家に上がり込んで、私にプロポーズして、プレゼントを郵便受けに押し込んで…私、ちょっとサングラス拾っただけだし…好きになる要素ないよ」
「……」
「カラ松くんにとってそれは嬉しかったことなのかもしれないけど、私はあの日の相手がカラ松くんじゃなくても同じことしてた」
「いや、ハニーは運命の相手さ」
「勘違いさせたなら謝るからさ、だから」
「あぁ、ほら飯が冷めちゃうだろ。せっかくハニーの好きなものにしたのに」

座って、と腕を引っ張られて強制的に座らされる。
優しいけど、強引だ。それで、その優しさは押しつけがましい。
最近残業ばっかりだったし、なによりカラ松くんのことが重荷になって仕方がない。疲れた、私は「疲れたから、ご飯はいらない」と言って隣の寝室に行こうとすれば、「でもご飯は食べた方がいい」としきりに勧められる。

「別に一食抜いたって死にやしないよ」
「でも、あまり量が残ってないんだ。さっき使ったから」
「なに量って」
「…あ、いやなんでもない」

いつもに増して変な人、と私は手元にあったお茶を飲む。それをカラ松くんはじっと見ていた。

「そうだな、疲れているなら眠ったほうがいいか」

もぞもぞと布団に入る私の頬を撫でてから、何故かカラ松くんも布団にもぐりこんだ。
どうにかならないのか、どれだけ「私はカラ松くんの彼女じゃない、付き合ってない、好きじゃない、こんなこと迷惑だ」と伝えても「照れている所も可愛いぞ」の一点張りに何も変わらない。悪質な行動を起こせばいいのに、こうやって献身的な行動が多いから周りもこれがおかしなことだと信じてくれないのだ。
誰か、カラ松くんを納得させてくれる人はいないのか。……あ、そうか。

「カラ松くん」
「なんだ、ハニー」
「明日、カラ松くんの家に行こっか。ご両親かご兄弟と話がしたいな」
「あっ、つ、ついに……!そうだな、明日行こう」

何を勘違いしているのか知らないけど、私はご両親かご兄弟に説得してもらうことにした。身内の言葉なら聞くかもしれない。そうしたら明日から、一人用のベッドで二人で寝なくて済む。運命なんてものないんだよそんなもの。

「愛してるぞ、ハニー」

うとうととまどろんでいくなかで、カラ松くんが優しくそう囁く、その声は、甘くて低い。とっても心地がいいものだった。