「ぶっちゃけさぁ、爪の色も興味なくてケツ毛燃えるけど、それ以上に、あの、目だけとか、口だけとかのあの自撮りなんなの?」
「……」
「ほんっとうに興味ない!あと、やたらスタバァの商品ばっかり撮ってあげるやつ!本当にうざい」
「……」
「ったく、本当に……お前らのそういうのに興味ねぇっつーの!」

チョロ松くんは誰の話をしているのだろうか。
彼と付き合いだして、三か月ほどになる。けど、私はあまりお洒落に詳しいわけじゃないから、SNSなんかにネイルや目、口だけといったポイントメイクを自撮りして載せたことはない。それに、スタバァにもあまりいかないので無論、載せたこともない。じゃあ、今、べろんべろんに酔ったチョロ松くんが怒っている相手は誰なのだろうか。
聞いてみようとも思ったけれども、正直なところ、けっこう面倒くさいと思っていたりもするから、聞かないことにする。
そうだね、そういうのって面倒くさいよね、と相槌を打って私は近くにあった熱燗をおちょこに注いだ。

「でも、あいつら、第一、働いてるし……」
「……」
「僕も、やろうと思えばできるけど、あのクズでどうしようもないクソ兄弟のせいで……はぁ」
「……」
「この歳で、ニートだし…おまけに、童貞だし……クッソ、なんで僕ばっかりこんな想いしないといけないんだ」

どうやら、彼の中では、自分がまだ定職についていないことと性行為の経験を一切持たないことに負い目を感じているようだった。
前者はともかく、後者はそんなに焦ることもないと思うんだけど、それも叉口にしてしまえば、面倒なことになりかねないのでやめておこう。
すっからかんになったとっくりを確認してから、ちらりと腕時計を見た。時間はそろそろ終電前で、このまま家に帰るのであれば、引き返すのは今だと思う。机に突っ伏して、未だに何か不満を言っているチョロ松くんの肩を、とんとん、と二回叩けば、びくり!とやけに大きく肩が揺れてから勢いよく顔をあげる。

「な、なに!」
「いや、えっと…そろそろ時間かなって」
「え、もう?」
「うん。これから、どうしよっか」
「どうするって……そんなの」
「そんなに童貞……なのが、嫌なんだったら……」

半開きだった瞳が、あっという間に大きく見開かれる。ぱちぱち、と二回瞬きをしてから、チョロ松くんは私の名前を呼んだ。

「…え?」
「いや……その……、私は別に構わないよ」
「……う、うん」

付き合って三か月、それなりに時間は経ったと思うし、童貞であることがそんなにコンプレックスなら、今日卒業させてあげようと思った。私はしたことがないわけじゃないし、チョロ松くんとなら構わないとも思っている。
お酒がまわっているからか、よく分からないけど、顔を真っ赤にしたチョロ松くんは、ぎゅっと私の手を握ってカウンターへと向かう。
意識はこれでもかというほどに高いチョロ松くんではあるが、今日の飲みのお代は全て私もちである。


どことなく胃が熱くて、それでいて気持ちが悪い。おまけに、頭も重たいし、気分もイラついている感じがする。
ぼんやりと、何も考えないでいると、徐々に視界がクリアになっていて、完全に覚醒したときには、目の前は見慣れない天井だった。
どこだここ。
ばっ、と重たい体を起こして辺りを見渡す。まったくもって、見たことのない風景だった。僕の家でもないし、彼女のなまえちゃんの家でもない。じゃあここは?
わたわたとあたりを見回していると、遠くでシャワーの音が聞こえる。

「……えっと」

ふと、後ろを振り向いてみると、いつしか僕の兄弟が、使う予定もないくせにからっぽのお財布に入れていた包装紙が見えた。
それが何なのか分からないほどに、クソ童貞ではない。それくらい知っている。
ここは、つまりあれか、俗に言うラブホテルと言ったところか。ここがそういう場所だとわかったとたんに、どきどきと大きく心臓が跳ねた。ベッドの脇には、なまえちゃんの鞄が置かれている。
どうにかしないと、と思った時にタイミングがいいのか悪いのか、なまえちゃんの姿が見えた。

「起きた?」
「…う、うん」
「ごめんね、チョロ松くんねむっちゃったみたいだから先に」
「別に…そういうのはいいんだけどさ」
「?」
「……」

まさか、女子との接点が多いトド松や、テンションだけでどうにか生きてきたクソ長男よりも先に、僕が童貞を卒業できる日がくるとは!
いや、真面目に生きてきたし、ぶっちゃけあの六人の中なら僕が一番早く卒業するのは当然と言えば当然なんだと思うんだけど……でも、この感じ…きっとなまえちゃんは初めてじゃないんだろう。本当のことを言うと、僕と同じようにしたことがない女の子がよかったけれども、それもそれできっと僕のテクニックが試されているから、嫌だし、だからって、今回みたいに経験済みの女の子とすると、以前の男と比べられて「やっぱり、チョロ松くんって下手くそだね」なんて思われるのも嫌だ。でも、セックスはしたい。でも、ここまで来たのにこんなことごときで呆れられたくない。
というか、そもそもなんでセックスする流れになってるんだ?僕が、誘った記憶は一切ない。じゃあ、なまえちゃんが?
清楚で控えめに見えるのに……。がらがら、と僕の中でのなまえちゃんのイメージが大きく壊れていくような気がした。女の子に、性欲なんてものないはずだ、そういうことがしたいってのは、クソビッチなわけで……。

「チョロ松くん、大丈夫?ちょっと飲みすぎたかな?」
「……いや、大丈夫。その……」
「?」
「僕、帰るね」

あ、え?、とびっくりするなまえちゃんの横を通り過ぎて、僕は部屋を出た。
明日、別れようと連絡をしようと思う。はしたない女の子と付き合うなんて嫌だ。