バスケ部

平均63点に対して、松野カラ松くんのテストの点数は47点だ。何度計算しなおしても、それは変わらなかった。
おおきく溜息をついて、持っていた赤ペンを机にほおり投げて大きく伸びをする。テスト前にあんなに一生懸命に教えたのに、思ったよりも効果が出なかったなぁ。
ぎし、と古びた事務椅子が音を立てる。
さて、そろそろ今日もくる筈だろうと、めったに人通りのないこの理科準備室の扉をぼんやりと見つめていれば、ばたばたと誰かが走ってくる音が聞こえた。

「なまえ!!!!!!!」

がらり、と大きな音がたてられて扉が引かれる。私は小さく溜息をついてから彼の元へと近寄った。

「学校にいるときは、先生って呼んでほしいって…」
「あ、そうだったな」

すまない、ティーチャー!、相変わらずのキメ顔で彼謝った。あんまり、申し訳ないなんて思っていないに違いない、本当に謝っているときはしゅんとしているのだから、名前で呼ばれることは暫く続くのだろう。

「今日は金曜日だから!俺、家には友達の家に泊まるって言ってきたぞ」
「……うん」
「好きなもの、作ってくれるんだよな?」
「うん」
「なまえが作るのなら、なんでもいいけど……唐揚げが食べたい」
「そう言うと思ってたから、下ごしらえはしてあるよ」

はい、と私はポケットの中から家の鍵を取り出して彼に差し出した。
ちょっぴりびっくりした後に、なんだか照れくさそうに微笑んでそれを受け取る。

「私はスーパーに寄って帰るから、少し遅くなるね」
「迎えに行く」
「いいよ、ばれた方が危ないから」

そう言って彼の方を見上げれば、不服そうな顔をして、何かを言いたそうにもごもごと口を動かした。
教育上、教師と生徒が付き合うのはよろしくないらしい。まぁ確かに、教師の勤めにに対して、生徒に恋なんてする必要ないし、なんだかいかがわしいようにも思う。親の目線から見れば、気持ち悪いし、そんな学校に子供を預けたいなんて思わないだろう。
でも、どうしても、どうしようもないことなのだ。私だって好きになりたくてなったわけじゃない。でも、彼じゃないとダメなのだ。関係上にも問題があるし、少しだけ年の離れたそれにも問題は残る。それでも、そんな危険を冒すことを選ぶまでに、私は生徒であるカラ松くんのことが好きだった。
少しだけ膨らんだほっぺを、つつこうと手を伸ばせば、手首を掴まれる。

「どうして、好きなのにいけないことのように言うんだ」
「……どうしてって」
「俺は、なまえのことが好きで大切にしたいだけなのに」
「……」

好きという感情自体は悪いことじゃないのに、こんなことを続けていれば、確かにいろんな気持ちも積もってくると思う。人前で堂々と交際を宣言したいのなら、私がこの仕事を辞めるか、彼が卒業するまで、あと一年半ほど待つしかない。それでも、生徒と教師であったという関係は事実として残るから、周りからはあまりいい目で見られることは無いのだろう。
今にも泣きそうな彼を見ると、カラ松くんもまだまだ高校生なんだな、なんて思う。掴まれていない方の手で、頭を撫でてあげようと思えば、掴んでいた方を引き寄せられて、抱きしめられる。
汗のにおいと、安い制汗剤の匂いがした。

「俺は、すごく焦ってる。男だから、なまえをリードしたい。でも、俺ばっかり余裕がないみたいで」
「……私も余裕ないよ」

学校の先生ということ以前に、私はみょうじなまえであって、女なのだ。どうしようもないこの感情に、私だってどうすればいいのか分からない。
本当は沢山甘えたいし、恋人っぽいことがしたい。こうやって彼に嘘をつかせて家に上がらせるなんてことにいちいち罪悪感を感じたくないし、好きだし大切にしたい。
まだまだ幼いはずなのに、こうやって時々見せる彼の姿に、なんだかんだでやっぱり男の子なんだなって、そう思うとドキドキした。
どれもこれも、悪いことじゃないはずなのに、こんなにも苦しい。

「お風呂も洗ってあるから、沸かして入ってていいよ。部活大変だったでしょ」
「……ん」
「すぐに帰るから、心配しないで」

ご飯楽しみにしててね、そう言って私は彼から身体を離した。
それでも、カラ松くんは不服そうな顔をしていた。はい、と声をかけてから、ぽんと背中を叩いて、廊下に出す。カラ松くんは私の名前を呼んで、何か言いたそうにしていたけれども、結局何も言わないまま、夕日が差し込む長い廊下に消えていった。



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