私だって、人間なのだから一定の性に対する欲求なんてものはキチンと持ち合わせている。そういうこと、に興味をもっているし、でも彼氏なんてものがなかなかできなかった私にとって、そういうことの情報源は、段々と綺麗になって素敵な男の人とお付き合いを初めて純情をささげていく友人だった。
気持ちよかった、痛かった等々色々な感想や、カレシの前戯が雑、早漏、遅漏、絶倫、短小、包茎、色々な言葉があらゆる口から語られていったけれども、私がそういうこと、すなわち、エッチなことを自身の体験として語ることはできなかった。

まぁ、そうして喪女を極めていた私であるが、ついに私にも彼氏が出来た。何をしているか、今一把握していないけど、働くことに関しては「そういうのなまえちゃんはきにしなくていいからね」そういって、やんわりと私の胸に手をあてて、やわやわと揉むのだった。趣味はパチンコと競馬だったと思う。たまに新台入荷したからお金かしてよ、って連絡がくることもある。社会的にはクズと呼ばれる部類にいるということ、友達に教えてもらった。「それ絶対にニートだよ、別れたほうがいいって。ろくなことないよ」と皆、口をそろえていうわけだけれども、私にはよく分からなかった。
確かにデートは基本全部私もちだし、スキンシップも激しいと思うけれども、悪い人だとは思わない。こんな私にとってもとっても優しくしてくれるのだ。お仕事で嫌なことがあっても、「大変だったね」って優しく抱きしめてくれるし、沢山好きと言ってくれる。最近、彼と肌を重ねたときも「痛くない?、怖いならちゃんと言ってね」って、そう言って沢山キスしてくれた。
彼によって捨てた純情は、私にとって絶対的なものであり、それを友達のように相対比較することは私にはできない。私には、きっとこの先も彼しかいないんだろうと思う。こんなにも私に優しくしてくれるのだ、私はこの人いがい好きになることなんて出来ない。

「…なまえちゃん、かわいい」

ずっとずっと、日の当たらないようなところで生きてきたから、私なんかが誰かに愛されるなんてこと無いと思っていたから、そんな風に言われてしまうと、どうすればいいのかわからなくなる。優しく頬を撫でられて、汗ばんだ額にへばりついた髪の毛をはらって、そこにキスを落とされる。唇の柔らかい感触と温かさがたまらなく好きだ。
低くて甘い声が耳元で、私の名前を呼ぶ度に、一層愛おしさが募って仕方がなくて、その度に泣きそうになる。

「…ねぇ、そろそろ挿れてもいいかな」

はぁ、と熱い吐息が耳元を掠めた。

「…まだ怖い?」
「……怖いというか、緊張してて」
「…あぁ、そうだね。前も緊張してたもんね。気持ちよくない?」
「んー…」

一回目の感想は、気持ちいいでも痛かったでもなくて、恥ずかしくてすべてが真っ白に思えたってことだけ。挿入されたときも、心臓がドキドキと大きく跳ねていて、そんなこと感じる余裕もなかった。そうして動いていても、ぐるぐると視界がまわっているような感覚と、漠然とした下腹部の違和感しかなかった。えっちで気持ちよくなるということは、意外にも難しいのかもしれない。
AVみたいな喘ぎ声なんてでない。恥ずかしいのと、少しくすぐったいだけ。それから、彼のことが、おそ松くんのことが愛おしくてたまらないことくらいだろうか。優しくしてくれるのも、こうして男の人の身体をみてドキドキすることも、全部全部おそ松くんが初めてだから、私にとっておそ松くんは特別極まりないものだから、好きで仕方がなかった。

「……あ、ゴメン。今日ゴム持ってないんだけど……」

すっかり忘れてた。そう言って彼はぺろりと上唇を舐めた。
私はその言葉がどういう意味を持っているかよく分からなかった。でも、ここで「じゃあやめよう」なんていうにはおそ松くんに悪いと思ったし、可哀想だと思った。そして何よりも彼に嫌われてしまうのではないかという不安があった。彼のことが好きだから、嫌われるようなマネは極力避けたいと考えた私は、大丈夫だよと返して、優しく彼の頭を撫でた。
少しだけ、ほんの少しだけ彼が動揺したような表情をしたような気がした。そうして、私は二回彼を受け入れたのだけれども、そのあとは一切連絡がとれないままでいる。


おそ松くんと連絡がとれなくなってから、数か月が経った。電話番号も通じないし、お家もそう言えば訪ねたこともない。よくよく考えれば、私は彼の何を知っていたのだろうか。
おまけに月経もこない。きっと、もしかして。色々考えた末に私は病院にいくことにした。私が考える最悪な結果になれば、どうすればいいのだろうか。私一人じゃなにもできないから。
最近眠れていないこともあって、ふらふらとおぼつかない足取りで病院に向かう。ぐらぐらと揺れる視界は、段々とぼやけていって少しづつ、身体も動かなくなって、視界が徐々に小さくなっていく。
ぐらり、とよろめいた時に、ふわりと男物の香水の匂いがした。それからしっかりと肩を抱きしめられているようなそんな感覚。

「ふっ、子猫ちゃん。危ないぜ」
「……あ、え……おそ松くん?」
「おそ松?」

雰囲気は随分と変わってしまったけれども、そこには確かにおそ松くんがいた。

「ねぇ、どこにいたの?探したよ、心配した……よかった」
「……」
「ごめんね」
「……おそ松は家にいるはずだ。今から行こう」

おそ松くんは自分じゃないのだろうか。そうは思ったのだが、そんな疑問を口に出す余裕ない。
私の手を握るその手はあの頃と何も変わっていない。