何年も付き合っていれば、その度に季節は変わっていく。彼とむかえる四月一日はこれで何回目だろうか。去年は、エイプリルフールの十八番ネタ、別れようで彼を泣かせたし、その前は、嫌いと言って彼を困らせた。それよりも前は、別のおとこの人に告白されたと告げて、これまた彼にダメージを与えた。
この度に、もうこんなことしないでくれ。って涙ながらに言われるのだが、どうもその表情や、そこまで私のことを好きでいてくれることが嬉しくて、今年も懲りることなく、エイプリルフールに彼に嘘をつくことにした。
いままでのように、彼を泣かせてしまうとさすがにやばいかな、とか、そろそろパターンがばれて見破られてしまうなどと色々考えた結果、妊娠した。と今年は告げることにした。
労働は不毛、とキメ顔で言うほどの男なのだ。喜びはするかもしれないが、第一働かなければならないという義務感を実感するようになるだろう。だから、きっと困り果てるに違いない。今年もそうやって、困ったような表情をして、色々とかんがえればいいんだ。そんなことを思いながら、目の前で楽しそうに自身が映る鏡を凝視している、カラ松くんに声をかけた。

「ねぇ、カラ松くん」
「ん?」
「わたし、妊娠したの」
「にんしん?」

妊娠って、あれか。精子と卵子が受精して、子供ができるってやつか?
しばらく黙りこんでから、彼はぽつりとそう言った。やけに小難しい言葉で
表現するんだな、と思いながら頷くが、依然として彼の視線は鏡の中の自分に向けられていた。
そして、それから何も話さなくなる。
こんなつもりじゃなかったのにな。そんなことを思いながら、このままだと微妙な空気のままなので話を続ける。

「二ヶ月目、だって」
「ふっ、そうか……二ヶ月。…………、俺となまえが愛し合ったのも二ヶ月前が最後だったか?」
「んっと……先週しなかったっけ?」
「そうだったな」

そうだな、のその一言がさっきとはうって変わって気持ち悪いほどに無表情だった。
それに、私のついている嘘を否定することもなければ、肯定することもない。なんというか、いつものように考えていることが全くよめないのだ。去年やそれよりも前のように、いっそのこと泣きわめいてくれれば、私だって「嘘だよ」とあっさり、言えるのに、こんな微妙な空気じゃあ、私の期待した反応はのぞめないだろう。
無表情のまま、鏡から顔をあげて私をみた。ぱちり、と目があうと不思議と背筋が凍る気がしてくる。
いつも知っているカラ松くんじゃない。

「……、他に何か分かったことないのか?」
「あ、え……っと?」
「子供、性別とかまだわからないのか」
「う、うん……と、いうか」

エイプリルフール、のネタなんだけど……。と途切れ途切れになりながら、本当のことを告げた。私はそもそも、何ヵ月目から性別がわかるなんてわからないし、そもそも今年のネタはハズレだ。
今年も焦ったり、困ったりするカラ松くんがみれると思ったんだけどな。
そう言えば、彼はさっきの無表情とは一変して、にっこりと、口角をあげた。

「そうか、エイプリルフールか」
「……うん。てか、普通に考えても、ちゃんとゴムもしてるし、ピルも呑んでるから」
「……そうだな」

それだけしていれば、できないかもな。相変わらずの表情で彼は、ちゃぶ台に鏡をおいて、優しく私の腹部に触れた。

「まぁ、俺がゴムに細工をしていなくて、それがほんとうにピルなら、の話だけどな」
「……は?」

伏し目がちに、やけに優しく私の腹部を撫でるその動作に恐怖を覚える。つきはなそうと、彼の手を押し退けようとすれば、そのまま手首を捕まれて抱き締められた。いつのように、優しく、壊れ物を扱うような仕草は全くみられなくて、むしろ、壊されてしまうほどに強く抱き締められる。
耳元に唇を寄せられて、名前を呼ばれた。 どろりとした何かが、溶けていくような、そんな感覚。

「エイプリルフールだぞ、なまえ」

さっきまでの抑揚のない口調は嘘たったかのように、いつものテンションに戻っていた。苦しかったよな、ごめんな。そう言って身体を離してくれる。
エイプリルフールだぞ、だなんて言うけれども、さっきまでの態度や発言、それから今月の月経がきていないことを考えると、それは、どうしても嘘とは思えないのだった。