24話ネタ




猫が沢山集まる路地裏にも、いつしか一度バイトをした猫カフェも、公園にも、コンビニにも、ネットカフェにも、どこにもいなかった。無論、松野家にもいなかった。いつも、馬鹿みたいに騒がしかったのに、私が訊ねたその日は、嘘のように静まり返っていて、その場にこちらに背を向けて俯いているおそ松くんは、そこに取り残されて、全てから切り離された存在に見えた。そんなおそ松くんに他の兄弟の居場所を聞けば「出てった」と一言だけ返され、そのままどこかに出ていってしまった。
その時はどういうことかよくわからなくて、松野家を後にしたのだが、その帰り道にスーツを着たカラ松くんに偶然出会って、全てを聞いた。

チョロ松くんの就職をきっかけに、トド松くん、カラ松くん、十四松くんと皆すこしずつ自立をしようと何かしらの行動を起こしているそうだ。
おそ松くんの様子がおかしかったよ、と言えば苦い顔をして「少しあってな」と返されたので、詳しくは聞けなかったけれども、一松くんの行方を聞けばそれは「家にいるんじゃないのか?」と逆に聞き返されたのだ。
つまり、誰も行方を知らない。
いつもふらりとどこかに出かけたまま帰ってこないことはあったし、ニートと言ってもいい大人だったからあまり心配していなかったけど、今回はなんだかそんな風に消化できなかった。

それから、何日も、暇さえあれば一松くんを探したのに、見つからない。


何日も何も食べないと、空腹感覚がマヒしてくると思ったけどそうでもないらしい。おまけに、こんな真冬なのに、薄いトレーナー一枚は失敗だった、正直に言って家に帰りたい。でも、今は帰ることが出来ない。
皆、自立してしまったから僕もしないとならない。本当はそんなこと微塵も興味ないんだけど、皆そうやってするんだったなら僕もそうしておかないと。
皆と一緒にいれるなら、ニートでもいいと思ってた。でも、そんな風に考えていたのはおそ松兄さんと、僕だけだったのかもしれない。
体力は限界で、近くのゴミ捨て場に座り込む。眠たい、というか意識がもうろうとしている。何日も食べてないし、寒いから、今なら死ねるかも。まぁ、僕なんて、何のとりえもないクズだから死んでも全然いいし、寧ろ、そういうのがお似合いだと思う。
でも、もし死ぬんだったなら、あんまり痛くない方がいいと思うのはクソニート、童貞で社会の燃えないクズが思うには少し贅沢なのかな、そんなことを考えながら瞳を閉じようとすれば、遠くで僕の名前を呼ぶ声がした。
初めは、空耳だろうなって思ったからそのまま無視してたけど、何度も、しつこいくらいに僕の名前を呼ぶし、最終的には、ぺち、と頬を叩かれた。
勿論、声の主も全部全部知ってる。

「……死んでるの?」
「…………うん、死んでる」
「そう、帰ろう」
「……」
「起き上がって」

腕を掴まれて、起き上がれと言わんばかりにぐいぐいと引っ張られる。
空腹か、睡眠不足か、ストレスか、寒いからか、どれかなんて理由は分からなかったけど、妙に頭が痛い。

「もう少しだから、頑張って歩いて」
「……帰らないって」

ずるずると引きずられるようなかたちで、歩いていく。
僕なんかより、幾分と小さくてか弱いのに、僕みたいなゴミ抱えて必死に歩くなまえは僕らなんかよりも、ずっとずっとたくましく思えた。
意識がもうろうとしていく中、最後に見えたのはなまえの住んでいるマンションだったような気がする。



ぱちり、と目が覚めると白い天井が見えた。軽く伸びをしてから、起き上がると、横で同じようにしてなまえも眠っている。
化粧もおとしてないし、服だって着替えてない。それから、頬には泣いた痕が残っていた。僕はそれを、触れるか降れないかの距離でなぞる。僕みたいなニートに泣くなんて馬鹿じゃないの、と思う反面、上手に表現できない、胸がちくちくと痛む感覚に襲われる。この感覚はなんというのだろう。

そもそもニートが就職をしたくらいで、どうしてこんなにもおかしな雰囲気になっているのだろう。だって、本来はしなければならないことなのだ、それを怠っているほうが何十倍も何百倍もおかしかったのに。いつまでも、一緒にいようと考えている方がおかしいのに、何も間違ったことなんてしていないのに。
なまえまで泣かせて、僕はいったい何がしたかったんだろうか。
どうして、こんなにも涙がでるのだろう。
溢れた涙は、ぽたりとなまえの頬を濡らした。