今日いやだったこと。
朝、遅刻しそうになってお化粧、髪型(特に前髪)が決まらなかったこと。雨だったこと。乗り込んだ電車はぎゅうぎゅうで、濡れた傘でお気に入りのスカートを汚されたこと。私のミスじゃないのに、上司に怒られたこと。同僚に悪口を言われたこと。今日は早く帰るつもりだったのに、急に飲みに誘われて上手に断れなかったこと。苦手な上司が「手相をみてやる」なんてわかりきった手段で気持ち悪いことをしてきたこと。それから、こうやって飲みたくもないのに飲まされて、べろべろになったところにコイツが迎えにきたこと。

帰るぞ、と言われて手を差し出されたけど私はそれを取らない。こんなくそ寒いのに大した防寒具をつけることなく、何時間も彼女でもなんでもない女の帰りを待つなんで馬鹿にもほどがある。
帰らないよ、と言って首を横に振った。私は、寒空の真夜中に誰もいない公園のベンチに座ったまま動かない。あいつの手が私の腕を引こうとするから、それがたまらなく嫌で、振り払った。

「ねぇ、帰って」
「酔ってるなまえをほおってかえるわけにはいかない」
「なんで、別にカラ松には関係ないじゃん」
「ないことも、ないわけじゃない」
「じゃあ何」
「それは言えない」

女の子が一人、こんな時間にいたら襲われてしまうだろう。と至極真面目な顔をして言うもんだからさらに腹が立った。帰ってよ、と少し口調を荒くして言えば、相変わらずの態度で「帰らない」ときっぱり断られる。
しつこい、帰れ、うざい、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ!!!!たくさんそうやって拒絶しても、何度も何度も「帰らない」といわれるから、本当にどうすればいいかわからない。
なんで、帰らないんだよ。早く帰って…お願いだから帰ってよ……。思っていることがすべてばれてしまいそうで、それがばれてしまえば、明日からさらに憂鬱なことが増えそうだから、もうカラ松とは会いたくなかった。特にこうやって、弱っているときに。

優しいから、嫌い。
優しいから、なんだってしてくれるんだもん。でも、それは優しいからで、別にそのほかの気持ちはないんだから、これがまた厄介だと思った。あんまりそうやって優しくされてしまうと、こうやって勘違いして、それがいつかどうにかなってしまうから嫌だった。
今日、こうやって夜遅くになったのを迎えに来てくれたのだって、優しいからであって、そのほかの気持ちは一切ないから、それは結果としてもっとも残酷な方法で私の気持ちをもてあそんでいることになる。
あぁ、なんでこんなやつを好きになってしまったのだろう。こいつじゃなかったら、こんなことくらいで泣いたり、悲しんだりしなくて済んだのに。

「なまえ、帰るぞ」
「カラ松と一緒には帰らない」
「それはできない」
「いやだ」

いやだ、いやだ、と大人げないほどに駄々をこねるのを、カラ松は無視して再び私の腕を掴もうと手を伸ばす。また同じように、手を解こうとすれば、今度はがっちりと掴まれて放してもらえなかった。そのまま引き寄せられて、歩き始める。
ずるずると引きずられるようにして、帰路に着く。ほら、また。もう、この人の変な優しさで傷つきたくない。
好きじゃないなら、もうこんなことしないでほしい。
ずいぶん悪酔いしてしまっているようで、日頃は思わないことばかり考えてしまう。それから、なんだか気持ち悪くて、胃から何かがせりあがってくる感覚がした。我慢できなくて、とうとうしゃがみこんでしまう。

「……気持ち悪い、」
「飲みすぎだ」
「…関係ない」
「……。ここからだと、俺の家のほうが近いから、少し休憩していくといい」
「やだ」
「そうか」

こんかいもてっきり「だめだ」と断られると思っていたのに。予想外の答えが返ってきた。それから、ふわりとなんだか体が軽くなるような感覚がする。それが、カラ松に担がれていることだと気づくのには、ほんの少しだけ時間がかかった。
ぐるぐるとまわり始める視界と、小刻みに揺れる感触がすごく気持ち悪い。

「……私、カラ松きらい」
「………そうか」
「今度からは、カラ松じゃない誰かがいい」
「………そうか」

傷つけばいいと思った。
お前のしてることは、そういうことなんだぞ。って同じ目に逢えばいいと思った。
カラ松なんて、だいっきらいだ。

「俺は……。いや、やっぱり何もない。俺も、同じだぞ。……多分」
「…あっそ」

多分嫌いなんだったら、早くおろして、適当にほおってくれればいいのに。全く言動の不一致だ。
ぎゅ、とまわされたそれが強くなった気がする。