学パロ


「なまえちゃん」

誰もいない図書室に、私の名前を呼ぶ声がする。
読んでいた本を閉じて顔を上げると、そこには嬉しそうに笑う松野くんがいた。松野くんは私の手のそれをみると、「また、難しそうなの読んでるね」なんて少しはにかみながら言う。そんなことないよ、と返せば「でもなまえちゃんは俺なんかと違って頭いいし」と、しりすぼみになりながら言うので、それも同じようにして、そんなことないよ、と返せば松野くんは黙り込んでしまった。
暫く、私も松野くんも話さない。遠くで野球部の掛け声が、吹奏楽部の音が聞こえる。窓からは、夕暮れの日差しが差し込んでいた。
松野君は数秒見つめてから視線を逸らし、私だけを見ないようにして、きょろきょろとあたりを見回す。そして、軽く息をはいてから「帰ろっか」と言った。
時間はそろそろ最終下校時間に差し掛かろうとしていて、私は頷いて手元にあった図書室の鍵を手に取った。

「ねぇ、放課後こんなところ誰か来るの?」
「たまに来るよ」
「そっか」

うん、と返せば再び何も話さなくなってしまう。ほんの少しだけ、そんな沈黙が気まずかったりする。窓の戸締りをして、電気を消す。松野くんは、「先に行って自転車だしてるから、裏門で待ってて」そう言って駆け足で階段を降りていった。
ほんの薄暗くなった廊下は、しんとしていている。はぁ、とため息をついてマフラーを巻いて、私も下駄箱の方へと向かった。



上履きからローファーに履き替えて、教員が利用しているだろう駐車場を横切り、裏門の方へと向かう。おおきくて少し錆びた鍵をはずして、門をあければ、そこには松野くんが待っていた。はぁ、と息をはくとそれは白くなっていく。心なしか、鼻の頭が赤くなっているようだった。

「ん、鞄貸して後ろに乗って」
「でも、ここで2人乗りしたら……」
「いいのいいの!この時間は誰も来ないから、ね?」

私の手から指定鞄を取って、ぽい、と前のつけられているかごに投げ入れた。どす、と少し重たそうな音が鳴って、あらかじめ入っていた松野くんの鞄が圧縮される。いつも、机に置き勉してるから、俺は大丈夫なんだよ!そう言ってくれるわけであるが、それもそれで心配だったり。
なまえちゃん、もう一度名前を呼ばれたので、うん。と返事を返して後ろに跨った。

「じゃあ、出発進行!」

俺の腹に手をまわすか、肩に手おいてね!そう言って松野くんは漕ぎ始める。
お腹に手をまわしてしまうと、きっとドキドキしているのがばれてしまうし、肩に手を置くのだって距離が近いから緊張してしまう。結局、こっそりと学ランの裾を握りしめるしかなかった。

そもそも、こうやって松野くんと二人乗りをして帰るなんておかしな話だ。
松野くんはクラスでのムードメーカーで、授業中は漫画読むか、早弁か、居眠りでよく教科担当の先生に怒られている。勉強はからっきし駄目だって自分でも言っているし、よくテスト前に補習に呼ばれているからそれはきっと謙遜でもなんでもないんだと思うけど、体育の授業だけはとても成績がよくて、確かにどの種目になってもそれなりに活躍していている。その度に遠くから女の子達が松野くんをみて「松野くんってかっこいいね!」なんて噂をするのだ。
誰にでも優しくて、明るくて、面白い彼が、私みたいな根暗で目立だないような人間と話すことも、こうやってお付き合いをしているのなんて、とても不釣り合いに思ってしまうのだ。
でも、私は松野くんのことが、おそ松くんのことが好きでたまらないのだ。優しく笑って、私のことをなまえちゃんって呼んでくれることでも、心臓が出てきてしまいそうにドキドキしているし、たまに何かの拍子で触れてしまった指先だって、授業中にふと目があってはにかまれるその表情も全部全部好きで好きで仕方がない。

「ねぇ、松野くん」
「んー?」
「……なんでもない」
「…そっか」

でも、なんだか上手に言えない。
松野くんは、どうして私なんかを選んだんだろう。かわいい子なんて、綺麗な子なんて、私なんかよりもずっとずっと素敵な子なんて、どこにだっているし、松野くんはそんな子こそ釣り合うだろうに。
ぎゅ、と更に強く、皺になりそうなほどに学ランの裾を握った。



「はい、到着!」
「ありがとう」
「いいえー、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。松野くんこそ」

松野くんの家はここから反対方向にあるのに、いつもこうやって家まで送ってくれる。いいよ、大丈夫だよ。って何度も断っているのに「女の子が一人で帰るのは危ないから」そう言って譲ってくれなかったので、そのしつこさに負けた。
離したそこは少し皺になっていて、直そうと手を伸ばせば「大丈夫だよ」そう言って私の手を握った。温かい私の手とは反対に、松野くんの、おそ松くんの手は凍えるように寒い。
ぴくり、と肩が跳ねた。どきどき、と心臓が煩く鼓動を繰り返す。ぐるぐるといろんな感情が頭の中をよぎって、こんなにも寒いのに冷汗が出てきそうだった。

「なまえちゃん、」
「……あのね」
「うん」
「俺、なまえちゃんのこと好きなんだ」

だから、そう続けられて握られた手を松野くん側にひきよせられる。
がしゃん、と音がなって自転車が倒されているのが視界の端で見えた。なまえちゃん、と名前を呼ばれて、ぎゅ、と抱きしめられる。

「ずっと大切にするから」
「……おそ松くん」
「なまえちゃん、色々思ってるかもしれないけど、俺はちゃんとなまえちゃんのこと好きだから。だから、心配しないで」
「ありがとう」

私も好きだよ、と返そうと思ったけれども上手に言葉にできないだろうから、代わりに、優しく抱きしめ返した。