憂鬱な気持ちと、嬉しい気持ちが複雑に混ざり合って何とも言えない気分。どちらかはっきりさせろ、というのならばちょっと憂鬱な気持ちだと思う。
にゃーちゃんの初回特典付き円盤を受け取りにいった帰り、タイミング悪く親からおつかいを頼まれて、家につく道とは少し違う方向に位置しているスーパーに寄った。

僕だって、こんなつもりじゃなかった。
僕が憂鬱になっている理由としては、そこの近くにそびえるコーヒーショップなのだ。その名もスタバァ、きらきら輝く殿上人しか入ることの許されないまさに人間カーストトップ層のみが入ることを許される、とんでもない所。僕みたいな、無職、ドルオタ、童貞なんかは入ることが許されない。
そこではなにやらインテリそうなイケメンが電話をしながらコーヒー片手に難しそうな顔をしてタイピングをしている姿、可愛らしい女の子が楽しそうになにやらよくわからない飲み物を飲みながら楽しそうに話をしている姿が見える。
全てが不快だった。
本来なら、今頃は公務員でばりばり仕事をこなして、結婚前提でお付き合いをしている可愛らしい彼女がいて、人生それなりに勝ち組であるはずだったのに、堕落した五人の失敗作に引きずられるようにして、こんなことになってしまった。僕が悪いんじゃない、こうやって少しアイドルが印刷された紙袋をもってチェックのカッターシャツを着ているだけでこんなにクスクスと嗤われて、後ろ指をさされるのは僕なんかじゃない。僕はやればできる、悪いのは周りだ。
僕はこんなにも頑張っているのに、周りは何も見ちゃいない。
はぁ、とため息をついて道を進んでいく。せっかくにゃーちゃんのDVDを買ったのにこれじゃあ素直に喜べない。
きりきりと痛む腹部に少しの違和感を覚えながら、クソ人間しかいない道を歩いていけば後ろから、「チョロ松くん!」と声をかけられる。
僕の顔は更に顰められたが、振り返る頃にはいつもの表情に戻す。

「なまえちゃん!」
「それ、もしかして今日の?」
「うん」
「いいなぁ、仕事が忙しくて予約し損ねたんだよね」
「そっか」
「ね、少し話していこうよ。この前のライブの感想とか聞きたいな。そこでどう?」

嫌だよ、そんなところ。と言いたくて仕方がなかったが、その言葉は喉もとで引っかかって出てこなかった。うん、と僕は頷く。
あぁ、本当に憂鬱。


そもそも、何事もシンプルなのがいいと思うんだ。だから、よくわからない横文字をちんたらたらたら並べた意味の分からない飲み物は好きじゃない。コーヒーなのになんでそんなに種類があるんだよ、どうせどれもインスタントのくせに。
よくわからない言葉を投げかけられて、あたふたする僕をみてなまえちゃんは少しだけ笑ってから、注文を代わりにしてくれた。
少しだけ待てば、いかにもスタバァですと言わんばかりの入れ物にコーヒーが入れられて小奇麗にした女の人が渡してくれた。僕は少しためらってそれを受け取り、空いている席に適当に座った。なまえちゃんも僕に向かい合うようにして座る。

「こういうところ、あまり来ない?」
「……うん」
「私もだよ。高いもんね」
「……うん」

嘘ばっかり。
なまえちゃんは僕らとは違って、仕事をバリバリこなすキャリアウーマンなのだ。どうせこんなところ一日に何回も入っちゃうような人間のくせに。
僕らが幼馴染だからって、底辺レベルのことに理解があるようなふりをする。僕はそれが大嫌いだった。だって、どう考えたって僕のことを馬鹿にしているようにしか思えない。なにが高いだよ、ばーーーか!その何倍とも言えないような額の給料をもらってるんだろ。こちとら、親からのお小遣いだっつーの。馬鹿にすんな。

「元気ないけど…もしかして、何か用事あった?」
「い、いや!そんなことないよ…少し考え事してただけ」
「そっか!あ、あのね」

にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべながら彼女は僕との共通の趣味、にゃーちゃんについての話を始める。
あーーーーーーーーーー、今はそんな気分じゃないのに。
彼女の全てが気に食わない。手入れされた爪も、清潔感がありつつもおしゃれな髪型も、可愛らしい服装も、全部全部僕とは違う世界の人間なんだぞ!って見せびらかされて不快でたまらない。
胃の中にふつふつと何か熱いものがこみあげてくる。どろどろなそれを吐き出してしまいたい、全部全部、なのにそれは出来ない。本当にうざったい。

「チョロ松くん、今日…おかしいよ。どうしたの?」
「そんなことないって」
「…………。あのね……あの、チョロ松くんに一つ言いたいことがあるの」

さっきまでの表情とは打って変わって、少し照れくさそうな表情をする彼女に、はっきりいって大声で怒鳴ってしまたかった。どうせ、自慢話だろ。そういうのはよそでやってくれ。溜息を呑み込んで、なぁに?と返せば、なまえちゃんは小さく深呼吸をした。

「あの、よかったら、チョロ松くん…今週の日曜日に、」

タイミングがいいんだか悪いんだか、用件の途中に彼女のスマホに着信が入った。
ごめんね、と言ってからそれを確認して電話に出る。暫く話を聞いたあとに、ごそごそと鞄から沢山プリントが挟まっているファイルをいくつか取り出してぱらぱらとそれらをめくりながら、うんうんと話を聞いている。そうしていれば、なまえちゃんは困ったような表情をしてから僕を見て、口パクでごめんね。と言ってから肩でスマホを挟んで両手を合わせた。

「なまえちゃん、」
「いまから、そちらに向かいます」

いそいそと散らばる資料を片付けて、なまえちゃんは忙しそうに頼んだコーヒーを片手にスタバァを後にする。
こんな地獄みたいなところに僕を誘っておきながら、勝手に一人で帰っちゃってさ。本当に身勝手な女だ。気まずくて、こんなところはやく立ち去ってしまいたい。
まだまだコーヒーは残りがあるのに、僕は立ち上がった。そのとき、ちらりと床に白いものが見える。なんだ、と思って拾ってみるとそれは何かの資料のようだ。金額が沢山書いている、まぁ僕は働いたことなんてないからこれが一体何なのかはよく分からないけど、でもこれがなまえちゃんのであるということはわかるし、これが大切なものでなくしてはいけないものだということもわかった。
これは落としちゃまずいでしょ、そう思いながら僕はそれをくしゃりと丸めて、燃えるゴミ箱に投げ捨てた。