男の人がちょっぴり怖い。
そもそも身体付きの違いが怖い、角ばっていて大きくて力が強い。押さえ込まれてしまえば、逃げることなんて出来ないし、本気を出されてしまうと殺されるかもしれない。声も地を這うように低いから威圧感だってあるし、背も高いから上から見下されているようなそんな感覚になる。
いや、皆が皆そうだとは思わないけど、こないだまで彼氏だった男はそうやって力で捻じ伏せてきたし口癖は「女は黙って従っておけ」みたいな感じで、私の意見なんて尊重してくれないどころか、話しすら聞いてくれなかった。しかも最悪なことに私にとって初めての彼氏がそんな奴だから、私の中での男の人はそいつを基準としてこれからの彼氏を相対評価していくことになる。

日付が変わろうとしている、賑やかな繁華街を抜けて自宅の方へむかうにつれて、辺りはしんと静かになっていく。
何階か階段を上って、目の前の扉のプレートが自分の家だということを確認してから私はドアノブを捻った。

「なまえ」
「……ただいま」
「おかえり、寒かっただろう」

ドアの軋む音に反応してか、彼が嬉しそうにこちらまでお出迎えをしてくれた。それから、私の右手にぶら下がっている鞄を奪う。
今日は特に冷えるからな、温かいものを作っておいたんだぞ!そう言ってコンロに火をつけた。時間が経つにつれて、ぐつぐつと煮込まれていくそれはいい匂いが漂う。
私はストッキングとコートを脱いでから、もぞもぞとテレビ前の炬燵にもぐりこんだ。

「夜遅いから、このままお風呂に入って寝たい」
「昨日もそう言って、何も食べなかっただろう?」
「うん」
「駄目だ。朝もあまり食べてない」
「じゃあ少しだけ…」

この前のクソみたいな彼氏と別れた代わりに、新しい彼氏ができた。
今まで男の人とは無縁の生活を続けていた私にとってそういう彼氏って存在だけでも十分に神聖というか、雲の上みたいなところがあるのに、この人は料理もできるし、家事もそれなりにこなす、ハイスペックだったのだ。もちろん女は黙ってろ!なんてことは言わない。いつだって私の意見を尊重してくれるし、応援してくれる。
今まで出会ってきた中で、おそらく一番よくできた人物なんだろうな。と思う。

「先にお風呂に入るね」
「ん」

このままだと温かさと疲れで眠ってしまいそうだ。とりあえずはお風呂に入って目を覚ましたい。
のろのろと炬燵から出てタンスから下着やスウェットを用意する。背後の方でコンロを切る音がしたから、夕食もすでにできあがっているのだろう。いい匂いが再び鼻をかすめる、疲れて胃が気持ち悪いのに、少しだけお腹が空いた感じがした。
ふあ、と欠伸をして脱衣所へと向かう。少しよれてしまったシャツのボタンを外しながら、明日は何時から会議だとか、何の書類が提出締め切りか、とか考えたくもないことを考えていると、ふと、後ろから抱きしめられる。

「なまえ」
「なに、カラ松」
「なまえ、おれ、今日頑張ったよ」

松野カラ松はさっきも言ったけど料理も裁縫も家事もそれなりに器用にこなすハイスペックだ。相手の意見は尊重してくれるし、応援だってしてくれる。
優しい、の一言に尽きるのだ。
ただこの男、優しい理由が今一不明確なのである。
そもそもそういう性分ではないように思える、付き合いもほんの数か月なので何とも言えないのだが、ところどころ彼の言動を見ていると、優しさに自分の存在意義というか、優しく尽くすことに対する自身に喜びを感じているように思える。優しさを与える自分に陶酔しているというか。
この前の男のせいで、男に対する見方が随分斜めになってしまったのかもしれない。カラ松の優しさをそうした風に見てしまっている自分に嫌悪感を覚えた。

「ありがとう、嬉しい」
「うん」
「いつも、ご飯美味しいし、お洗濯ものもいい匂いだし、シャツもアイロンかけてくれてうれしい。お掃除もマメにしてくれるし……なによりも、カラ松が優しいから」
「……なまえ、は俺がいないと駄目か?」
「うん、いないと駄目だよ」

なまえ、と再び名前を呼ばれて更に強く抱きしめられる。
私だって愛されたい。好きと言ってもらって、沢山沢山幸せを共有したい。だから、私に注がれる愛が自身に対する愛の還元を目的とした歪な自己愛故のものであっても構わない。
私に尽くせば尽くすほどに、彼も私も幸せになれるんだから、誰として不快な気持ちにはならないだろう。
するり、と頬に手が伸ばされて顔をそちら側に向けさせられてから、軽く唇を吸われる。
少し伏し目がちな彼の表情は優艶にも見えると同時に、ほんの少しの狂気もうかがえた。
ふわり、と香る匂いはメンズ物の香水とそれから少しの汗のにおいだった