夜中の二時なのに、俺は彼女を家に呼びだした。
彼女は何をしていたかは知らないけど、電話をかければ3コールしたくらいで電話に出たあたりからして、眠っていなかったとは思う。
話がしたいから、そう言えば「そっちに行くから。待ってて」と返された。こんな夜中に女の子が来るのは危ないよ。と言えばそれでも俺の家にくると聞かなかったので、俺は彼女を家まで迎えに行ってから、自分の家に戻ることにした。

おんぼろの引き戸を極力音をたてないように、弟達が起きてしまわないように細心の注意を払いながら彼女を居間へと通す。

「どうしたの?話って」
「いや、その……なんというか」

どうして肝心なことは言えないのだろう。何度も頭の中でシュミレーションして、自分の気持ちが確実に、俺が思っている通りになまえに届くように何度も何度も考えたのに、練習したのに。なまえに見つめられると、言葉が出なかった。
彼女はそんな俺の気持ちを察してか、途中で寄ったコンビニで買ったビールとつまみを開け始めた。

「これ、美味しいんだって。これね、一松くんが教えてくれたの」
「…そう」
「一松くんってそういうのよく知ってるよね。どこで聞いてくるんだろ?」
「…さぁ」
「そう言えば、最近も」
「なまえ」

早く言わなきゃこうなることなんて分かってたのに。
言えないもどかしさと、聞きたくない四文字、告げてしまえば困ってしまうだろう彼女のそんな反応に焦燥感を覚えながら彼女の名前を呼んだ。
それから、浅く息を吸う。

「なぁ、なまえ。俺と一緒に逃げてくれない?」
「……おそ松?」
「ちゃんと働くし、お前に苦労をかけるようなマネはさせない。初めは少し辛い思いをさせてしまうかもしれないし、色々大変だと思うけど、でも、絶対に!お前のことを泣かせるようなマネはさせないから」
「ねぇ、おそ松話が」
「ごめん、なまえ。でも、俺…もう無理なんだよ」

吐き出した言葉は思ったよりも、弱々しかった。

疲れた、松野家長男を背負うことに。
六つ子、なんだぜ。そもそも上も下もあったもんじゃない。生まれ順だなんて俺の努力じゃあどうにもできないそれで長男を押し付けられて、無理矢理長男の座を座ることになった。
悪いことばかりではない。上であればそれだけで優越権を得ることもできるけど、その分責任が大きくなっていくのだ。自分の行為に責任を持つのは当然だと思うし、それはもっともだ。でも、何故か長男であるというだけで残り五人の責任を共に取らなければならない。
おかしかった、六つ子であるはずなのに長男なんて。矛盾だらけだ。
自分のことをするので精いっぱいなのに、他の兄弟の面倒なんて悪いが見ていられない。

「えっと、おそ松」
「ごめんな。ほんと、お前に言うのは違うと思うんだけど」

好きな女の子にまで情けないことを言ってしまうまでに、余裕がなかった。
兄弟を捨てるわけじゃない。兄弟たちは可愛いから好き。でも、そうじゃない。
兄弟を捨てることは出来ないけど、俺は長男と言うその立場を捨ててしまいたい。おおきく矛盾した気持ちにどうしようもなく雁字搦めになっていて、もう動けない。

少しだけ距離を置いたら、そしたらきちんと戻って叉長男を引き受けるから。だから少しだけ待ってほしい。

「……おそ松」
「お前が一松のこと好きなの知ってる。でも、俺はなまえのこと好きだから、お前の事だけは離したくない」

涙が出そうだった。つん、として目頭が熱い。そんなのなまえに見られたくなくて、

「……いいよ。一緒に行こうか、長男捨てることができる場所に」
「なまえ、お前本当に」
「おそ松のこと、心配なんだもん」
好き、とは言ってくれなかったあたりから一松に気持ちがあるのは確かなんだろうけど、それでも一緒にいてくれることを選んでくれた彼女にいとおしさと、それから、罪悪感で一杯になった。

ほら、決まったら行こうか。そう言って彼女が俺の手を引く。
時間は三時前で、夜はまだ更けそうにない。