「なんで私じゃないのーー!!!!」

グラスに注がれたビールをぐびぐびと飲みほして乱暴に机に叩き付ける。ふわふわとした頭では例のことしか頭になく、もやもやが晴れない。
チビ太くんにもう一杯欲しいと頼み込めば、飲み過ぎだバーロー!と言われて注いでもらえない。まだまだいけると言って机に突っ伏していれば、横にいたおそ松くんがそうだよな〜なんて呑気な声で言いながらもう一杯注いでくれた。
注がれたそれを見つめると、私の顔がぐにゃりと歪んだ形で映る。悔しくて仕方がなかったからもう一度それを一気に飲み干した。

「さいっあく、本当に…もーヤダ」
「まだ飲む?」
「うん」
「ちょっと、おそ松兄さん飲ませすぎ。なまえちゃん、キャラ崩壊どころじゃないよ」

いつもは大人しめで可愛らしい感じなのにさぁ、とトド松くんが大根をつつきながら言った。生憎、そんなものは見かけに過ぎない。私だって人間だもん、欠点くらいあるよ。というか、寧ろ欠点の塊でしかないし。
好きな人の幸福を祝ってあげられなかった。勝手に片思いをして早数年経ったある日、彼が結婚をした。寂しがり屋だから俺がついていないといけない、みたいなことを言っていたと思う。
私も寂しがり屋なら彼とずっと一緒にいることができたのだろうか。上手に甘えることができないから、あんまり甘えちゃうと優しい彼の負担になると思って上手に言えなかった気持ちだって沢山あるのに。
結婚すると言ったの日のことを思いだすと、目頭が熱くなってぼろぼろと涙が零れたきた。

「結婚式、乗り込もうと思ったのに…できなかった」
「あー。ウエディングドレス自前で買って着こんで式場まで行ったのに、最後の最後扉があけられなくて断念したよね」
「だって…だってぇ〜」
「はいはい、今日は飲もうなぁ。お酒美味しいな、なまえ」
「うん、美味しい」

美味しいよぉ、おそ松くん〜。情けない声でそう言って、ぐでんと彼に凭れ掛かった。
なんでもいいのかもしれない。最悪な話、似たような人物は彼を消去しても残り五人はいるのだ。彼らの意志を無視して、私の望みを強要すれば一人くらいは応えてくれるかもしれない。
おそ松くん寂しいよー。と言えば、はいはい。と言って頭を撫でてくれた。

「クソ松なんかやめておけばいいじゃん。アイツ、良い所ないよ」
「一松!」
「やめればいいなぁ、って思ったけどさぁ…知ってる?カラ松、世界平和実現させたいんだよ?そんな男ほおっておけないよ」
「……僕は、なまえちゃんのほうがほおっておけない」

少々頭の弱い所があるが、彼は優しいのだ。優しいからこそ、フラれたわけで彼の好きな所が最も嫌いなわけであるが。
働かないし、厨二病患っているし、服装イタイし、もうどうしようもない所沢山あるけれど、それもひっくるめて好きなのだ。愛おしくてたまらなかったのに。
なんで結婚しちゃうんだろう、私の方がずっとずっと好きだったのに。良い所も悪い所もいっぱい知ってるし、養うつもりだったし!梨農園の契約もとれるようにいっぱいお金稼いでるのに。
カラ松が望むことならなんだってするってのに。

「か弱くて、おっぱい大きいならなんでもいいんでしょ。カラ松のばーーーか!」
「お、おっぱ…!」
「なまえ飲み過ぎ。おめーら送っていってやれ、てやんでぃ、ばーろー」
「カラ松は、生パンティでシコってるぜ」
「嫌いな男のオカズなんて知らないしっ……」
「なぁ、なまえ。唐突だけと俺にしない?」

俺はいつでもあいてるし、えっちも上手だよ!と、耳打ちするおそ松くんは楽しそうに鼻の下を擦るこのタイミングでいけると思われているのだろう。私も軽い女と思われたものだ。でも。どうでもいいし。あいつのことなんて知らないし。
もうなんだっていいし。

「…うーん、どうしよっかなぁ」
「あ、ちょっとクソ長男!!!」
「いいじゃん。別にアイツのモンじゃないし」
「ねぇ、それ僕も混ぜてもらえるの?」
「おー、いいぞ」
「僕もまじる」
「いや、意味わかんないからお前ら!」

頬を撫でられる感情は久しくて、安心感を覚えた。
人生やけっぱち、こんなクソニート一人に心を乱されるとは思っていなかった。

「ちょっと、お前らっ…!」
「いいのいいの」
「日頃のなまえからは考えられない」

よいしょ、と肩を抱かれる。不覚にも彼と立ち振る舞いが似ていてどきっとした。
お勘定をしようと鞄からお財布を出そうとすれば、強引に腕を引かれて立ち上がらせられる。つけでよろしく、といつものテンションで言って立ち上がる彼に身体を預けたまま瞳を閉じる。
みてくれはこれでもか、ってほどに似ているのにところどころやはり違うみたいだ。そう思うと叉涙が出てくる。

「うぅ…やっぱ、カラ松がいい……。一夫多妻でも、不倫でもいいからぁ……」
「でも本当は?」
「本当は、付き合ってほしい……めっちゃ好き」
「……だってよ、カラ松。そろそろ出てくれば?」

おそ松くんがそう言うと少し気まずそうな表情をした彼がいた。
あ?え?お酒が回った頭では状況が把握できない。

「なまえ」
「はい、お邪魔虫は撤退な〜。帰るぞー」

お勘定よろしくね?とそれだけ言われて、ぞろぞろと帰っていく。
チビ太くんも気をきをきかせてか、買い出しに行ってくる。だなんて見苦しい嘘をついてここをそそくさと後にした。
さっきまでのにぎやかな雰囲気とは打って変わって何も聞こえない。気まずそうに視線を逸らせば、手首を握られて顔を覗き込まれた。

「帰ろう」
「……奥さん意外にそんなことしちゃ駄目」
「悪かった」
「謝んなくていいし…というか、浮気だよこれ」
「なまえ」
「奥さんに怒られちゃうよ。私、責任とれないし…」
「なまえ!」

大きな声で名前を呼ばれて、どきりと心臓が跳ねた。掴まれたそこを引っ張られて抱きしめられる。

「ごめんな、なまえ」
「……」
「寂しかったな、申し訳ないことをした」
「だから、」
「大丈夫だぞ。今日から叉、俺はお前だけのカラ松だからな」
「……っ、は?」

ぎゅうう、と抱きしめられる力を強くされる。
お酒がまわった身体では十分な思考回路なんて持ち合わせていない。けれども、気持ちは確かに幸せ、というか正の感情を拾っていたから今はそれに流されてしまおうと思う。
抱きしめてくれるカラ松に、腕をまわした。