やっぱり彼は優しい人間なのだ。今この場所で泣く事ができたのなら、どれほどまでに彼を困らせることができるのだろう。どれだけ彼の気を引くことができるのだろう。
優しい彼の事だから、きっときっと困った表情をして、本心は想っていないだろうけど優しい言葉を吐き出し、そうして優しく抱きしめてくれるだろう。

「……なまえちゃん……」
「なぁに?」
「一松兄さんのこと、どうするの?」
「どうって……。もう答えは出したはずだよ」
「でも、なまえちゃんは分かってるよね。それが正しくないこと」

まっすぐにこちらを見つめる彼に目線を合わせることなく、私はぬるくなったミルクティーに口をつける。

「それは私の問題。十四松くんに関係ないよ」
「……そう、かもね」

優しい彼を傷つけた。わざと傷つけていく。その表情を見ると私だって辛い。
でも、いまおかれた状況の方がもっともっと辛い。


松野家には六人、一卵性の六つ子がいる。長男から馬鹿、痛い、自称常識人、猫、狂人、あざとい。らしい。
残念ながら私は全員と面識があるわけじゃない。猫、と狂人しか知らない。
出会いも特別じゃなくて、本当になんでもないような感じから始まったので覚えていない。それから仲良くなって、お酒を飲むような関係になって、家にも遊びにいったり来たり。良い感じで友達、を築いていたというのに。
どうも、男女間は友情が成立しない。彼は私を異性としてみ始めた。それが最後、こんなにこじれてしまったのだ。
告白をされたのだが、私は丁重にお断りを入れた。彼とは、一松とはお友達でいたい。と。
それから彼の調子はみるみる悪くなったらしい。それを今、目の前にいる十四松くんに聞いている。もともと色々と卑屈で脆そうな人だという印象を受けていたけれどもまさかこれほどまでとは。

「……で、十四松くんはどうしてほしいの?」
「えっと、もう一度。もう一度だけでいいから考え直してほしい」
「どうしてそれを、一松からは言わないの?」
「兄さんはそんなこと望んでない。僕の我儘で……その、一松兄さん、なまえちゃんといるととても優しそうな表情をするんだ」

お願い、もう一度でいいから考えてよ。十四松くんが私に頭を下げた。
泣いてしまえばよかったのに、涙はもうすぐそこまできていて鼻だってつんとしていて辛い。

「……ごめんね、帰る」
「なまえちゃんっ……?」
「……ごめんなさい、本当にごめんなさい」

このままいてしまえば、私の気持ちは彼にばれてしまうだろう。
そうなればただでさえこじれた関係はさらにややこしくなってしまう。それだけは避けておきたかった。
一松が私の事をすきといってくれること同様に、私も十四松の事が好きだ。
でも彼には一生かかっても会いに行かないといけない大切な人、がいるらしい。そんなのに勝てっこない。
勝てっこないとわかっていても変わらないのが気持ちってもんで、今でも私は十四松くんが好きだ。ずるずると引きずったこの気持ちで一松の好きをもらっていい訳がない。
お金は払うからね、そう言って伝票をもって席を立つ。
じわり、と視界が歪んでいくのがわかった。

「なまえちゃん、僕明日も誘いに行くね!」

「一松兄さん、猫しか友達がいなかったから、兄さんになまえちゃんっていう友達ができてうれしかったんだ!だから、もう付き合ってなんて言わないから、このまま友達のままいてあげてよ!」

去り際に言われた一言で、とどめておいた涙がぼろぼろとあふれてきた。
優しさで人を傷つけることもできるのか。彼の優しさのせいで、ますます頭を悩ませる結果となりそうだ。
これ以上、好きになるようなことをしないで。