なまえちゃんが、僕と別れてほしいと言った。理由を訊ねても何も答えてくれなくて、ただひたすらに涙を流しながら謝るだけだった。
何か酷いことをしたのなら直すから、半泣きになりながらそう言えば彼女は一層涙の量を増やして首を横に振るのだった。
「僕が、神経質だから?」
「……ちが、う」
「……なまえちゃん、言ってくれなきゃわかんないよ」
僕はなまえちゃんが好きだから、大切にしたいんだよ。そう言って抱きしめれば腕を掴まれて距離を置かれる。
あぁ、拒絶されているのか。なまえちゃんの口からは謝罪の言葉しか漏れてこない。僕は謝ってほしいんじゃない。なまえと仲良くなりたくて、僕の事も好きになってほしいから聞いてるのに。困りあぐねていればタイミングがいいのか悪いのか長男が入ってきた。
パチンコ、競馬どこにいっていたかは知らないが機嫌がいいことからいくぶんといい思いをしたのは確かだろう。
楽しそうに鼻歌を歌いながら、僕らがもめていることなんてきにしないようなそぶりで炬燵に入りテレビをつけた。
「本当に、ごめんなさい。お願い、別れてほしいの」
「理由もないのに……それじゃあ僕が納得できないよ」
「チョロ松〜、何かしたんじゃないの〜」
「おそ松兄さんは黙ってて!」
理由をいてくれないなら、僕が考えて答えを出すまでだ。
色々と考えてみるけれど、僕にとっては全部最善を尽くしてきたつもりだ。彼女が少しでも喜んでくれるように、これだけを考えてしてきたっているのに。どこで間違えたんだろう。
「あ、チョロ松。お前、まだ童貞だっけ?」
「あぁ、もう空気読めないなぁ!」
「で、どうなの?」
「関係ないだろ!それよか、僕は忙しいんだ」
「お前がさ、セックス下手くそだからじゃないの〜?」
茶化す様に言われたはずなのに、ドキリと心臓は大きく跳ねた。
大切にしたいんだ、なまえちゃんのこと。初めて僕の好き、を受け取ってくれた人で僕の趣味にも何も言わなくて。彼女が笑ってくれるなら、僕はなんでもいいと初めて思えたってのに。それまで女の子なんて、男のことは顔とセックスの上手さだけで見ているもんだとばかり思っていたから彼女の優しさは凄く新鮮だった。
だから、僕は彼女の嫌がることはしたくない。彼女が嫌がるんだったら僕はそれを彼女の前から消してしまいたいんだ。セックスだって、付き合ってまだ三か月くらいしか経ってないし彼女からそんな言葉が出ていないからなるべくそういう雰囲気になるようにだけは避けていたってのに。
「……セックスはまだしてない」
「はぁ?!さすが、ちぇり松だな!!!」
「……悪い所は全部直すからさ。教えて。別れるなら理由が聞きたい」
ね?、と俯く彼女を覗き込む。
「………チョロ松くん、の」
「うん」
「優しいところ、が嫌い」
「……は?」
「ごめんなさい」
優しいところが嫌いって?そう聞き返せば彼女は叉謝るだけだから僕の頭は混乱する。
「ごめん、僕少し頭を冷やしてくるね。一時間くらいしたら帰ってくるから、そうしたらもう一度訳を聞かせて」
えぐえぐ、と泣き続ける彼女の頭を軽く撫でて僕は家をあとにする。
優しいところ、を僕から取ってしまえば彼女に何を施してあげられるというんだ。
▽
「はい、なまえちゃんよくできませんでしたー!」
「……」
「へったくそだったなぁ……。そんなんじゃあいつまでたっても別れられないよ?」
一人その場で座りつくす私に、彼は手を伸ばした。
強張る身体にそれを這わせて、胸の所を二回。とん、とんと人差し指で叩く。
「優しい所が嫌いねぇ……。チョロ松は、だいぶへんこでるだろうね。なんせ、なまえちゃんに優しくしてあげることがアイツは一番の施しだと思ってるし」
「……」
「さ、もうちょっとだけ理由詳しく聞きたいなぁ。なんで、優しいのが嫌いなの?」
「……」
ね、なんで?
地を這うような低い声が耳元で囁かれる。優しくて飄々とした彼の普段の性格からは考えがつかないほどに、恐ろしいものだ。
震える手で彼の腕を掴む。さっき、これほどまでに泣きつくしたのに涙はまだ枯れない。
「……、っ」
「ほら、言ったほうが楽になるよ。言わないのはつらいだけだって」
胸元に置かれていた手が、鎖骨、首筋、顎をつつ、と撫でてそれから下唇に触れる。
ぞわり、とした感覚が背中を走った。心底恨めしい。
「あー、もうしょうがないなぁ。俺が代わりにいってあげよう」
「…ちょ、っと」
「気持ちいいのがすきだもんね、なまえちゃんは。俺に無理矢理犯されたあの日も、初めてだったくせに随分気持ちよさそうだったもんね!」
「やめて…」
「やめないよ。ほんとうのことだもん」
ほら、口開けて。そう言われておずおずと口を開ける。
「優しい所が嫌い、なんて抽象的すぎるって!ちゃんと言った方がいいよ。おそ松兄さんとのセックスが気持ちよすぎて、それじゃないと満足できないって」
「そんな言い方っ!」
ねぇ。と声が聞こえた。
ぞわり、と再び背筋が凍る。後ろを振り向いちゃいけないことなんて分かっていた。向いていしまえばどうなるか、考えたくもない。
おそ松くんの手を振りほどく。彼もまた、私と同じような表情を一瞬した後に嬉しそうに顔を歪めて、上唇を舐めた。
「なまえ、そんなことで僕と別れたかったの?」
「……っ」
「聞いてるんだけど」
我慢なんてしなくてよかったんだ。小さく呟いた彼の手が私を押し退けた。
「……なんだ、我慢なんて必要ないんだ」
優しくない彼なんて、いないもんだと思ってた。