少し見ないうちに、すっごくすっごく綺麗になった。
数年前までは髪の毛も短くて垢抜けない感じだったのに、今は小奇麗にしちゃって僕とは住む世界が違うと見せつけられているように思った。

「待った?」
「……あんまり」
「そっか、ごめんね」

でも、へらりと笑った笑顔の感じとか頬にできるえくぼとかそういうのは変わっていないんだなと思うとさっきまでの行き場のないイライラは治まるように思う。
なまえは、僕の大切な彼女。兄弟たちと少しづつ違いが出てきた高校のときに出会って、付き合うことになってかれこれ五年以上経つ。
彼女は僕と違って、地元を離れた大学に進学した。その間は遠距離だったわけで。たまには帰ってきてくれたのだが、ここ一年くらいは就活が忙しいと言って会うことができなかった。ようやく就職先が決まったらしく、おまけにここに戻ってくるようで今日、久しぶりに会う。

「こんなに薄着で来て寒いでしょ、ほら」
「寒くないって」
「はいはい」

風邪ひいちゃうでしょ、そう言って彼女の首に巻かれていた紫色のマフラーが僕の首に巻かれる。それから、やんわりと悴んだ手を握った。
「……大学、」
「ん?」
「大学、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。まぁ、論文はやばかったけど」

そう言って僕を見ていた瞳は、左上を向いた。
僕の知らない間に、彼女はどんなことを経験したのだろう。浮気、もしていたのかもしれない。僕の目の届かないうちに彼女は何人の男に言い寄られて、あの笑顔を向けたのだろう。……こんな気持ちになるなら、会うんじゃなかった。
ぎゅ、と強く彼女の手を握る。それをみたなまえは少し驚いた表情をしてからふんわりとほほ笑む。

「男の子はほとんどいない学部でね」
「……うん」
「バイトに忙しくてサークルにはいらなかったの」
「……」
「バイト先も女の子しかいなくて、だから一松が思っているようなことは何もないよ」

私はずっと一松のことだけを考えていたよ。そう言って僕の方を見つめるもんだから、やっぱりなんだか僕の事を馬鹿にしているようにも思う。
過ぎたものはとり返せない、分かってはいる。でも、僕はそれを受け入れることが出来ずにくよくよと悩むほかない。
こんなことになるなら、クズもクズなりに頑張って進学しておくべきだったかも。
はー、と息を吐くとそれは白く濁っていく。

「ね、一松はどうだったの?」
「どうって何が」
「何してたの」

彼女には、僕が不燃焼ニートだということは告げていない。
彼女との付き合いは長いし、弱い所も汚い所も沢山見せたけど、でもこれだけはどうしても言えなかった。呆れられるのが怖い。
好きになったぶんだけ、期待値だけどんどんと高くなっていく、そうしてしまえば悲しいことに絶望を打ち付けられた時の衝撃に耐えられない。

「……別に、何も」
「嘘でしょ」
「は?」

悴んだ手に再び柔く温かいそれが触れる。

「ごめん……本当は全部知ってるの」
「なんのこと」
「一松が、今どんな感じなのか」
「……へぇ。僕がクソニートってこと知ってるんだ」
「うん」
「…………。軽蔑してもいいよ」
「……うん、心底軽蔑する」

は、今なんて。
聞き返そうにも言葉が出てこなかった。僕のことを悪く言うなまえなんて存在しないんだ。今までそうだったぶん、これからもそうであると思っていた。だからこそ、今の言葉の理解ができない。
身体は凍えてしまいそうに寒いのに、背中からの汗が止まらない。顔が熱い。

「…心底、軽蔑してるよ」
「……うん」
「働かないなら、別れて」

ゆるり、と手が振りほどかれた。
なまえは僕の彼女で、僕が松野家の六つ子としてではなく松野一松として存在し始めてからずっと付き合いを重ねてきた。彼女は優しい、僕の事を悪く言ったりしない。僕の事が好きだ、僕を裏切らない。
僕は、僕を否定するなまえなんて知らない。彼奴はかつてのなまえなんかじゃない。
好き好き好き好き、好きだったのに。
最後は金がモノをいうのか。世間体なのか、なまえの気持ちはこんなモノだったのか。
自分自身のことがひどくバカげた存在に思えた。

ごめんね、と小さく呟いてなまえは踵を返す。待って働くから。なんて言って彼女を呼び止めようは微塵も思わない。
人混みに溶けていく彼女をぼんやりと見ていることしかできなかった。


(少しきつかったけど、一松ならわかってくれるよね)

(あのクソアマ、絶対にぶち犯す。泣いて善がっても許してやんないし、一生僕のもとで縛り付けてやる)