肯定してくれるのがカラ松で、小言が多いながらも心配してくれるのがチョロ松。一松は何も言わずに黙って聞いてくれて、それから十四松は元気にしてくれる。トド松は共感してくれて、下手すると女友達よりも悩みを聞いてくれるのが上手かも。……だったと思う。
知らないし、知りたくもなかった。へぇ、と適当に返してビールを追加で頼む。
なまえの恋話なんて、死んでも聞きたくない。どうして好きな奴の好きな野郎(自分ではない)の話を聞かないといけないんだ。義務もなければ理由もない。
味がよく染みた大根をつつくなまえを見てから、自分の手元に視線を戻した。ほろ酔いしているのか、なまえは何やら分からない台詞を呟いてはへらへらと笑っている。

「ね、おそ松」
「何?」
「……怒ってるの〜?」
「いや、怒ってないけど」

そっか〜、なんだか今日は言い方がとげとげしく思ったの。なんて言って呑気に笑っている。
いいや、本当は滅茶苦茶怒ってるよ。今すぐにでもその口は、俺にとって都合のいい言葉しか話せないようにしてやりたいしいっそのこと脳みそまでそうしてしまいたい。でも、なまえは六つ子の大切な幼馴染で弟のうちの何人かは思いを寄せていたりする。まぁ、俺もそんなやつの一人で。俺は弟も大切だからそんなむごい真似は出来ない。

「でね、どうしたらいいと思う?」
「…何が?」
「あ、聞いてなかった?さっきの話」
「ごめんって、ちょっと考え事してた」

珍しいね。そう言ってふにゃりと笑う。
なまえが叉何か言いだそうとした時に、タイミングよく頼んだものが運ばれてくる。意を決したような表情をしたのちのそれだったので、少しうろたえているようにも見えた。

「さっきの話ね」
「うん」
「どうしたらいいかなーって」
「何が」
「えっと…好きな人ともっと仲良くなりたいの」
「なればいいじゃん」
「でも、あっちは私のこと女としてみてないよ」

そんなわけないじゃん、言おうと思ったけどやめた。
へぇ、と再び気のない返事を返せばむっとした表情で俺を見た。

「怒ってるよね」
「怒ってないよ」
「嘘だ、絶対に怒ってる」
「なんで」
「冷たいもん、いつもはお兄ちゃんみたいに甘やかしてくれるのに」

そこ言葉の意味を俺は悟らざるを得なかった。
俺はしょせん、お兄ちゃんみたいな人。というポディションから抜け出せないのだろう。いつまでも、なまえの心の甘えどころとしかなることができない。
俺はずっとずっと女の子としてなまえのことを見てきたのに少し不平等に思う。この気持ちを言えば受け入れてもらえる訳もなく、俺の気持ちは行く先を失う。
そうなるくらいなら、こんな気持ち捨ててしまおう。

ちぇ、と口をとんがらせてグラスを見つめるなまえの顎を掴んでこちらを無理矢理向かせる。きりきり、と指先に力を籠めれば痛い、と小さく呟いた。知ったことか、俺のがもっと痛いんだから。

「カラ松もチョロ松も、一松も十四松もトド松も俺の大切な弟なの」
「……うん」
「だから、俺は長男の役目としてアイツらを甘やかしたり構ったり守ったりする義務がある」
「……」
「でも、なまえは俺のなに?」
「なにって……」
「俺、別に誰にでも無条件に甘やかすわけじゃないよ」

俺はなまえのお兄ちゃんでもなんでもない、と言えばなまえの瞳からはぽろぽろと涙があふれてきた。そんな顔みたくないんだけど。今なら謝って冗談だよ、って言えば許してもらえるかな。
冗談だよごめんってー、そう言おうと思ったけど言葉は喉元に突っかかって出てこない。それどころか、ついて出た言葉はそれはそれはもう酷いもので。

「俺はなまえのこと好きにはならない」

吐き捨てるように言って、荒々しく手を離した。
あー、せっかくなまえが奢ってくれたビール全部飲んでないけどいいか。無言で席を立ってそのままカウンターを通り過ぎて、店を出る。
年末の冬、身を切るような寒さだった。
誰なら泣いているなまえに優しくしてあげられるだろうか。そんなことを考えながらポケットからスマホを取り出した。