赤い糸の女 | ナノ




「天女さまはお優しいから、全然気にしてませんよね?怪我は善法寺先輩がいるようですし、俺は山内を保健室に連れて行きます」

その手の主は大丈夫か、と私に声をかけてから、あっという間に抱き上げて歩き出した。先輩方とあの女には何も言わさなかった。
しかし、病気ではないから、保健室に行っても無駄だ。それに、保健室に行くには忍たまの敷地を通らなくてはならない。糸が、怖い。装束を掴み首を振って意思を示す。

「保健室は嫌か。なら、山内の部屋で良いな?」
「は、い……。ありがとうございます、竹谷先輩……」
「気にすんな。いつも手伝ってもらってるしな」

にかっと笑みを見せる竹谷先輩は、普段通りに見える。そういえば、あの女に糸を絡ませる人ならば、あの場面で私を庇うことはおかしいと気付いた。竹谷先輩の両手は私の背と膝に回っている。背の方は見えないが、膝にある手に糸は見えない。
もしかして、竹谷先輩は。期待を抱いて、先輩の名を呼ぼうとしたのだが、それは先輩自身の声でかき消されてしまった。

「おーい!孫兵!」
「こんにちは。竹谷先輩。そちらは山内先輩じゃないですか。どうかされたんですか」
「気分悪いみたいでな、部屋まで連れて行くんだが、水とおにぎりかなんか持ってきてくんねえか?このままじゃ山内食いっぱぐれちまうし、食欲はあとで出てくるかもしれないだろ。な、山内」
「あ、はい……」

そういえば、食堂に行く途中だったのだ。あの糸に触れた気持ち悪さですっかり忘れていた。

「わかりました。おばちゃんに頼んでみますね」
「ありがとな。頼んだぞ」
「ありがとう、孫兵くん」
「いえ。山内先輩は、いつも通りのようなので安心しました」

食堂に向かう孫兵くんとは逆の道を竹谷先輩に抱えられて進む。人はあの女の所に集まるからか、幸いなことに誰にも会わずにくのたま長屋まで来ることができた。
運ばれる間中、孫兵くんの言葉を考えていた。『山内先輩は、いつも通り』では、『いつも通り』でないのは誰か。そして孫兵くんは何を思って言ったのか。
俯く私に、竹谷先輩は何も話さなかった。


「ここだな。山内、布団引くから一旦降ろすぞ」
「いえ、大丈夫です。あの女から大分離れたので……」

言ってしまってから、自分の失言に気が付く。いくら竹谷先輩から糸が見えないとはいっても、それは片手だけであって、背を支える手は確認できていないのだ。もし、あの黒く滲んだ糸が在るのなら、竹谷先輩今の言葉をどう思っただろうか。恐ろしくて顔を上げられずにいると、ぷっと吹き出すのが聞こえた。顔を上げると、堪えきれずに笑い出す竹谷先輩がいた。この状況に呆ける私を、暫くして笑い終えた先輩は降ろす。

「いやー、正直だなあ。山内は」

その手にあの糸は無かった。
安堵が胸に広がり、目尻が熱くなる。あの女が来てから、初めて見た。良かった。竹谷先輩は変わっていなかった。以前と変わらない人がいるというだけで、先程とは全く違った気分だった。

「うっ、うう」
「えっ?ちょ、待て山内!何があったか知らんが泣くな!」

竹谷先輩が困っている。でも、本当に嬉しい。嬉しくて涙が出るなんて久しぶりだったのだ。そう簡単に止まる訳がない。泣く私に、焦る竹谷先輩という妙な状況を見事にぶち壊したのは、おにぎりと水を持ってきてくれた彼だった。

「何入り口で二人で突っ立てるんですか。早く入ってくださいよ」

そちらを向くと、『いつも通り』真っ赤な糸で、彼と彼女は結ばれていた。


「で、山内先輩の具合はもう宜しいんですか?」
「ああ、それがなあ、孫兵。こいつ正直に『あの女から離れたから大丈夫』って言うんだぜ。俺腹いてえ」

思い出したのか、竹谷先輩は口元に手を当てにやにやする。

「わあ!言わないでください、つい口が滑ったんです」
「それは、本当に正直者ですね。僕らが天女派だったらどうするんです」
「天女派?って、そんなものがあるの?」
「勝手にそう呼んでるだけです。今の所天女派じゃないのは僕らだけですけど。天女のように美しくお優しいから、天女様、だなんておかしいですよね。ジュンコの方が美しいのにね」

孫兵くんは右手でジュンコの頭を愛しげに撫でる。その手から繋がる糸はジュンコの首に巻かれていて、彼らの親愛の証である。よく生物委員の手助けでジュンコを探したりするのだが、糸のおかげですぐに見つけられるのだ。
それにしても、天女様とはよく言う。あんな禍々しい糸を纏わり付かせた女のどこが天女であろうか。

「で、山内先輩は何を理由に僕たちを信じるんですか?」

『いつも通り』な二人が私を見ていた。


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -