一 おかしい。あの女が来てからのことだ。皆の小指に付いていた赤い糸がぐちゃぐちゃに狂ってしまった。結ばれていたものはぷっつり途切れ、その全てがところどころ赤黒く変色しあの女に絡みついている。そのせいであの女が見えなくなるくらいで、まるで化け物のようである。嗚呼、おぞましい。 学園のどこにいてもその糸の殆どはあの女に繋がっており、邪魔ったらない。 くのたまも忍たまもあの女に好意を向けており、心安まるのは自室くらいなものである。 毎日毎日糸を避けて歩く。引っかかったのなら自分も捕らわれそうで怖いのだ。 あれは、あまりに異常だ。 初めて集会であの女が現れた時、既にあの女には多くの糸が絡みついていて、顔が見えなかった。恐ろしさに何も耳に入らず戦慄した。人は他人に好意を向けるものだということは知っている。しかし、こんな直ぐにそれを向けるものか。 それにあの糸は、あの色は恋情に近い。断言できないのは、それの殆どが黒ずんで、元の赤を保っていないからであった。 恐ろしいが怖がってばかりもいられず数日観察した結果、分かったのは、男女の赤い糸の多くがぶっつりと切れ、その全てがあの女に絡まっていることだった。それも男女双方共にである。あまりに有り得ないことだ。恋人の心変わりの相手に純粋な好意を向けられるか、否、不可能である。 観察の結果、尚あの女が恐ろしく――それを通り越しおぞましく思った。あの女は人に害を及ぼしている。誰も気付いていないだけで。 あれはきっと人ではないのだ。だから、ある意味で天女というのは正解なのだろう。 私には皆が讃えるように、あの女がどんなに美しいのかも、どんなに優しいのかも解らないので、目に見える糸が全てであった。 そして、糸で覆われているからこのようなことになるのだ。 「痛……!」 先日から糸に神経を使いすぎていたので、数本しかない状況に気を緩めてしまっていた。曲がり角の向こうの気配に気が付かないなんて、馬鹿だ。 糸に突っ込んだ脚からは不快感が這い上がるように広がり、気持ち悪さに膝を付いた。 こんな気持ち悪い好意があるのかと愕然となる。そもそもこれは好意なのだろうか? 「山内!気を付けろよ。美幸さんはお前らくのたまと違ってか弱いんだ」 「そうだよ。早く謝りなよ」 以前の食満先輩なら、不審な人物は信用せずきちんと見極めていましたよね? 以前の善法寺先輩なら、気分が悪そうな生徒がいれば優しく手当てしてくれましたよね? 別の方にその糸は繋がっていましたよね? 全てを歪めるこれは最早、呪いではなかろうか。 「は……」 私は糸に足を突っ込んだが、あの女には触れていなかったので、実は只の芝居だった。しかし、先輩方に目を付けられては適わない。あの女は気を引きたいだけなのだ。謝罪を口にしようとした。 「先輩方、山内は体調が悪くてふらついていたんです。何も悪気があったわけじゃないんですから、別に良いじゃないですか」 大きな手が、私の肩にそっと触れた。 ← |