短編 | ナノ


最近、気になって仕方がない。俺は学校の最寄駅の四つ前からその電車に乗る。しかし、それよりも先から乗っている彼女――の鞄。しょっているリュックサックにごろごろと大きいものが二つ、小さいものも二つ。更に、手にしたお弁当袋にも大きいものが一つ。愛くるしい豆腐のマスコットを引き連れている。柚子、抹茶、ゴマ、焼き豆腐に季節限定のものまであり、付け過ぎていると他人には思われるだろうが、正直に言う。俺は心底羨ましい。豆腐が好きだ。大好きだ。三度の飯が豆腐でもいい。というか主食が豆腐でもいい。そんな俺があの豆腐を愛おしく思わずにいれようか、いやいられまい。
しかしながら、俺は男。可愛いものを愛でる為にそれをレジに持っていくという第一段階を突破できずにいるのである。ちなみに最終手段はプレゼント用ラッピングだと考えている。
とにかく、ああ、羨ましい。

「へーいすけ。何見てんの?女の子?JK?それともおねーさん?」
「どれも違うからな。三郎。お前と一緒にするなよ」
「うわ、ひでえ」

電車で女を物色しているような三郎とは違う。俺が見ているのは女子高生でも年上の女性でもなければ、あの何とも言えない四角のフォルムを持った豆腐なのだ。ああ、あれをこの手でふにふにしたい。形を壊さぬようにそっと撫で、時折少し力を籠めてその感触を味わいたい。
じっと鞄に引っ付いて揺れるそれらを眺めていると、電車がホームに到着する。扉の開くアナウンスが放送される。あの豆腐達は俺の最寄より一つ前の駅で降りてしまうのだ。持ち主がその駅最寄の公立高校の生徒だから仕方がない。また明日までのお別れだ。泣く泣く心の中で別れを告げていると、ぽろっと、一つ小さい四角が鞄から落ちた。
俺は反射的に、三郎が止めるのも聞かずに、その豆腐を拾い上げ、電車から降りてしまっていた。手の中には、小さい二つのうちの一つ、焼き豆腐がある。床に落ちたことにより、少し汚れてしまっている。折角の美白美人が台無しだ。
このまま、自分のものにしてしまいたい欲求が湧き上がる。しかし、俺の良心がそれを許さなかった。見慣れた後姿を探す。割合早い時間だからか、人もそれほどいないのですぐに見つかる。まだ階段を下りてはいなかった。

「ちょっと、君!」

走り寄りながら、声を上げる。振り向かない。数人が振り向いたが、すっと興味なさそうに目を逸らされる。言っておくが、三郎のような軟派ではない。歴とした人助けだ!

「そこの豆腐いっぱいくっつけた、君だ!落し物!」
「えっ?」

女の子が振り向く。豆腐が揺れる、揺れる。漸く追いついた俺は、その子の目の前に焼き豆腐のミニマスコットを差し出した。
「これ、君のだろ。さっき、電車で落としたのを拾った」
「う、うわあすいません!全然気が付かなくって……。ありがとうございます」

焼き豆腐が女の子の手に渡る。彼女はそれを嬉しそうにその手に包んでから、汚れを確かめて表情を硬くした。

「せっかく、誕プレでもらったのに……汚れちゃった……」

とても悲しげな言葉の響きに、彼女も豆腐が好きなのだと少し親近感がわいた。今まで、彼女自身を見たことがなかったから、初めてのことだ。だから、つい口が滑った。

「水で濡らしたタオルかなんかで拭くと、少しはましになると思う。色白の綺麗な子だから、ちゃんと綺麗にしてやってほしい。……なにか?」
「いえ。あの、……あなたも豆腐好きなんですね」
「! え、いや、その」
「別に悪いことじゃありません!今時男の人でも可愛いマスコット付けていたりしますよ」

彼女は俺の目をしっかり見て断言した。そうか、そうなのか?俺は堂々と誰に憚るでもなくレジに持って行ってもいいのか?豆腐マスコットに、携帯ホルダー、果ては低反発枕まで購入しても許されるのか!?
あまりの衝撃に驚いていると、彼女は鞄を片方肩から下し、ごそごそと何かしていた。「はい」と差し出される手。その上には黒ゴマのミニマスコットがちょこんと乗っていた。

「焼き豆腐を拾ってくれたお礼です。後は全部貰い物なので、これしか上げられないんですけど。とても豆腐好きみたいなので……男の人だったら買いにくいですもんね、こういうの」
「く、くれるのか?」

興奮で手が震える。ゴマ豆腐がよろしく、と俺に微笑んでいるようだ。

「はい。どうぞ。私、黒ゴマのそばかすみたいになってるところが、可愛いと思います」
「ありがとう……大切にする」

黒ゴマを受けとり、ふにふにと指でつつく。かわいい。それにしても豆腐をくれるだなんて、とても良い人だとそっと彼女に視線を移す。
瞬間、ホームに列車が滑りこんできて大きな音を立てた。


プラットホーム・ロマンス


俺は一体どうしたのだろう。この胸の高鳴りはどちらに対してだろうか?
掌から垂れて揺れるゴマ豆腐が俺を笑った気がした。




執筆:20110701




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