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アレグロ・コン・ブリオ
子供は風の子、とは古くから伝わる言葉だ。子供は風が吹いていても外で元気に遊びまわるものだという意味で、事実その通りである。冬の寒風の中であろうとそれは変わらず、むしろそれさえも楽しみのひとつとして数えてしまえるあたりが子供の純粋さというものなのかもしれない。
成長するにつれそんな腕白さは鳴りを潜め、暖かい室内から出たくないという大人になっていく。そんな大人達と、子供達のちょうど中間。高校生という、大人への階段を今まさに昇っている最中の少年達は――真っ二つに、割れていた。
「オイヤッベエよ仗助ェ〜!雪ヤベエって!早く外行こーぜ外ッ!」
「おいおい冗談やめろよ億泰ゥ〜……なんでわざわざ寒ィのに外行くんだよ」
「次どーせ体育でサッカーだろォー!?早く行っといた方がいいじゃねーかよォ〜」
「だりィよォ〜……」
ジャージに着替えていた仗助を引きずって、億泰は興奮した様子で鼻息も荒くグラウンドへ向かって行く。寒い寒いと文句を言ってはいるが、仗助も騒いでいる内に「あっちいぜェー!」と言い出すに決まっているのだ。苦笑しながら二人を見送った康一は、「元気だなあ」と呟いて椅子に座ったままくるりと向きを変える。――目の前には、そんな快活さとはほぼ無縁であろう友人がいた。
「賢吾くんは……まだ行かないよね」
「…………あんな精神年齢一桁の連中と一緒にしないでくれ」
「だよねー」
学校指定のジャージに着替えたものの、襟元のファスナーを一番上まで閉め、首を竦めてそれが口元まで覆うように縮こまっている。大多数の男子生徒が見栄とこだわりで冬でもハーフパンツなのに対し、賢吾はしっかりと全身長ジャージだ。外見より機能、防寒を優先するのは当たり前だと言わんばかりの態度である。
かく言う康一も全身ジャージなわけだが、結局寒さには勝てないのだから仕方がない。そろそろ始業のチャイムが鳴りそうだということで、あからさまに不機嫌な賢吾を宥めながら、二人はグラウンドへ向かった。
ピーッというホイッスルの音を合図に試合が始まり、赤と青のゼッケンをつけた少年達がグラウンドを駆け回る。大雑把に行われた雪かきのせいでまだうっすらと雪が残っていたが、彼らは気にする様子もない。次の試合を待っている間、康一と賢吾はグラウンドの端でぼんやりと試合を眺めていた。
「やっぱり仗助くんも億泰くんも運動神経良いなァ〜!誰も二人に追いつけないよッ!」
「あいつら以上に体操服が似合わない奴もいないけどね」
「そ、それは言っちゃあダメなヤツだよ……!」
確かに仗助と億泰の二人は完全に浮いている。片やハーフ顔のリーゼント、片や顔に十字痣のあるパグ顔だ。体格が平均以上ということも相俟って、二重の意味で頭ひとつ抜きん出ていた。おかげで集団の中に埋没することがなく、見つけるのに手間取らなくて良い。いかにも『らしい』不良ではあるが、中身はれっきとした高校生なのだ。怯える必要があるわけがない。
――しかし、それにしても寒い。先日まで確かに秋めいた陽気だったというのに、雪がちらついたことで一気に冬になったような気がする。生まれも育ちも杜王町の賢吾といえど、急激な気温の変化には身体がついていけないのであった。ポケットに突っ込んだカイロをぎゅっと握りしめ、はあと大きく息を吐く。白い靄が、大気に溶けて消えていった。
「賢吾くんて寒がりだったりするの?」
あまりにも寒そうに見えたのか、康一が首を傾げながら聞いてきた。彼もまた杜王町で生まれ育った身だが、賢吾ほど寒がっている様子はない。「確かに寒いけどちょっと大げさなんじゃあないかな」、と心の中では思っていた。
「どう、なんだろうか。あまり人と比べたことはないけど……そうかもしれない」
「ちょっと手貸して――うわ冷たいッ!なんでこんなに冷えてるのさッ!?」
「なんでと言われても」
「なんだよ康一ィ〜!男同士で手なんか繋いでムサ苦しいぜェー」
「違うよッ!」
「やめろ僕が山岸さんに殺される!」
いつの間に試合が終わったのか、仗助と億泰が二人に駆け寄ってくる。走り回って暑くなったのか、揃って上着を脱いで半袖姿である。さすがに寒空の下、半袖というのは見ていて寒い。にやにや笑う仗助へ康一からの抗議が飛んでいった。
「あんまり寒がってるなァ〜と思って手触らせてもらったらスッゴく冷たいんだよ!これは寒がっても仕方ないよ」
「どれどれェ〜……うわ冷てェ!辰沼オメーこれ人間の体温じゃねえよッ!」
「うるさいナキサイチョウ」
「えっなにそれ」
「ググれ」
触れていた仗助の手をぱっと払い、再びポケットに突っ込む。ぎゅっと握りしめてもそれほど暖かくない。風が吹くたび痛む鼻を庇うように首を竦め、ジャージに埋もれるように縮こまるが芯まで冷えた身体に大した効果は得られなかった。動かせば温まるだろうか、とグラウンド中央に視線をやるが、まだ得点の集計をしているのか呼ばれる気配はない。こうしてじっとしているのが一番辛いのだ。
冷え切ったとうとう眠気さえ訴えてくる。近くにあった柱に凭れるとそのままずるずると膝が折れてしまった。――眠い。すごく眠い。しかし目を擦るためにはポケットから手を出さなければならない。それは無理だ、だって寒い。
「オイ辰沼ここで寝たら死ぬぞッ!」
「賢吾くん、風邪引くよ?」
返事をするのも億劫だった。授業中に寝たことなどないというのに、よりによって体育の時間に眠くなるとは思わなかった。こっくりと船を漕ぎだした首を必死に起こそうとするが、身体が重くてうまく動かせない。立てた膝に額が当たって、そのまま落ち着く。まずい、これは完全に寝に入る体勢だ。起きなければ、と思うのに――……。
そのまま、ふっと意識が途絶えた。
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「……えっマジで?マジで寝たのコイツ」
唖然とする仗助の視線先には、ポケットに手を突っ込んだまま体育座りのような恰好で微動だにしない賢吾の姿がある。品行方正、授業中の居眠りなど無縁という少年が、まさかの居眠り。しかも体育の最中に。
思わずまじまじと眺めていると、すっと隣に立っていた億泰が動く。そういや随分静かだったなァと何ともなしに考えていると、億泰は――手に持っていた自分のジャージを、眠る賢吾の頭にかけた。
ジャージ饅頭の出来上がりである。
「よォーし完璧だぜェ……!」
「か、完璧って、おま、ぶふっ」
「ちょ、ちょっとこれは……!」
傍目から見てジャージ饅頭、遠目から見たら意味の分からない塊だろう。ひどくシュールな光景だった。しかも饅頭の中身は優等生でおなじみの辰沼賢吾(居眠り中)なのだから、プレミアものである。
得意げな顔をする億泰も相俟って、仗助と康一は笑いを堪えるのに必死だった。あまり大きな声を出すと賢吾が起きてしまうため騒ぐことができないのが辛い。ばしばしと自分の膝を叩いてなんとか乗り切った。
「しゃ、写真撮りてェ〜……!そんで色んな奴に見せて回りてェ……!」
「いッ、いや、ここはやぱりビデオだよ……!起きた瞬間は逃せないよ……!」
ヒイヒイと悲鳴を上げながら笑いを堪える二人を横目に、億泰は満足げな顔でうんうんと頷いている。純粋なる好意の産物である。賢吾の短い髪では俯いた時にうなじが丸出しで、いかにも寒そうに見えたのだ。だから上着をかけた。布団に全身包まれば暖かい。ならば隙間なくかけてやった方が暖かいだろうと思ったのである。
「良いことすると気持ちがいいなァ〜!」
大きく伸びをし、達成感を感じながら空を仰ぐ。生憎と灰色の曇天だった。
雪がもっと降ればいい、と億泰は思う。そうしたら今度はサッカーではなく雪合戦がしたいのだ。自分達はちょうど四人だから、二人ずつに別れてチームを作ろう。そして負けた方が罰ゲームを受けるのだ。
遠くない未来を夢見ながら、億泰は笑った。火照った体に風が心地良い。――なんでもないような輝かしい日々は、こうして軽やかに過ぎていくのであった。
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『とかげ主で学生組ほのぼの』というリクエストで書かせていただきました!リクエストありがとうございましたー!
真冬の体育の授業中、あまりに寒くて眠くてたまらなかったのは私です。とかげ主人公は寒さに弱そうだなーと思っていたらこうなっていました。風邪ひきそう。
この後、集合のホイッスルを聞くと同時に覚醒した主人公がジャージ饅頭から飛び出てきて仗助と康一くんは爆笑、近くにいた生徒は度胆抜かれると思います。暫くネタにされますね!
楽しく書かせていただきました、ありがとうございました!
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