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冬の星



日曜日である。世の中の大半の学生が週明けに訪れる月曜日という無慈悲な存在を頭から抹消しつつ過ごす安息の日である。友人と遊びに行くもよし、一人の時間を満喫するもよし。次の日曜日が訪れるまでの心の栄養を補充しておく、それが日曜日というものの存在意義なのだ。


――という実のないことを寝起きでぼんやりした頭で考えつつ、賢吾は暖かい布団から身体を起こした。一晩の間に冷え切った部屋の空気に震えつつ、椅子の背にかけておいたカーディガンをパジャマの上に羽織る。きちんと揃えて置かれているスリッパに足を突っ込んで、眼鏡をかけて洗面所へと向かった。

身支度を整えて朝食を済ませてから家を出た。特に予定はないので図書館にでも行こうと考えていたのだ。とはいえ、『スタンド使いは引かれ合う』という法則がある以上は知り合いの誰かに遭遇する可能性も高い。綿密な予定などたてない方がいいのだ、この杜王町においては。


「あ、賢吾くん!」


少し歩いたところで、名前を呼ばれて顔を上げる。少し先に行ったところで、康一が手を振っていた。隣には由花子もいる。彼女の服装がいつもより気合いの入ったものであることから察するに、デートだろうか。小さく手を振りかえして近寄ると、康一は「奇遇だね」と言って笑う。それに頷いて由花子を見遣ると、少しばかり不機嫌そうだ。デートだというのであれば、早々にこの場を去らないとまずい。賢吾自身が直接被害に遭ったことはないが、仗助や億泰曰く『プッツンした由花子はヤバイ』らしいので、注意するに越したことはないのだ。


「二人はデートだろう?何処へ行くんだ?」

「え、エヘヘ……買い物に行くんだよ。もうすぐクリスマスだし、それの下見も兼ねてるんだ」

「まあ康一くん……そんなこと言われたら期待しちゃうわ」

「……うん、まあ、お幸せに」


そのまま二人の世界に突入してしまった。仲が良いのは構わないが、取り残された身としてはひどくいたたまれない。顔が引きつるのをマフラーを引き上げて隠すようにしながら、ひらりと手を振ってその場を後にした。

空は薄暗い。雪こそ降っていないが気温は低く、慣れ親しんだ寒さではあるが指先がかじかんでいくのがわかった。手袋をするのは、あまり好きではない。指先がうまく使えないからだ。行儀も悪ければ危ないというのも重々承知の上だが、つい両手をポケットに突っ込んでしまう。鼻の頭が痺れる感覚。薄く開いた唇から白い息がふわりと空気に融けていくのが見えた。
冬は好きだ。寒いのは苦手だが、冷え切った朝の静かな空気だとか、深呼吸した時に肺の奥まで冷える感覚は嫌いではない。なにより静かだ。雪が降っている静寂の中、自分の足音だけが響く空間が好きだった。


暫く歩くと、灰色の街並みの中になにか白くて大きなものが見えた。曇り気味な眼鏡の奥で目を眇めてみると、どうやらコートを着た誰かの背中だ。――というか、あんなに真っ白なロングコートを着た長身の人間などそうはいない。声をかけようか、少し迷う。彼の――空条承太郎の歩幅は広い。背も高ければ足も長い、というか外見に関しては非の打ちどころがない男だ。スタンドバトルでの強さもまた然りだが、性格については……触れないでおこう。少なくとも、自分は得意ではない。


「……賢吾か」

「うっ」


見なかったことにしようかと思った矢先、視線の先で承太郎が振り向いた。怯んでいる間にあっさりと距離を詰められる。正面に立たれると、巨大な壁が目の前にあるようで圧迫感が尋常ではない。

「どうした。一人とは珍しいな」

「……別に、そんなことはないですよ。昨日は億泰達と一緒にいましたし」

「そうか。いつも誰かしらと行動している印象があるからな、お前らは」

「というか、歩いてると誰かしらと遭遇するんですよ。さっきも広瀬くんと山岸さんに会いましたし」


そう告げると、承太郎は口の端を微かに持ち上げる。わかりにくいが一度気付いてしまえばわかりやすい。これで笑っているのだ、この男は。


「暇なら、ついてくるか。これから浜辺でヒトデの調査をするんだが」

「……今十二月ですけど」

「この時期にしか見られない行動というのもあるからな」


そういえば、自分がコートにマフラーという重装備なのにも関わらず承太郎は春先と同じコートと帽子のみだ。季節感というものはないのだろうかと訝しむと同時に、そもそもこの人を常識の枠で測ってはいけないのではないかという考えが頭を過る。
とはいえ、特に差し迫った予定があるわけでもない。図書館などいつでも行けるわけだし、冬に海に行く機会もそうそうない。海に入る気はないが、見学ぐらいなら構わないだろう。

わかりました、と返事をする。承太郎は帽子の鍔を少し下げ、やはり口の端を少しだけ上げた。「あ、喜んでる」と気付く。――なんだか、微笑ましい。顔が緩んでいくのを隠すように、またマフラーに顔を埋めた。



******


「あ、承太郎さー……ゲッナマエ」

「お?……あー賢吾!おめーも来たのかよォ〜!」


浜辺につくと、そこには仗助と億泰がいた。露骨に顔を顰めた仗助に対し、億泰はぶんぶんと両手を振っている。その近くには腕組みをしている形兆もいた。前者二人はともかく、形兆
がいるのは珍しい。前を歩く承太郎を追い抜いて駆け寄ると、「暇だからついてきたんだぜェ〜、兄貴も引っ張ってきた」と億泰が笑う。


「珍しいですね」

「力ずくで引っ張られてきたんだよ」

「たまにはいいんじゃないですか?」

「……うるせェぞ」


ぱし、と頭を叩かれる。最早恒例行事だ、既に慣れている。承太郎が黙々と準備を始めるのを仗助が手伝い、億泰がそれを覗き込んでいる。やがて手渡されたらしいバケツやシャベルを持って、億泰がこちらに駆け寄ってきた。手伝うと言ってしまった手前、拒否するわけにもいかない。受け取って海を見ると、コートを脱いで裾をまくった承太郎が既に手を突っ込んで何かしている。あの人寒さとか感じるんだろうか、と考えていると、形兆が「寒くねェのかあいつ」と呟いた。やはり、皆考えることは同じらしい。

とりあえず、荷物を一纏めにしておいて靴と靴下を脱ぐ。寒空の下に晒され続けた砂浜は、じっとりと湿っていて冷たかった。体温が奪われる感触に震えがきた。慎重に裾を折って、ゆっくりと海に入る。足首まで浸かるのが限界だ。横を向けば、「冷てェー!!」と叫びながら突っ走る億泰と仗助が見える。馬鹿か。


「これ終わったらよォー!ラーメン食いに行こうぜェー!」

「グレートだぜ億泰ッ!冴えてんじゃあねーかよォー!」

「だろォ〜!?」


そんな会話を聞き流しつつ、水面を見詰める。揺らめく海水の下にヒトデのようなものが見えたので拾い、海水と一緒に持っていたバケツに入れた。しばらく繰り返したところで砂浜に戻り、荷物の脇にバケツを置いた。
海水に濡れた爪先は、既に感覚がない。せめて手だけでも、と息を吹きかけていると、こつりと肩に硬いものが触れた。振り返ると、缶コーヒーを持った形兆が立っている。


「あ、すみません」

「てめえ風邪ひくだろうが。あのオッサンに集っとけ」

「えっなになに、承太郎さん奢ってくれんのかよ!?」


いつの間にか戻ってきた億泰が、鼻水を垂らした顔のままパッと表情を明るくした。ポケットからティッシュを出して渡してやると、デヘヘと笑う。いつにも増して間抜けに見えるなあと内心で考えていたら、既に形兆に叩かれていた。考えることはやはり同じらしい。


「億泰ゥ、おめー鼻真っ赤ですげー顔ンなってるぜぇ〜」

「やっぱ海寒ィよなァー!腹減ってきたしよォ……あっ賢吾なに飲んでんだよォ」

「そろそろ昼だしな。寒いし」

「無視しないでッ!」


背後から飛びついて来た億泰の頭に缶を叩きつける。走り回っていたらしい億泰の体温は高くて暖かいといえばそうなのだが、それ以上にむさ苦しい。引き剥がそうと抵抗していると、仗助と形兆が手伝ってくれた。とりあえず億泰には水をかけておいた。

寒い寒いと騒ぐ億泰を無視して海を見遣る。ざぶざぶと波を掻き分けて承太郎が戻ってくるところだった。荷物の傍で一塊になっている賢吾達のところまで来ると、荷物を置いて「ご苦労だった」と労う。そして防水加工が施してあるらしい腕時計をちらりと見て、


「昼時だな。バイト代だ、奢ってやる」

「承太郎さんグレートッ!さっき億泰とラーメン食いたいって話してたんスよー!」

「オレ味噌ラーメンにコーンとバター追加大盛りでッ!」

「お前達は何が食いたいんだ」

「……チャーシューメン、大盛りで」

「僕は塩で」

「わたしは一旦部屋に戻って荷物を置いてくる。それまで待っていろ」

「はーい!」

「ハーイ!」


荷物を担いでホテルに戻っていく承太郎を見送って、残った一同は駐車場へ移動することにした。ぎゃあぎゃあと何事か騒ぎながら走って行く仗助と億泰を眺めながら、ゆっくりと歩く。

――朝起きた時は、まさか海に入ることになるとは思っていなかった。確かに予定は未定だったが、予想外すぎる。この面子と出会ってから、騒がしくない休日の方が少ない気がしてならない。外に出れば大抵誰かと遭遇して、流されるまま行動を共にするからだ。勿論、面倒事に巻き込まれることだって少なくない。


だが、まあ。悪い気はしないのだ。冬空の下、誰かと騒ぐのも。灰色の世界が塗り替えられていくような、そんな錯覚に陥る。決して嫌いではない。

明日は明日で、また騒がしい一日になるだろう。それが一週間続いて、また日曜日になる。そうして迎えた休日を、またこの面子で迎える。それがどれだけ尊いことかを、恐らく此処にいる全員が知っている。だからこそ、毎日が色鮮やかに見えるのだ。


足音が聞こえる。声が響く。ひとりより、ずっと暖かい。


それが嬉しい。賢吾はマフラーに顔を埋めた。ぐすん、という音は誰にも届かない。それでいいのだった。




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市ヶ谷さんリクエスト『「仗助達やその他Allとの休日」』で書かせて頂きました!ありがとうございましたー!


ギャグでもほのぼのでも、ということでしたので、寒いからほのぼのしてあったかくなろう!→ほのぼの になりました。

彼らはこの後市内のラーメン屋に繰り出して大食いして帰ってきます。仗助・億泰・形兆・承太郎はいっぱい食べそうですよね、身体もでっかいし。

賢吾に水かけられた億泰ですが、翌日何事もなかったかのように登校してくると思います。腹は下しても風邪はひかないのが億泰クオリティ……!

楽しく書かせて頂きました、ありがとうございました!




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