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「私を想って」




退屈な授業がすべて終わり、堪えていた眠気がじわりと瞼の裏から全身に巡っていくような感覚。仗助は大きく口を開けて欠伸をしつつ、だらりと机に突っ伏した。勿論、自慢の髪型が崩れないよう細心の注意を払った上で、である。
一日の終わりに不意打ちの小テストという残酷な仕打ちに疲弊した精神を少しでも癒そうと目を閉じ、惰眠に身を任せようとしたところで――ぱし、と後頭部を叩かれる感触。

条件反射で「いてっ」と声を上げつつ、顔も上げる。一体誰だよ、疲れてンだよ、と思うのと、「げっ」という音が口から飛び出たのはほぼ同時だった。


「人の顔を見た途端に品のない台詞……つくづく低俗ね、東方仗助」

「おめーはつくづく可愛げってモンがねーよなァ委員長」

「全ての女に可愛げが備わってると思ってるの?意外とロマンチストね」

「そーいうとこが可愛くねーんだよッ!」


声を荒げる仗助を立ったまま見下ろして、少女――辰沼ナマエは鼻で笑った。腹は立つが最早このようなやり取りは恒例行事のようなもので、誰も気に留めない。本人達もそうだった。


「で、何の用だよ。オレ眠いんだけど」

「やっぱり忘れてる。貴方、今日日直でしょう」


呆れた、と態度だけでなく表情でも告げられる。言われて黒板を見てみれば、確かに黒板の右下には「東方仗助」と書かれている。隣には、今目の前にいる彼女の名前もあった。日直は朝、職員室まで日誌を取りに行かなくてはならないのだが、恐らくそれは彼女がやってくれたのだろう。それどころか休み時間ごとの黒板の掃除まで全てやらせてしまった形になる。さすがに罪悪感が大きかった。


「あとは日誌を書いて、先生に渡すだけだから。これだけはやってもらわないと困るの」

「悪かったって……何ならおめー先帰ってろよ、後はオレやっとくからよォ」

「日誌を出し終わるまでが日直の仕事だし、私は委員長だから。教室の戸締りまで暇だから見張ってるわ」

「……あっそ」


そう言うとナマエは仗助の前の席の椅子に座り、持っていた文庫本を開く。そんな彼女に溜め息を吐いて、仗助は手渡された日誌をぱらぱらと捲る。先程の衝撃はこれだろう。角で殴られたらけっこう痛そうだよなァと思うと同時に、半分が既に埋められたページに辿り着いた。いかにも几帳面です、というのを体現したような細くて小さい字が連なっている。

欠席者や連絡事項などの欄は既に埋められていたため、仗助が書くのは自由記入欄だけだ。適当に今日一日の授業内容を思い出しつつ手を動かす。体育の時のサッカーは中々に白熱した試合だったなァ、とか。
しかしその話題も、のこりの空白が半分になったところで終わってしまう。ちょっと休憩、と心の中で呟いて背もたれに体重をかけた。ぎ、と軋んだ音がする。

ふと視線を上げると、依然として読書を続けるナマエの姿が目に入る。普段仗助が追い回されている女子達や康一にべったりの由花子と比べれば、あまりにも地味だ。化粧っ気も色気もないし、更に可愛げもない。正直に言って仗助はモテる。基本的に同年代の女子達は自分と話す時、少しの照れを見せる。自然と上目遣いになる姿やもじもじと恥ずかしがる姿などは見ていて微笑ましいものだ。
しかし、数少ない例外が目の前の彼女だ。目つきは悪いし態度も悪い。規律規範に厳しいといえばそれまでだが、友人同士で固まってきゃあきゃあと騒いでいるところなど見たこともなかったし想像もできない。勿体ねえなァ、と何となく思った。

文庫本に視線を落としているため、伏せられた睫毛は意外と長かった。眼鏡の奥でいつも吊り上がっている印象のある目元だが、今はとても穏やかだ。鼻と口は、随分と小さい。あんなちっせえ口からよくぽんぽん嫌味が出てくるもんだ、と感心さえする。
そして手元。何にも飾られないままの指は、当たり前のことだが自分と比べてずっと細かった。きちんと切り揃えられた爪は丸く、そしてほのかな桃色をしている。チョークの粉が少しだけついていて、それが残念だった。


「(……なんでオレ辰沼のことガン見してんだよ)」


何が残念なんだっつーの、と心の中で悪態をついて、残り半分の空白に立ち向かった。


*****


「――終わったァ〜!」


凝り固まった肩を思い切り伸ばしつつ、万感の思いを込めて叫ぶ。すっかり教室から人気は失せ、今や仗助とナマエだけだ。窓の外を見れば、既に日が沈もうとしていた。


「悪ィ辰沼、待たせた」

「別に。もっと遅くまで残ってる時もあるから」

「マジかよ」

「終わったなら早く荷物纏めたら?私は戸締りしてから帰るから」


言うなり、彼女はさっさと立ち上がって自分の席に戻り、帰り支度を始めた。そしてひとつひとつ窓の鍵を確認していく。まるい指先が、茜色を反射する金具の上を滑って行く。カーテンを揺らす風が、彼女の髪をも巻き上げた。ふわりと広がるのは、いつも真っ直ぐな背中を覆う真っ直ぐな黒髪だ。伸ばされた腕は細く、手首に至っては骨が浮いている。――何故だか、ぎゅっと胸の奥を締め付けられたような気がした。


「――辰沼」


零れるように声が出た。訝しげな顔をした彼女が振り向く。ことりと傾げられた首もまた細かった。――こんなにも、華奢だっただろうか。
続く言葉を待っているらしい彼女の髪がまた風に吹かれて広がっていく。少し眉を顰めてそれを耳にかける仕草が、妙に仗助の胸を騒がせる。なんだ、これは一体何なんだ。


「……なに?」

「えッ!いや、そのォ〜……」


咄嗟に窓の外を見る。日は既に半分以上が沈み、辺りは薄暗い。


「と、途中まで送ってってやるよッ!」

「は?」

「は?じゃあねーよッ!もう暗いのに危ねーだろ、女子一人じゃあよ」

「別に、いつも一人で帰ってるし……」

「あーもーうるせーなァ〜!いいから送られとけよッ!」


言うなり仗助はナマエの手首を掴む。親指と小指が重なっても余裕のある細さに驚きつつ、慎重に、けれど焦っていることがばれない程度に性急に引っ張る。抵抗はなかった。とんとん、と軽い足音が自分の後ろをついてくる。


「……へんなやつ」

「あ?なんか言ったか!?」

「何も」


人気のない廊下を二人で進む。手首を掴んでいた手は、いつの間にか少し位置をずらしていた。ナマエの手を包むように引いていた仗助の親指に、ほんの少し温度の低いなにかが触れる。脳裏をよぎるのは、チョークの粉で汚れたあの指先だった。
途端に、かっと顔に血が集まる感覚。何故赤面しているのかもわからないまま、仗助は歩くスピードを上げた。焦ったような、けれど楽しさを滲ませた声が追いかけてくる。


ああ、もう、ちくしょう。


握った手を放さないように力を込め直す。きゅ、と遠慮がちに握り返される。――ようやく、気付いた。けれど、悔しくてならない。「なんでコイツなんだ」、と。
まだぼやけた輪郭の感情を持て余しながら仗助は歩く。職員室まで、もう少し。その短い距離がもどかしく、同じくらい名残惜しかった。





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『賢吾女体化で仗助お相手』というリクエストで書かせて頂きました!

余談ですが、女体化だとデフォルト名は「聡子(さとこ)」です。なんとなくそれっぽく。

高校生同士の青春っていいなあ爽やかだなあとほんわかしながら考えていました。このままだと普通にくっつきそうですが、女体化したところで美人でもないし態度も口も悪いので微妙なところです。くっついたら億泰が号泣しそうですね!

たぶんこの二人は手繋いでるとこを誰かに見られてて翌日あたりから噂になって全力で否定に走ると思います。青春ですね!

リクエストありがとうございました!楽しかったですー!




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