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花と蜥蜴

それじゃあ今日はこれで終わり、解散、というくたびれた教師の声が教室に響く。それを皮切りに生徒達はそれぞれ掃除の担当場所に向かったり、部活へ走っていったりとあちこちへ散っていった。
偶然にも掃除当番が休みだった億泰は軽い鞄を持ち上げると、前の席に座って荷物の整理をしていた賢吾の背中をつつく。


「なァ〜賢吾、今日この後暇か?ドゥ・マゴにケーキ食いに行かねぇ?」

「ケーキは魅力的だけど、今日は用事があるんだ。悪いが仗助か康一くんと行ってくれ」

「康一は……由花子とデートだってッ……!」

「泣くなよ!僕が泣かせたみたいだろ!」


彼女とデートというイベントが羨ましすぎる億泰が滂沱の涙を流して机に突っ伏す。そろそろ慣れてきたとはいえ、いい加減面倒くさい。賢吾はポケットの中にこっそり常備している小粒のキャンディ(苺みるく、と書かれている)を取り出し、億泰の前に置いた。


「それやるから泣き止めよ?待ち合わせに遅れるわけにいかないから、僕はもう行くぞ」

「グズッ……おう……じゃあなァ……」


力なく手を振る億泰に溜め息を吐き、賢吾はそのまま教室を後にする。目指すは駅だ。これから久し振りに会う人間のことを考えると心が軽くなるような気がした。



***


その後、同じく帰ろうとしていた仗助を捕まえた億泰は再度ドゥ・マゴでのお茶に彼を誘ったが、また断られた。何でも承太郎と待ち合わせをしているんだとか。
皆して予定があって(しかもその内の一人は彼女とデート)、まるで自分が暇人のようではないか。暇であることを否定はしないが、せっかくの放課後を一人で過ごすというのも寂しい。試しに、仗助に同行してもいいか聞いてみる。「承太郎さんがいいって言ったらいいぜェ〜」というお言葉を頂いた。ガッツポーズを決めて、億泰は仗助についていくことにした。

学校を出て少し歩くと、車に凭れるようにして立つ承太郎の姿があった。承太郎さーん、と仗助が手を振ると姿勢を正すようにゆらりと身体を動かす。規格外の身長の割にするりと動くよなァ、というのが仗助の感想である。


「承太郎さん、今日億泰もついてっていいッスか?なんか暇らしくて」

「ひッ、暇じゃねーよ暇じゃあよォーッ!なんつーの……アレだ、持て余してんだよ!時間をよ!」

「それを世間一般じゃあ暇っつーんだよ」

肘で億泰を小突く仗助を見て、承太郎はほんの少しだけ沈黙した。恐らく考えていたのだろうが、問題ないと判断したらしく「構わない」と頷く。歓声を上げる億泰を苦笑しながら見つつ、三人は車に乗り込んだ。
しばらくして駅に到着し、三人は改札から少し離れた広場で承太郎の友人を待つという。車の中で聞いた話だが、なんでもSPW財団に所属しているスタンド使いで、承太郎のサポート役として抜擢されることになったらしい。
確かに連携して動くというのなら気心の知れた相手の方がやりやすいだろうし、ジョセフからの信頼も厚いというのだから何だか凄そうだ。仗助と億泰は期待と不安を抱えたまま落ち着けずにいる。視線も定まらず、きょろきょろと周囲を見回して――見知った顔を見つけた。


「なあ……あれ賢吾じゃね?」

「マジで?……あ、マジだ」


改札のすぐ前に、賢吾が立っている。じっと改札の奥、ホームに通じる階段の辺りを見詰めている。どうやら彼もまた、誰かを待っているらしい。ぱっと億泰が駆け出し、仗助がそれを引き留めながらも追いかける。承太郎も小さく「やれやれ」と呟いて、二人に続いた。


「賢吾〜!」

「ッうわ、お、億泰!?なんでここに……」

「暇だからっつってついて来たんだよなァ〜」

「仗助と……承太郎さんまで?皆して誰か待ってるっていうのか……?」


ばしんと背中を叩かれて目を白黒させる賢吾の許に三人が集まった。承太郎を筆頭に、仗助も億泰も外見は素行不良の学生だ。傍から見れば駅で行われるカツアゲ以外の何物でもない。背中の痛みに閉口しつつ、とりあえず億泰に反撃。肘で鳩尾を打つと、大袈裟なまでに悶絶した。フンと鼻を鳴らす。


「お前は誰を待ってるんだ?」

「従兄ですよ。仕事の都合でしばらくこっちに滞在することになったっていうんで、挨拶も兼ねて迎えに来たんです」

「奇遇だなァ〜、承太郎さんのダチもそうなんだってよ」

「(友達いたのかこの人)」

「……おい賢吾、てめー今なに考えた」

「いえ別に何も」


ぐだぐだと話していると、ホームから改札に向かってくる人の数が増えた。電車が到着したらしい。自然と無言になり、それぞれが待ち人の姿を探す。仗助と億泰は「そういや承太郎さんの友達の特徴聞いてない」と気付いたが、何せ承太郎は目立つ。向こうから見つけてくれるだろうと思い直し、とりあえず探すフリだけしておくことにした。


「――承太郎!」


声が聞こえてきた方向に、全員の視線が向く。人混みの中でひらひらと揺れる掌が見えた。ほどなくして改札を出て現れた人物は、「久し振り」と言って微笑み、そのまま視線を斜め下に落とす。


「賢吾も、久し振り。少し背が伸びたかな?」

「少しだけ……じゃなくて、知り合いなんですか?」

「ああ、承太郎とは高校の時からの付き合いだよ。――ええと、そっちが噂の仗助くんで合っているかな」

「う、ウッス!東方仗助ッス!」

「虹村億泰ッス!」

「花京院典明です、よろしくお願いするよ」


それぞれが握手を交わし自己紹介が済んだところで、ひとまず移動することとなった。何せ身長も体格も賢吾以外の全員が平均以上の集団だ。カツアゲの現場として通報されかねないし何より邪魔である。長旅で疲れているだろうしまずはお茶でも、ということで一行はドゥ・マゴへと移動した。

飲み物を頼んで人心地ついたところで聞いた話によると、花京院は今回の出張の件で承太郎と連絡をとっているうち、彼の叔父とつるんでいるメンバーの中に従弟が――賢吾がいることを知ったらしい。少し悪戯心が働いて、双方に「駅で待ち合わせをしよう」と持ちかけ、今回のサプライズを実行したのだとか。
聞き終えると承太郎はやれやれと溜め息を吐き、賢吾は思い切り顔を顰めた。


「あのォ〜……花京院さんと賢吾が従兄弟ってマジっすか?」

「ああ、そうだよ。ぼくが学生だった頃は夏休みや親戚の集まりなんかでよく会っていたんだけど、社会人になってからは随分とそういう機会も減ってね……こうして会うのは久し振りなんだ」


恐る恐る、といった様子で尋ねた億泰に花京院は頷いてみせる。承太郎の友人ということでどんな猛者が現れるのかと戦々恐々としていたところだったので、穏やかそうな彼の様子にほっと胸を撫で下ろす。多少砕けて会話しても大丈夫そうだ。
それにしても、と花京院はふくれっ面をしている賢吾を見遣りながら大袈裟に溜め息を吐いた。


「昔は『お兄ちゃん』ってぼくの後をくっついて回ってたっていうのに……月日が経つのは早いなあ」

「ブハッ」

「ちょ……!い、いつの話してるんですか!やめてくださいよッ!」


盛大に飲み物を噴き出した仗助と億泰を横目に、顔を真っ赤にした賢吾が食って掛かる。承太郎も一瞬だけ目を丸くしたが、今は花京院と二人揃って意地の悪い笑みを浮かべていた。


「ほんの十年前の話じゃあないか。ぼくが『家族旅行でエジプトに行くから夏休みはもう会えないよ』って言ったら、半泣きになってヤダヤダって――」

「うわーッ!うわーッ!!」

「おいこの十年でてめーに何があったんだよ」

「賢吾にもそんな時代があったんだなァ」

「随分可愛げのあるガキだったらしいな」


今や全員がにやにや笑いながら賢吾を見ている。その原因たる男を思い切り睨み付けても、柳に風といった様子であっさりと受け流された。――昔からそうだ、いつもこの従兄には敵わない。どれだけ食ってかかっても笑って済ましてしまう癖に、くれる助言は的確なのだ。慕っているというのが本音ではあるものの、それを正直に言えるほど可愛げのある性格ではない。


「素直に嬉しかったよ。何せ、ぼくの『スタンド』を見ることができたのは――あの当時は、賢吾だけだったからね」

「え、花京院さんも『スタンド使い』なんですか?」

「ああ、物心ついた時には既に使えていた。……もっとも、お陰で変な子供だと思われていたけどね」


そう言って目を伏せる花京院の横顔には、どこか苦痛の色が滲んでいた。嫌な思い出でもあるんだろうか、と焦る仗助をよそに、当の本人は再び笑ってみせる。


「賢吾や承太郎のお陰で今のぼくが在るというのは決して過言ではないんだ。承太郎やジョースターさん達と出会って旅をしたからこそぼくは自分の『誇り』を取り戻すことが出来たし、今こうして生きていられるのは賢吾がいてこそなんだ」

「……え?」

目を丸くする仗助達だったが、声を上げたのは賢吾本人だった。先程まで背けていた顔を花京院に向け、どういうことなのかと問う。


「賢吾、ぼくが旅行から帰ってきてからお守りをくれただろう?君が作ってくれた、あの」

「そんなこともありましたけど……あの頃、僕はまだ『スタンド』を使えなかった。見えるだけで、何も」

「素養のある人間は、『スタンド』が発現する前でも無意識の内に能力を使っていることがある。
恐らく旅行から帰って様子のおかしかったぼくを案じてお守りを作った際に、『身代わりになる』という性質を付与してくれていたんだろうね――お陰で、あの旅から無事に生還できたよ」


はあ、と呆けた様子の高校生達を見回して、可笑しそうに唇の端を持ち上げる。


――実は、少し心配していた。かつての自分のように周囲に見切りをつけ、孤立してしまっているのではないかと。出来る限り気に掛けるようにはしていたが、社会人となった自分では
諸々の都合で傍にいてやることは出来ない。理解しあえる友人が出来ていればいいけれど、と。


「……なあ承太郎。ぼくは随分と過保護だったらしい」

「少し意外だったが、まあ気持ちはわからなくもないぜ」


大人二人の視線の先では、子供の頃のことについて問い詰める仗助・億泰と、顔を真っ赤にして喚いている賢吾の姿がある。
彼らの間には何の遠慮も見られないが、同時に踏み込んではいけないラインというのを的確に弁えているかのような少しの配慮があった。

恐らく――ほぼ確実に、もう少ししたら賢吾が爆発して真っ先に仗助に食って掛かるだろう。反撃に出る仗助を鼻で笑い、煽りながら二人は一触即発の空気を醸し出すに違いない。だがそんな空気を、億泰があっさりと散らしてしまうのだ。そして何事もなかったかのように談笑に戻る。

そんな、彼らにとって『当たり前』の日常を、とても尊いものだと感じる。


「ぼくの大切な従弟を頼むよ。君の一族は信頼できる」

「うちの叔父に任せときゃあ大丈夫だろう。あいつの周りは、得難い奴が多い」


そうだね、と相槌を打って、花京院は大きく息を吐いた。知らず知らず肩に力が入っていたらしい。
気を取り直して、すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。舌を刺す渋みに顔を顰め、隣の承太郎に笑われた。


「ああ、でも――悪くない。良い、気分だ」


誰にも聞こえないように呟いて、花京院は目を閉じた。――確かに変わってしまったものは沢山ある。けれど同時に、変わらないものもある。少し懐かしい気分になって花京院はそっと感覚を研ぎ澄ませた。自分の『スタンド』と、視界を共有する。

目の前には、青いトカゲが一匹。ゆらりと揺れる緑の触脚と戯れていた。

いつかと同じ光景。微笑みつつ、さてこの滞在中はどうやってこの素直ではない従弟を甘やかしてやろうか、と算段をつけ始めた。



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『連載主が花京院と従兄弟で、また賢吾のスタンドのお陰で花京院がもし生きていたら』というリクエストで書かせていただきました!

設定的にとても美味しくて、楽しかったです…!いつまでも続いちゃいそうで自重が大変でした。
スタンド達はテーブルの下でこっそり遊んでます。この後従兄弟たちはトニオさんのお店でごはん食べたらいいと思います。私もトニオさんのごはんがたべたい。

リクエストありがとうございました!





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