Thanks 10000Hit | ナノ

 
子犬の狂想曲



杜王町には有名な一族が住んでいる。その名も『ジョースター家』という、イギリス貴族の血を引くらしいなんとも由緒正しい一族だ。

この町にいるのはその中でも日本人の血が入っている一部の人間だけで、一族が所有する大きな屋敷の他にもそれぞれの家を持っているのだというから貴族の財力は伊達ではない。もっとも、当の本人達にその話をすると揃って苦虫を噛み潰したような顔をされるので口には出さないのが暗黙の了解ではあるのだが。

彼らは基本的に誠実であり、わかりにくくはあるが非常に優しい。それゆえ杜王町の住人達からは慕われている。一族揃って皆整った顔立ち、均整のとれた体つきをしているのだからそれも理由のひとつになるだろう。――いずれにせよ、ジョースター家というのは魅力に満ちた一族なのである。

よって、彼らを疎ましく思うのは余程の悪党か――余程のへそ曲がりか。或いはその両方に限られるのだ。





「よォーッ仗助ェ〜!帰りにドゥ・マゴにでも寄ってこーぜェー!」

「悪ィ億泰、今日は屋敷の方まで行かなくっちゃあならねーんだ。今度埋め合わせはするからよォ〜」


帰りのHRが終わると同時に駆け寄ってきた億泰に、仗助が拝むように手を合わせる。不満を体全体で表す億泰に再度謝りながら、彼はやれやれといったように肩を竦めた。


「なんか知らねーけどイギリスにいる当主サマがこっちに来てるみてーでよォ、全員で集まんなきゃあなんねーんだと。

ジジイが来るってだけならともかく当主サマはなァ……さすがに断れねーよなあ」

「マジかよォ……ってことは承太郎さんだけじゃあなくって他にもいっぱい来てんのか?」

「そーそー、結構な人数が集まるから、町ん中歩いてたらばったり出くわしちまうかもなぁ〜」



そんな会話を、ナマエは帰り支度をしながら聞いていた。自然と眉間の皺が深くなる。仗助と承太郎という二人だけでも苦手意識があるのだから、恐らく自分とジョースター家は徹底的に相性がよくないのだろうと思う。噂の当主様以外とは一応の面識があるのだが、やはりどうも苦手意識が拭えなかった。

一人や二人だけでも近くにいたら何かしらの騒動に巻き込まれるというのに一族丸ごとこの町に来るなんて冗談じゃあない。さっさと帰ろう、と鞄に荷物を詰めて立ち上がった。椅子を引いた音に気付いた億泰が振り返る。


「ナマエ〜、オメーもう帰んのか?」

「ああ。宿題がけっこう出ているし、今日の復習と明日の予習に少し手こずりそうだからな」

「ウゲェ……さっき授業終わったのにもう勉強のこと考えてんのかよォ……」

「それ言っちゃあおしまいだぜ億泰。優等生サマは考えることがちげーんだ」

「好きに言ってればいいけど、次のテスト前に泣きついてきてもお前には絶対ノート見せないからな東方」

「はァーーーッ!?なんでオレだけなんだよォーッ億泰はいいのかよッ!」

「仗助ェ、これが人徳ってヤツだぜ」

「億泰の口から『人徳』という単語が出た……形兆さんに報告しないと」

「よかったなァ億泰、きっと晩飯豪華になるぜ」

「マジかッ!人徳半端ねえなあーっ」


なんだかんだと騒ぎつつ、三人連れだって昇降口へ向かう。どうせ校門までは一緒なのだから、という自然な流れだった。それぞれ靴を履きかえて玄関を出たところで、校門前に人だかりが出来ていることに気付く。

ひそひそという女生徒達の声が、熱気を孕んで篭っているように感じた。いつもなら甲高い悲鳴のような声で感情を露わにしているというのに、この空気はなんなのだろうか。三人が首を傾げつつ近付くと、仗助に気付いた女生徒があっと声をあげた。


「あっ、仗助が来たわよ!」

「ほんとだ、仗助!」


伝言ゲームのように仗助の登場は瞬く間に広まり、ざわめきが大きくなる。そしてさながら彼がモーセであるかのように人波が割れ、校門までの道が開けた。

呆気にとられていると、ひょっこりと細い人影が現れる。くるりと巻いた前髪、太陽に煌めく金髪。大きく胸元を肌蹴た改造制服は、その人物に少年ゆえの色気さえ感じさせるようだった。


「こんにちは、仗助。お久し振りです」

「て……てめーッ、ジョルノッ!なんでここにッ!」


微笑んだジョルノという少年に黄色い声が上がり、それにも負けない大声で仗助が叫ぶ。思わず伸びたのであろう人差し指はぶるぶると震えており、顔には汗が流れていた。よっぽどびっくりしてんだなァと億泰が呟く横で、ナマエは自分の胃が凄まじい勢いで締め上げられるような感覚に脂汗が止まらなかった。必死に顔を背け、じりじりと億泰の背後に隠れようと移動を開始する。

しかし残酷なもので、こんな時でも億泰は素直だ。不審な動きをするナマエに気付いて首を傾げ、この場においては嬉しくない優しさを発揮してくれた。


「おいナマエ、どうしたんだよォ〜顔真っ青だぜ」

「ば、ばか!億泰ッ……!」

「……ナマエ?」

「うっ」


それまで仗助と会話していたジョルノが視線を動かし、隠れ切れていなかったナマエをその目に捉える。にこりと笑みを浮かべて近寄ってきた彼は、億泰の背を覗き込むようにして「やあ、久し振り」とごく自然な動きで手を取り、ナマエを引っ張り出した。

――ジョルノ・ジョバァーナ。ジョースター家の中でも複雑な生い立ちをしているらしいという話は彼自身から聞いたが、それを感じさせない堂々とした立居振舞をする少年である。
年下であるにも関わらず、どことなく『凄み』を感じさせる彼の眼差しが苦手で仕方ないナマエは「ああどうも久し振り」と返しながらも決して目を合わせようとはしなかった。


「具合が悪いのかい?顔色が悪いよ」

「ああうんちょっとそうなんだよだからはやく帰りたいんだよ」

「それなら、丁度いいことに仗助を迎えにきた車をそこに待たせてるんだ。屋敷には波紋使いの方々もいるし、寄って行ったらどうかな」

「えっ」

「うん、それがいい。さあ仗助、行きましょう。皆さん屋敷でお待ちですよ」

「えっ」

「勿論、億泰くんも」

「マジか!」


抵抗する間もなくずるずると引きずられて車に押し込められた。美味しいおやつが食べられるという予感に億泰はご機嫌だし、仗助は元から屋敷に行くつもりだったのでなんてことのない顔をしている。顔を青くしているのはナマエ一人であり、つまり、四面楚歌。


「嘘だろ……」


呟いた声は、エンジンの音に掻き消された。



******


辿り着いた屋敷はやはり立派なものだった。笑顔のジョルノが発するプレッシャーに負けて足を進め、重厚な扉をくぐる。磨かれた床や映画の中でしか見たことのないような絵画、ダンスホールにできそうな広さの玄関。普段生きている場所とはまるで別世界で、ナマエの胃はますます悲鳴をあげた。

「おッ仗助じゃあねーか!学校お疲れさん」

「うげ、ジジイ」


顔を顰めた仗助の視線を追えば、ぴょこんと前髪を跳ねさせた青年が階段の上に立っていた。遠目に見ても恵まれた体格であることがわかる。親しげな光を湛えた瞳がきらりと輝き、仗助の背後に立っていた億泰とナマエを捉えると体全体を使って『歓迎』といったポーズをとる。


「よォーッ億泰にナマエ、久し振りじゃあねーの!仗助くんと仲良くしてくれてありがとなァー!」

「ジョセフさんチーッス!」

「……どうも」

「ジョナサンが広間で待ってるから早く来いよォ〜、うまいお茶ご馳走してくれるぜ」


悪戯っぽく笑うと、ジョセフはひらひらと手を振ってそのまま奥へと歩いて行ってしまった。溜め息を吐く仗助は照れくさいのかぎこちない動きで頬を掻くと、「……とりあえず行くか」と歩き出す。それに続く三人。ジョルノは相変わらず読めない笑みを浮かべていた。

階段を上り、広く長い廊下を暫く歩くとやはり重厚な扉があった。仗助は気持ち程度に髪型を整えると、拳でその扉をノックする。すると、内側から誰かが開けてくれたのか部屋の中の様子が明らかになった。

――天井に吊るされた豪奢なシャンデリアから光が降り注ぎ、部屋全体を明るく照らしている。床に敷かれた毛足の長い絨毯は柔らかく体重を受け止め、足音すらも消してくれる。
部屋の中央に置かれたテーブルは歴史と高級感を漂わせる代物で、その上に乗せられた白磁のティーセットもまた然り。もし落として割ってしまったら、と想像するだけで背筋に震えが走った。


それぞれの椅子には、既に誰かが腰掛けて談笑していた。先程会ったばかりのジョセフは隣の金髪に羽飾りをつけた青年と漫才のような会話を繰り広げては大声で笑っており、その向かいでは承太郎が静かにカップを傾けている。彼の隣の椅子には誰も座っていないが、前にはカップが置いてある。視線を巡らせれば、ドアの傍に前髪を一房だけ伸ばした青年が立っていた。目が合うと、青年――花京院は薄く微笑む。


「やあ、仗助くんに億泰くん。ナマエも久し振り。お邪魔してます」

「あーッ花京院さんッ!お久し振りッスねェ〜!」


憧れの存在である承太郎の友人ということで仗助から一目置かれているらしい花京院の姿に、仗助が顔を輝かせる。会釈しながら扉をくぐると、空いている席に適当に座った。花京院の隣にはジョースター家で数少ない女性である徐倫が、友人らしいドレッドヘアの女性と茶菓子に舌鼓を打っているようだった。

部屋の一番奥、最も上座である場所には誰もいない。本来なら部屋に入って真っ先に挨拶をするべきであるジョースター家当主・ジョナサンの姿がない。先程のジョセフの言葉では此処にいると聞いていたのだが。

首を傾げていると、それを見ていたらしい承太郎が「入れ違いになったな」と呟く。すぐ戻ってくるだろうぜ、という言葉に不安が募る。この個性豊かという言葉では足りないほどの個性の塊であるジョースター家を束ねる男というのがどんな人間なのか、まったく想像がつかないのだ。筋骨隆々の大男であることは確実だが、その性格はどんなものだろう。

想像だけで背筋に震えが走り、隣にいた億泰が「寒ィのか?お茶飲む?」と温かい紅茶の入ったポットを差し出してきてくれた。その口の周りが食べ滓だらけでなければ素直に感謝できたのに。


そうこうしている内に、どれくらいの時間が経っただろうか。そろそろ雑談にも飽きてきた頃、部屋の奥にある一際大きな扉が微かな軋みと共に開かれる。「さあジョースターさん、お掛けになってくだせえ!」「ありがとう、スピードワゴン」――訛りの強い声に続いたのは、広く穏やかな海を思い起こさせるような声だった。


「みんな、待たせてすまない。初めて見かける顔もあるみたいだし、改めて自己紹介でもしようと思う。

――僕はジョナサン・ジョースター。ジョースター家の当主をさせてもらっている。宜しく頼むよ」


そのとき、ナマエは生まれて初めて、人に気圧された。


筋骨隆々の大男だった。そんなものは想像通りだ。だがしかし、この溢れ出る包容力はどうしたことだろうか。初めて承太郎と出会った時にもたじろいだ記憶があるが、あれは単に彼の威圧感のせいだろう。この男、ジョナサンに対して感じるのは威圧だとかそんなマイナス方向の感情ではない。形容しがたい――安心感のような。そんなものだ。



「……どうするよ仗助ェ〜、ナマエのヤツ呆けちまってんぞ」

「うわアイツのあんな間抜け面初めて見たわ……まあでも不意打ちでジョナサンに会うとああなるよなァ……」


ひそひそと言葉を交わす仗助と億泰のことなど目に入らない。ナマエの視界はジョナサン・ジョースターだけでいっぱいになっていて、その脇で声高に何かを叫ぶ顔に傷のある男のことすら意識の外である。

そしてその視線に気付いたのだろう。ジョナサンが顔を動かしてこちらを見て――嬉しそうに、微笑んだ。



ナマエの記憶は一時的にここで途切れている。



気付けば夕方で、億泰と共に帰路についていた。隣では億泰が屋敷の感想やら出された食事についての称賛を体全体で語っているが、何一つとして実感がない。我に返って初めて、
ナマエは立ち止まり、その場で蹲る。億泰が慌てふためいて駆け寄ってきたが、言葉を発することもできなかった。



「……やっぱりあの一族は嫌いだ」



絞り出した声は、地面に吸い込まれていくのであった。







「ジョルノよォ〜……な〜んか楽しそうにしてると思ったらあーいうことかよ」


趣味悪いぜ、と頭を掻く仗助に対し、ジョルノはくすくすと控えめに笑う。「だってわかりやすいじゃあないですか」、と。


「君の友達、ジョナサンみたいなタイプには滅法弱いですよね。ああなるって分かりきっていましたし」

「そうかァ〜?単に苦手ってだけじゃあねーの?」

「いいえ、違いますよ仗助。彼みたいなタイプはね、ジョナサンみたいなタイプが一番苦手なんだ。なんの打算もなく手を差し伸べてくれるような、どこまでも美しい人間がね。

……ああ、また今度会わせてあげたらどうです?きっと喜びますよ」


泣いちゃうかもしれませんね、と微笑むジョルノの顔は輝いていた。それにげんなりしつつ、仗助は天を仰ぐ。

普段はいけ好かないとばかり思う奴であるが、この時ばかりは同情する。――狂想は、終わらない。



------


『連載番外編で混部』というリクエストで書かせていただきました、ありがとうございました!


混部に挑戦するのは初めてで、こんなに沢山のキャラクターがいるのにどうしたら……!?と試行錯誤していたらどえらい時間がかかってしまいました。


ジョナサンともう少し絡ませたかったのですが、なにぶん私の力不足です……機会があればまた書いてみたいと思います。

ただ、こうして普段まったく触れていなかったキャラクターに関しても口調や行動に関して沢山考えることができたので、とても良い経験ができました。本当にありがとうございました !!






prev|next

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -