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クラウチングスタート



「では、希望者は挙手してください」


チョークの粉で指先を汚しながら、辰沼賢吾はいつもの仏頂面で振り返った。そこにはざわつくクラスメイト達の姿がある。近くの席の友人達と相談しているのか、或いは少ない枠を競っているのか。どうでもいいから早く決めて欲しいという本音を表情に滲ませて溜め息を吐きつつ、ちらほらと挙がりはじめた掌の持ち主の名前を呼び、意見を聞いては黒板に正の字を増やしていく。


「委員長ー眉間の皺すげーぞォ〜」

「君にそんな観察力があったとは初めて知ったよ。こんな場でしか発揮されないとは可哀想で涙が出るけどね」

「あっ思ったより辛辣」


野次を飛ばした男子生徒ががくりと項垂れる。高校生活も二年目になれば被っていた猫もどこかへいくもので、賢吾が演じていた所謂「優等生キャラ」もすっかり鳴りを潜めていた。
ただ、素行と成績は相変わらず教師受けの良いものを貫いているあたり元来生真面目であることが窺えた。

一年生の時に仗助や億泰、康一と行動を共にするようになってから彼ら(特に前者二名)に怒鳴り散らし物を投げ足やら拳を出していたせいか、この一年で賢吾の気の短さと口の悪さは周知のものとなってしまっている。改造学ランや仗助の髪型を何だかんだと許容しているだけあって、ぶどうヶ丘高校の懐の深さはそんなものを意にも介さなかったわけだが。

お陰で肩肘を張ることもなく生活できているのでありがたいと言えばありがたいのだが、如何せん怒鳴ったところでそのまま受け流されることが多い。特にこうしてクラス全体の意見を纏めるような場では尚更そうだ。不良生徒も少なくない中、賢吾のような口が悪いだけの奴が声を荒げても怖くもなんともないということだろうか。逆にからかわれることも少なくないのだから、苛立つのも許していただきたい。


「じゃあ安田はその無駄に長い図体を活かして玉入れに決定」

「はァー!?」

「これでひとつ埋まったな。じゃあ次、騎馬戦に出場したい人は挙手」



季節は初夏、運動会の季節である。



******



行事が近いとなれば、生徒達の気分も浮ついてくる。日頃はほぼルーチンワークをこなすだけの学校で非日常が組み込まれてくるとなれば好奇心旺盛な若者達が大人しくしているはずもなく、授業中の空気もどこか騒がしい。特に体育の授業はそれぞれが参加することになった種目の練習をするのだから、仕方がないことだというのは、わかっているのだが。

天気は見事な五月晴れであり、それもまた生徒達のテンションを上げる一因となっているのだろう。抜けるような青空と爽やかな風は確かに心地良いが、こうも全力ではしゃぎまわっているのでは汗もかく。冬を越えたばかりの身体には、初夏の日差しが少しばかり眩しかった。


「オイコラ億泰ッ!てめーちゃんと支えろよォー落ちちまうだろォー!?」

「頭の上気にしすぎな仗助がワリーんだろォ〜!?康一が掴まれねーじゃあねーかッ!」

「とりあえず二人とも暴れないでよォーッ!」


視線の先では、三人で騎馬を組んだいつもの三人組がいる。身長差を考えれば当然だが、康一が上、仗助と億泰が下だ。体格の良い二人が組んだ点においてこの騎馬の安定感は群を抜いていると言えるだろうが、上に乗った将が落馬しかけた際に咄嗟に掴もうとするのは馬の頭である。
相手に向かって走る騎馬はよく揺れる。ましてや仗助と億泰が馬ともなれば、その揺れは想像するまでもなく他の騎馬よりも激しいだろう。平均よりも体の小さい康一が耐えられるはずもなく、頻繁に馬の――利き手である右手の側にいる仗助の頭に手を伸ばすことになるのだ。

ちなみに、賢吾は乱闘間違いなしの騎馬戦に参加するつもりは毛頭なく、大人しく近くの壁にもたれて見学している。巻き込まれなくて心底良かった、ああして面倒な役割を任されはするが、学級委員という肩書はこういう時に多少の融通がきくから便利なものである。

仗助と億泰の位置を入れ替えればいいという意見はすぐに出たのだが、お互いに「なんだかしっくりこない」という理由から却下になった。実践はしたものの大して結果が変わらなかったというのも大きい。


「おい、騒ぐなら広瀬君を下ろしてからにしろ。お前達の中身のない頭がどうなろうが知ったことじゃあないが、広瀬君が怪我したらどうするんだ」

「オメーほんと康一に対しては優しいよなァ〜」

「東方、人徳って言葉知ってる?」

「ンだとコラァッ!」


こんなやり取りも、もう見慣れて久しい。クラスメイト達も最早見向きもしなかった。こうして全員が同じクラスになれたのは良いが、恐らく面倒な生徒と抑止力になりそうな生徒を一纏めにしただけなのだろう。退屈はしないが些か疲れもする。賢吾が溜め息を吐いても誰も咎めはしないのだった。


「そろそろ交代の時間だろ、視界の暴力だからさっさと退け」


ヒートアップした馬二頭、もとい二人を止めるには物で釣るのが一番だ。傍らに置いてあったペットボトルを投げつけてやると、見事にそれぞれの肩甲骨を直撃した。地味な痛みと水滴の冷たさに悶える一方、康一が落ちないようしっかりと支えているのは褒めてやろう、と頷いていると、康一を地面に下ろした仗助が足音も荒く近寄ってきた。


「テッメエエ辰沼ッ!イテーじゃあねーか何しやがるッ!」

「近寄るな暑苦しいッ!汗臭いんだよあっち行けッ!」

「あー腹立つゥ〜!だったら思う存分くっついてやるっつーんだよォー!」


こめかみに青筋を浮かべた仗助が逃げる賢吾を捕まえてヘッドロックをかける。ぎゃあああと悲鳴を上げる賢吾と得意げに笑う仗助を横目に、日陰にやってきた億泰と康一はそれぞれ投げつけられたペットボトルとあらかじめ買っておいたお茶の蓋を開け、苦笑しながら喉を潤した。


「賢吾くんも素直じゃないよねえ」

「そうかァ〜?結構わかりやすいと思うけどなァー」

「……それは億泰くんだけじゃあないかな……」


ははは、と乾いた笑みを浮かべる康一を億泰は不思議そうな顔で見詰めている。その手に握られているのは、常ならば砂糖たっぷりの甘いジュースだっただろうが、最もポピュラーなスポーツ飲料である。

先程仗助に投げつけられたのも同じもので、彼も億泰も自分でこれを用意したわけではない。触れれば冷えているということは、購入してからそれほど時間が経っていないということを意味している。

そして三人は先程まで騎馬戦の練習に取り組んでいた。――つまり、買ってくることができたのは一人だけなのだ。



「熱中症に気を付けろ、って普通に言えばいいのにね」

「恥ずかしいんじゃあねーの?アイツの考えてることってよくわかんねーよなァ」

「さっきと言ってること違うよ?」

「考えてることはわかんねーけど、顔に出てるっつーかさァ〜」


そう言われて、康一は未だ仗助に絡まれている賢吾の顔をまじまじと見つめてみる。眉間にきつい皺を寄せ、全力で抵抗している姿からは仗助を労わる雰囲気を感じられない。
首を傾げる康一に、からからと億泰は笑った。


「オレ知ってるぜェー!『ツンデレ』っつーんだろォーこういうの!」

「仮にそうだとしても賢吾くんが露骨にデレてるの億泰くんにだけだからね!?」


「いッ……い加減にしろよ東方ァアアアアーーー!!」

「いってェエエエーーー!!」


青空の下、怒声と悲鳴が響く。恐らく本人に聞かれれば、今まさに仗助が食らった平手打ちが飛んでくるだろう。その前になんとしてでも億泰の口を閉ざす策を考えなくては、と康一はひとり遠い目をした。


――ああ、いい天気だ。


現実逃避も、なかなか乙なものである。



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『仲良くなった後想定でほのぼの日常(主人公ツンデレ)』というリクエストで書かせていただきました、ありがとうございました!


ツンデレとはなんぞや、と考えていたらドツボに嵌った気がします。ツンデレってなんだ……なんなんだ!お手本下さい!わかりません!


ただ皆と仲良くなった後、というのは考えていてとても楽しかったです。これは考え出すときりがないので、またどこかで書く機会があったらいいなあ(*´∀`)

リクエストありがとうございました!


タイトルが関係ないというツッコミは禁止です。




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