Thanks 10000Hit | ナノ

 
ハッピーチューズデー




「辰沼さん」


試験前ということで、教師から雑用を頼まれることもなく帰り支度を整えているナマエに声が掛けられた。振り向くと、教室の入り口のところで山岸由花子がこちらを見詰めている。


「山岸さん……どうかした?」


鞄を片手に駆け寄れば、彼女は豊かな黒髪をふわりと靡かせ、物憂げに溜め息を吐く。口元に手を遣る仕草さえ絵になるのだから美少女というのはすごい。同性であるナマエも見惚れるのだから、男子が釘付けになるのも無理はない。
そんなことをつらつらと考えていると、思案を終えたらしい由花子が顔を上げる。意を決した表情でナマエの肩を掴み、「こんなことお願いしたくないんだけれど」と前置きしてから告げた。


「康一くんのお勉強、見てあげてほしいの」

「……えっ」

「本当なら、わたしが付きっ切りで全部教えてあげたいのよ。
でも、今回はわたしも結構苦手なところが多くて……二人っきりでお勉強したいのはやまやまなんだけれど、それもちょっと厳しくて」


心底悔しそうに顔を俯かせる由花子からは悲壮感が漂っている。掴まれた肩からはみしみしと音がしそうで実際とても痛いし、気のせいでなければ彼女の髪はざわめいて今にも動き出しそうだ。
原則として『スタンド使い』にしか見ることのできない『スタンド』であるが、彼女のものは自身の身体に作用するものだからか一般人の目にも見えてしまう。なんとか宥めなければ絞殺されかねないと冷や汗を流しながら、ナマエは必死で首を縦に振った。それ以外の選択肢など存在しなかった、とも言える。



******


「だからッ!なんで徳川家康が三回も出てくるのよ人生は一回だけでしょうがそれもわかんないのかこのウスラボケッ!!」

「何回も書いときゃ一個ぐらい当たってるかもしんねーだろォ〜」

「試験範囲が平安時代じゃあなければねッ!
……ねえ虹村、下手な鉄砲でも数撃てば当たるかもしれないけど、鉄砲のかわりに箒振り回しても敵には当たらないの。わかる?」

「お前なに言ってンの?」

「おい億泰やめろ委員長が辞書構えてるから、こっちまで殴られる未来が見えるから」

「ちょ、辰沼さん角は!角でこめかみはさすがに!」

「だめよ康一くん首を突っ込んだら危ないわ」


放課後のドゥ・マゴで、ナマエ達は席をふたつ繋げて教科書とノートを広げていた。
当初の予定では康一と由花子の二人と共に行う筈だった勉強会も、帰り際にどこかからすっ飛んできた億泰と仗助に泣きつかれて結局いつものメンバーでやることとなった。案の定、ナマエは億泰にかかりっきりという形になってしまう。由花子はもともと成績は悪くないし、三人で勉強していてもわからないところだけをナマエが教え、それ以外は各自で自習ということになっていただろうから予定調和といえばそうとも言える。

顔を赤くして辞書を振りかぶるナマエ、テーブルに突っ伏してメニューを眺め始める億泰、ナマエを止めようと身を乗り出す仗助、慌てる康一と彼にくっつく由花子。いつもの光景といえばその通りなのだが、なにぶん今は試験前なのだ。少しでも成績を上げようという気概があるのはナマエだけかもしれないが、それにしたって真面目にやってほしい。いい加減我慢の限界に達してきたナマエは、億泰と仗助のいるテーブルから由花子と康一のいるテーブルへと移動した。


「えっ委員長〜!オレらのこと見捨てんのかよォ〜!」

「うるさい!そっちが泣きついてきたから仕方なく付き合ってやってたのに馬鹿なことばっかり……!勝手に赤点取ってろ馬鹿ども!」


騒ぎ立てる二人を完全に無視して、「大変だったね」と笑う康一に溜め息を返すと、由花子がメニューを差し出してきた。


「少し休憩にしたら?頼んだのはこっちだし、ケーキでも奢るわよ」

「え、そんな……いいよ、私も復習になってるし」

「こういうのはケジメよ。いいから奢られてなさい」

「そうそう、気にしないで。ぼく達スッゴク助かってるんだ」


そう言って微笑む二人に、なんだか顔が熱くなる。純粋な好意というのはどうにもくすぐったい。
これは断る方が失礼だと思い直し、メニューを眺める。彼らに比べてこの喫茶店に来た回数は少ないが、何を食べても美味しかった覚えがある。迷うなあ、と視線を彷徨わせていると、由花子が隣からひょいと覗き込んできた。

彼女が動くと、ふわりと甘い匂いが鼻孔をくすぐる。シャンプーに気を遣うだけでなく、きっと何か香水でもつけているのだろう。メニューを支える指も爪先がぴかぴかしているし、唇だって潤って柔らかそうだ。手入れの行き届いた美しさというのを、ナマエは改めて実感した。

それに比べて自分はどうだろうか。元々そういったものに興味が薄いというのもあるが、髪は適当に伸ばして結んだまま。毛先は痛んでいるし、爪も割れてはいないがそれだけだ。唇はかさついてすらいて、正直言って比べるのも烏滸がましいほどの有様だ。

由花子が美しいのは、康一という恋人がいるというのも大きな要因だろう。恋などしたこともないしそんな兆しもないが、どんなものなんだろうという興味はあった。とはいえ、自分の可愛げのなさも自覚している。これでは希望も持てそうもない、と隠れて溜め息を吐きながらメニューに視線を戻す。季節のフルーツのタルト、と告げれば、由花子は心得たとばかりに頷いて店員を呼んだ。


「あなたって頭悪いわよね」

「えっ」

「恋に恋するのも悪くはないけれど、その前に自分を磨きなさい。わたしを羨ましいって思う気持ちが出てきただけでもちょっとした進歩よ」

「え、山岸さん、何言って」

「確かにあなたは目付きも口も姿勢も悪いし胸も小さいけど、それをどうにかするのが『女子力』ってヤツよ。
……とりあえず、その野暮ったい眼鏡とりなさい」


言うが早いか、由花子は手を伸ばしてナマエの眼鏡を奪ってしまう。一気に何も見えなくなった視界に慌てていると、隣からふうん、と感心したような声が聞こえた。


「あら、思ったより綺麗な肌してるのね。睫毛も長いし……胸は小さいけど」

「何度も言わないでよッ!じ、自分が一番わかってるわよそんなこと……!」

「視力はどうしようもないから……髪型からいじる?鬱陶しい前髪切るとか、分け目かえるとかしなさい」

「やり方わからないもの……」

「そういうところから勉強するに決まってるでしょうバカね」


うう、と呻いて縮こまるナマエと、楽しくなってきたのか髪を弄ったり身体に触ったりと好き放題する由花子。珍しい構図ではあるのだが、取り残された康一は少々居心地が悪い。
こっそりとテーブルを移動すると、だらけていた仗助と億泰がひらひらと手を振った。


「大変だなァ〜康一」

「いや、そんなことないよ。由花子さんも楽しそうだし、いいじゃあないか」

「へー、ナマエが眼鏡とってるとこ初めて見た」

「ああして女子二人で騒いでるぶんにはカワイイのになァ〜」


三人が見詰める先では、由花子とほんのり顔を赤くしたナマエが真剣な顔をしてルーズリーフに何かを書き込んでいる。少し耳を澄ませば、「ネイルが」「トリートメントが」といった如何にも女子同士、といった単語が飛び交っているのが聞こえてくる。

いつも目を吊り上げて怒鳴っているか、つんと澄ましている顔ばかり見ているナマエの知らない面を見て、なんだか不思議な気分ではある。つい口を開けば「カワイくない」だの「もっと女らしくしろよ」だのとからかってしまうことの多い仗助も億泰も、感慨深いものがあるのかついまじまじと見つめてしまう。


「なんつーか……なァ……」

「あいつも女子だったんだなァ〜」

「二人ともすっごい失礼だよそれ……」


運ばれてきたケーキを食べながら笑いあう二人はとても楽しそうだ。あまり見かけない光景ではあるが、普段は男ばかりでつるんでいるのもあって華やいだ気分になってくるのも事実である。なんつーか青春だな、と照れ臭くなりつつ笑いながら、仗助達も空腹を紛らわせるためにメニューを覗き込む。――ああ、平和だ。

すべてを忘れて、その平和を享受する。素晴らしい、充実した放課後だった。誰もが笑顔で、楽しそうで。青春の一ページとして刻まれるべき時間だった。


まあ、物事にはオチがつきものであり、今回のオチは『安定の赤点を記録した億泰がナマエに土下座して勉強を教えてもらおうとし、その際うっかりスカートの中を見てしまうというハプニングが起きて蹴り飛ばされる』というものであったのだが――それもまた、大切な一ページとなるのだろう。


ちなみに、億泰の追試はドゥ・マゴのストロベリーパフェと一週間分のジュース献上でなんとかなった。




------


『賢吾女体化』というリクエストで書かせていただきました、ありがとうございましたー!


女体化したなら由花子とガールズトーク、と思っていたのですが私の女子力が足りずにガールズなトークがさせられなくてひたすら悔しい_(:3」∠)_
力不足でした_(:3」∠)_

女の子が甘いもの食べながらキャッキャしてる図が好きなので入れてみました。由花子さんかわいいよ由花子さん。

もっとかわいく女子を書けるようになりたいという思いが強くなりましたが、精一杯楽しく書かせていただきました!ありがとうございました!





prev|next

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -