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スケープゴート



※死んだ筈の人が生きています




因果、というものがある。それは細い糸を繰るように紡がれ、時には他の糸をも巻き込んでその長さを増していくものだ。糸とはすなわち人間の運命であり、一生だ。複雑に絡んでは解け、千切れそうになりながらも紡がれるもの。

――等という御託はいい。今の辰沼賢吾の心境を一表すのは非情に簡単である。「どうしてこうなった」、その一言で済むのだから。


(なんで僕ここにいるんだろう)


椅子に座ったまま、賢吾は膝の上できつく拳を握る。少し白くなった指と浮いた骨を見詰めながら、彼は意識を数時間前に遡らせた。



******


鞄の中で、持ち始めたばかりの携帯電話がぶるぶると震えているのを感じた。ちょうど信号を待っているところだったので鞄から取り出してみると、「受信メール:一件」と表示されている。メール画面を開いて送信元を確認すると、そこには「空条承太郎」の文字があった。

意外にも程がある。承太郎との付き合いは杜王町での事件が解決した後も続いてはいたが、基本的にお互いに連絡はとらない。そもそも承太郎と賢吾の関係を敢えて言葉にするのであれば「同級生の親戚」が最も無難である。一応、「スタンド使い」であるとか「共に事件解決に尽力した」という枕詞をつけられないこともないが、断じて頻繁に連絡を取り合うほど親しい間柄ではないのだ。最後にメールをしたのはいつだったかを思い出そうとして思い出せない程度の仲である。

そんな相手からの連絡を訝しがらないわけがない。そこはかとなく嫌な予感を覚えつつ本文を読む。時間はかからなかった。『今日の夜、杜王駅まで来い』――以上。


「……は?」


思わず呟いたのも無理はなかったと思いたい。呼び出されるのはまあいいとしても、せめて理由を明確にして欲しかった。ひょっとして自分は何かとんでもないことをやらかしていて、駅前まで赴いたら最後あの最強を誇る『スタープラチナ』でオラオラされるんじゃあなかろうか。残機もとい『リザード・テイル』の数は足りるだろうか。明日の朝日は拝めるのか。
考えるのを止めた頭の中ではそんな言葉ばかりがぐるぐると回る。

自分が止まっていようと世界は動く。青に変わった信号に人の波が動きだし、巻き込まれるようにして賢吾も足を動かさざるを得ない。――ああ自分は無力だ。反発する気も起きないことにほんの少しだけ絶望しながら、そっと返信画面に移行する。詳しい時間指定を受けるためだった。



――その日の夜、賢吾は指定された通り杜王駅のロータリーまで来ていた。時刻はちょうど夕飯時といったところだろう。かくいう賢吾もそろそろ空腹感を覚え始めている。道中で鼻孔に届いた各家庭の夕食の匂いに足を止めたくなったのは秘密だ。
ポケットに突っ込んでいた携帯を取り出してメール画面を開き、時計を確認する。指定された時間まであと五分となったところで、クラクションの音が耳に届く。顔を上げると、車種はわからないがとりあえず高級車であることが一目瞭然な車がこちらに近付いてきていた。


「早いな。待たせたか?」

「十分前行動は基本です。移動ですか」

「ああ。乗れ」


窓から顔を覗かせた承太郎とそんなやり取りを交わし、後部座席に乗り込む。ふかふかのシートに多少慄きながら、悔しいので緊張しているのは隠そうと振る舞った。バックミラー越しに目があった承太郎が笑っていたような気がするが、あの鉄面皮に限ってそれはない筈だ。そうに違いない。

元々口数の多くない二人ということもあって、車内は微かなエンジン音のみが響く空間と化していた。沈黙が苦になるような性格ではないが、ふと思い浮かんだ疑問をそのまま口にすることにした。


「……そういえば、僕はどうして呼ばれたんです?」

「……説明していなかったな。これからある『人物』に会ってもらう。晩餐会のようなものだと思ってくれ」

「は?」

「ドレスコードやマナーは気にしなくていい。身内の集まりだ」

「ジョースター家の集まりってことですか?東方ならともかくなんで僕が」

「着けばわかる。お前を招待することになったのは、推薦というかゴリ押しだ」

「は……?」


詳しく聞こうと腰を浮かせかけたところで車は止まった。目的地に着いたらしく、承太郎はそれ以上答える気はないとばかりに車を降りてしまう。慌てて外に出て、大きな背を追った。
こっそりと周囲の様子を窺って気付く。――この景色には、見覚えがあると。


「トラサルディー……?」


知人であるトニオが経営するレストラン、『トラサルディー』。店の入り口には「本日貸切」の札が掛けられていた。しかし、全く土地勘のない場所に連れてこられるよりずっといい。
ドアベルを鳴らして中に入ると、見知った顔がある。――満面の笑みを浮かべた、花京院だ。


「えっ」

「やあ賢吾」

「ますます僕の存在が謎なんですが」

「そうかな?ぼくと承太郎が揃っている時点で、少しは想像がついているんじゃあないか?」

「ちなみに、アヴドゥルとポルナレフは欠席。ジジイも来る予定だったが外せない用事があるそうだ」


――察した。察してしまった。笑顔の花京院と目が合った時点で嫌な予感がしていたが、まさか、まさか。


「ゴリ押しはアンタか……!」

「きみのことは忘れない」

「おいふざけるなよ幼気な学生を巻き込むとかアンタ鬼か」

「幼気の意味を辞書で引いてきたまえ。正直言ってきみ以外に思いつかなかったんだごめんね」


詰め寄ってみたはいいものの、飄々とした笑みを崩さない花京院にいっそ涙が出てくる。だがよく見れば、彼の顔色は悪い。冷や汗すら浮かべていて、お世辞にも平静であるとはいえなかった。

その時、からんとドアベルが鳴る。同時に寒気を感じた。ぞわりと背筋を這ったそれに背後を振り返ると、想像通りの人物が――悪夢の体現者が、立っていた。



「ンン……?騒々しいではないか……」

「でぃっ」

「遅えぞ。てめーが言い出したんだろうが」

「えっ」

「急に呼び出される身にもなってほしいね」

「このわたしの招待を断るなどという愚行は起こすまい?――ああ、貴様もいたのか」


絶句している賢吾を、紅い瞳が見下ろす。それだけで動かなくなった身体はどっと汗を噴きだし、冷え切った指先まで震えを走らせた。

――DIO。十年前、承太郎一行が倒したとされている、ジョースター家に因縁のある吸血鬼。
本来ならば賢吾となんの接点もない存在であるが、承太郎という点を経由して賢吾の糸と絡んでしまった。正気のまま顔を合わせるのはこれが初めてだが――成程、途方もない。


「DIO、さま」

「顔色が悪いな……ああ、怯えているのか?貴様のその顔は、悪くない」


吊り上げた唇の端から、鋭い牙が覗く。否応にもこの男が人間ではないと思い知らされた。完全にこちらを甚振って遊ぶ気だというのがその表情から読み取れる。恐らく、というか確実に、花京院が自分を呼んだ理由がこれだ。承太郎も含めて三人のみで食事などしようものなら、弄り倒されるのは花京院だ。彼はそれを避けたかった。そこで、DIOと関わりのある中で気軽に呼び出せる賢吾を呼びだしたのだろう。


「貸しですからね……!」

「感謝するよ」

「おい、テーブルにつけ。長引かせるつもりはねえぞ」


承太郎の声に従い、セッティングされた席へと座る。音もなく奥に控えていたらしいトニオが現れ、それぞれのグラスにワインを注いだ。この中で唯一未成年である賢吾のグラスにはオレンジジュースが注がれる。静かな乾杯の後に、食事が始まった。


「……ていうか、あの。どういう集まりなんですかこれは」

「承太郎から聞いていないのか?……フン、忌々しいことにわたしの監視の一環というやつだな」


意外にも答えたのはDIOだった。椅子にふんぞり返ってワイングラスを揺らす姿はいっそ見惚れるほどに美しいもので、賢吾も初対面であったなら呆けたまま見詰めていただろう。だがこの男の正体を考えればそんな気は消え失せる。言葉を交わすことにすら緊張を伴うことに胃がきりきりと悲鳴をあげたが、ここで黙るわけにもいかなかった。


「半年に一度、こうして集まることにしているんだ。承太郎と、あの旅のメンバーで来られそうな人が顔を出す。日本ならぼくであることが多いし、海外ならポルナレフやアヴドゥルさんが担当する。

DIOに関して集めた情報を改めて報告・確認し、真偽を問うたりするのさ。しないよりマシ、という程度のものだがね」

「本当ならジジイが来るはずだったんだがな。急用が入ったとかで急遽代打が必要になった」

「仗助くんではなくきみを選んだのは、まあ、その、彼よりは耐性があるからだね」


――最近気づいたが、自分はひょっとして運が悪いのではないだろうか。ジョースター家の因果に巻き込まれたという点においては億泰や康一とて同じ筈なのに、今こうして呼び出されているのは自分だけだ。しかも、世界で最も苦手と言っても過言ではない人物がいる場にである。

ちらりと視線を上げると、細められた赤い瞳がこちらを見ていた。びくりと肩を跳ねさせれば、面白いものを見たと言わんばかりにDIOは喉を鳴らす。


「そんなに怖がることはないじゃあないか……『安心』させてほしいのか?」

「え、遠慮します……」

「ひどいな、これじゃあわたしが苛めているようではないか」

「あなたに良心なんてものは期待してません。あと話しかけないでください」

「おいおい聞いたか承太郎、あまりにも躾がなってないじゃあないか?」

「おれに話を振ってどうする。賢吾の物言いはいつもそんなもんだぜ」


淀みない動作でナイフとフォークを動かしながら承太郎はDIOの発言を切って捨てる。それすら愉快だと言わんばかりに笑うDIOに賢吾は震え、花京院はそっと目を逸らした。


――すまない賢吾、ぼくはまだ死にたくない。


全身でそう訴える花京院を横目に見ながら、賢吾は頬を引き攣らせた。DIOは相変わらずにやにやとこちらを見詰めている。ぎこちなく手を動かせば、ガチャリと食器が耳障りな音をたてた。


「最近の高校生はマナーもなっていないと見える……わたしの前に連れてくるのであれば躾はしておけ」

「さ、さっきから人のことを犬みたいに……」

「わたしは犬は嫌いだ。そもそも貴様は誰かに尻尾を振るような性格じゃあないだろう」

「尊敬に値する人であれば素直に従いますよ」

「ンン?ではわたしのことを尊敬していないとでも?」

「尊敬できるところってありましたっけ」

「貴様にわたしが理解できる筈もなかろうな」

「むしろこっちからお断りです」


こうなればヤケだとばかりに口を動かす。DIOという男にとってこれは言葉遊び以下でしかない。地雷を踏まない限りは怒ることすらしないだろう。この男にとって賢吾という存在などまさしく虫けらのようなものだ。多少刺されたところで構いはしないだろう。だから、いっそのこと思い切り騒いでやろうと思ったのだ。

だが、本人は勘違いしていた。辰沼賢吾という人間は運が悪いわけではない。――幸が、薄いのだ。


「ほう?そこまで言われると……このDIOも黙ってはおれんなァ?」


にたり、と笑みを深くしたDIOに背筋が凍る。どこだ、どこで地雷を踏んだというのか。小さく聞こえた「やれやれだぜ」の声に頭を抱えたくなったが、今まさに蛇に睨まれた蛙、もとい吸血鬼に睨まれたトカゲ状態の賢吾は微動だにすることができない。

フォークを置いたDIOが、音もなく立ち上がる。次の瞬間賢吾の視界から彼は消え、驚いている間に背後から冷たい指が頬に触れた。


「――ひ、」

「――わたしが直々に躾けてやろうか?」


いっそ妖艶とも表現できそうな動きで、指が顎のラインをなぞる。鼓動が煩い。視界が真っ赤に染まっていく。恐怖だ、これは恐怖だ。耳に触れる微かな吐息でさえ色を孕み、意識を侵食していく。
体中から力が抜け、指からフォークが滑り落ちる。それを受け止めたのは、薄く透き通る青い腕だった。


「おふざけが過ぎるぜ、DIO」

「幼気なガクセーに悪戯とは、帝王の名が泣くね」


とんとん、と背中を叩くのは花京院だろう。『スタープラチナ』はそっとフォークをテーブルに置くと、音もなく姿を消す。詰めていた息を吐き出して今更ながらに震えていると、つまらないと言わんばかりに背後の男は溜め息を吐いた。


「この程度の戯れに水を差すとは無粋な奴らめ」

「てめーのは遊びじゃあすまねえからな」

「あーあ、可哀想に真っ青だ。これだからDIOは」

「待て花京院、貴様がそいつを招いたのではなかったか」

「ぼくはいいんですよ、人望があるから」

「えっ」

「えっ」

「えっ……?」


外野が煩い。そもそも説明を怠った承太郎。身代わりに仕立て上げた花京院。存在自体が害なDIO。――全員同罪と見なしても、僕は悪くない。


「……あんたら全員、本ッ当にろくでもないな……!!」



絞り出した声は掠れきって、震えていた。それを厨房の陰から見守っていたトニオは、そっと踵を返す。


憐れな犠牲者たる少年に、労わりの気持ちを込めたデザートを用意するために。




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空乃 翼様 『とかげ主で、DIO様と絡む話』というリクエストで書かせて頂きました!


どんな話にするか迷い、書いては消し書いては消しを繰り返し……気付けばだいぶ長くなってしまいました。

DIO様との絡みは全力でシリアスになるか全力でほのぼの(?)するかの二択しか今のところなく、緩衝材として承太郎と花京院に出張ってもらいました。
一対一で対峙したら主人公の胃がマッハでやばい。

しかしDIO様の口調の難しいこと!カリスマとは……。

楽しんで頂けたら幸いです、リクエストありがとうございました!




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