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ドン・ジュアン


ぶどうヶ丘高校に転入することになった虹村億泰は、当初誰とも馴れ合う気はなかった。兄である形兆の指示に従って行動することが全てであり、そもそも自分のような不良の体現者と仲良くする者もいないだろうと考えていたからだ。おざなりに自己紹介を済ませ、指定された席に着く。すると、前の席に座っていた少年が振り返った。

眉にかからない程度に切られた前髪、細いフレームの眼鏡。学ランの襟をきっちり上まで留めてある姿は、まさしく『優等生』という風貌だった。
――億泰は、自分の外見が決して優れたものではないというのを自覚している。態度や言動も相俟って近づきがたい空気を醸し出しているということも。だからこそ面食らった。振り返ってこちらを見ている少年は、口元に笑みすら浮かべているからだ。


「委員長の辰沼賢吾です。よろしく、虹村くん」


作り笑いや怯えを含んだ笑みだったらすぐ分かる。唇の端が引き攣るからだ。しかし、辰沼賢吾と名乗った目の前の少年の表情にそういったものは一切ない。純粋に、心から億泰を歓迎しているのだと物語っている。
毒気を抜かれて、気の抜けた返事をすることしか出来なかった。――ああもう、調子が狂う。億泰は早々に机に突っ伏し、眠りの世界へと逃亡した。



******



辰沼賢吾という人間は、とにかく周りから構われる。勉強を教えてほしい、仕事を手伝って欲しい、ペンを貸して欲しいなど枚挙に暇がない。昼休みになって校内を案内された時も、沢山の生徒だけでなく教師からも声を掛けられていた。その全てに裏表のない笑顔を返し、むしろ率先して手を貸しに行っていることに気付いて億泰はげんなりした気持ちになった。なんだこいつ、聖人かなんかか、と。

そして彼に声を掛けていった奴らは皆、揃って億泰を見ると顔を顰めるのだ。人気者の後ろにくっついているのがあからさまな不良だというのが気に食わないのだろう、それはよく分かる。分かってはいるが、気分の良いものではない。

下降した気分に比例して顔つきがより凶悪になるのを自覚しつつ唇を尖らせていると、それまですらすらと校舎設備の解説をしていた賢吾が口を噤み、億泰をじっと見つめてきた。居心地が悪くなり、少したじろぐ。


「な、なんだよ」

「いや、少しペースが早かったかなって。転校してきたばかりで疲れてるだろうに、気付かなくてごめん」

「はァ〜?」


何を言っているんだこいつは、と思うと同時に腹が立ってきた。底抜けのお人好しとはこういうことかと納得もする。だがその心配は的外れにも程があるのだ。転校など大したことではないし授業中はずっと寝ていたから疲れてもいない。強いて言うなら、視線の温度差に胸焼けがしたのである。

ぐるぐると考えていると、頭が沸騰しそうになってくる。元々考えるより前に行動するタイプであることもよく自覚していた。――だから、また。考えるより先に、口が動いた。


「……うっとおしーんだよこのダボがッ!こんなんで疲れるワケねーだろーがッ!

ヘラヘラ笑ってるてめーの顔が気に食わねーんだよオレはよォ〜!」


気付いた時には遅かった。辺りは静まり返り、正面に立つ賢吾は目を丸くしている。完全なる八つ当たりだ、と冷や汗が額を流れていくのがわかった。しかし、一度口から出た言葉が消えることはない。素直に謝るにはあまりに恥ずかしく、ただ顔を背けることしか出来なかった。

そっぽを向きながらも耳に意識を集中していると、く、く、という微かな音が聞こえてきた。訝しんでそっと視線を戻すと、俯いて片手で顔を覆う賢吾の姿が目に入る。「ひょっとして泣かせたんじゃあないか」と慄いている億泰の心配をよそに、弾けるような笑い声があがった。


「……は?」

「あは、ははは、虹村、お前の怒った顔、うちの近所のパグにそっくり……!」

「ハァ〜!?」


張りつめていた空気が一気に緩むのを感じた。周囲で様子を窺っていたらしい野次馬たちも、くすくすと笑いながら去って行く。後ろ暗い笑いではなく、微笑ましいものを見たという暖かな気配。
あまり馴染みのないその空気に戸惑う億泰の視線の先で、賢吾は眼鏡を外して目に浮かんだ涙を拭う。「あーおかしかった」と大きく息を吐いて、改めて億泰に向き直った。


「うん、確かに元気そうだ。でもそろそろ昼休み終わっちゃうし、教室戻ろうか」

「え、あ、ああ」

「僕は振り返らないから、ちゃんとついてこいよ。迷子になっても探しに行かないぞ」

「ならねーよッ!」


腕を振り上げて殴るそぶりを見せると、からからと笑って先に進んでしまう。慌ててその背中を追いかけながら、億泰は頭を掻いた。――調子が狂うなァ、と。悪い気は、しなかったけれど。



放課後、教室のドアががらりと開く音がした。それと同時に、女子達の黄色い声が響く。直前まで惰眠を貪っていた億泰は、口から垂れた涎を拭きながら顔を上げた。

入口のところに、リーゼントが見える。あれが噂の東方仗助かァ、と寝惚けながら考えていると、仗助は群がって来ていた女子達に「辰沼いる?」と尋ねていた。きゃあきゃあと騒ぎながら、集団のうちの一人が「委員長ー、仗助くんよ!」と声を上げる。

がたりと音がしたのは自分の目の前だ。クラスメイトと談笑していたらしい賢吾が立ち上がり、仗助に駆け寄る。相変わらずにこにこと笑っていた。尋ねてきてくれて嬉しい、というのを全身で主張しているようにも見える。


「辰沼、教科書サンキューな」

「どういたしまして。ちゃんと起きてただろうな」

「……ま、まあ仗助くんにかかりゃあそんくらい余裕ってモンよ」

「……お前本当に嘘が下手だな」

「うるせーよッ!これやるからもー黙れってェ〜」


そう言って仗助は賢吾の手元にある教科書の上に飴をひとつ落とす。きょとんとした顔の賢吾の肩を拳でとんと叩いて、悪戯っぽく笑った。


「それよりおめーこの後ヒマか?遊びに行かねえ?」

「ええと、先生に用事を頼まれてるからその後でよければ」

「おっし決まりィ〜!んで用事ってなんだよ、手伝ってやっから早く行こうぜ」


遠慮する素振りを見せた賢吾を説得して、仗助と賢吾は連れ立って出て行ってしまった。見送った億泰は、再び机に突っ伏す。
ああいう関係に、憧れがないわけではない。ただ友人だのなんだのよりも、自分の中で優先度が高いのは家族なのだ。それだけの話だ。



――そんな風に羨んだ彼らの輪に混ざることになり、後に親友と呼べるまでに親しくなることなど、この時は誰も予想していなかった。



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『もし、主人公の性格が菩薩並みに良くて天然だったら』というリクエストで書かせていただきました、ありがとうございました!


びっくりするほど別人で、びっくりするほどスムーズに会話が進んでもう本当にびっくりです。大事なので三回言いました。

こちらの場合だと億泰よりも仗助と仲良くなりそうですね。違うクラスにも友達いっぱいいそうだし……つまり本編と真逆! ということは本編では友達が あっ(察し)

とても新鮮な気持ちで書かせて頂きました、ありがとうございましたー! 



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