■ 7


家に着いた時、既に日は暮れかけていた。ぽつぽつと街灯がつきはじめ、薄ぼんやりとした光を発している。
賢吾は鞄から鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んで回す。がちゃりという音と共に鍵は解かれ、そのまま中へ。
靴を脱ぎ、揃えて端に並べておく。利き手である右手が使えないため不自由に感じたが、ここで時間を取られるわけにはいかない。出来る限り急いで済ませると、そのままキッチンへ向かった。

シンクに右手を突っ込むようにして、勢いよく蛇口を捻る。それまで第二の心臓になったかのようにどくどくと脈打っていた(ように感じていた)そこが、少しずつ落ち着いていく。ほっと溜め息を吐き、暫くそのままでいた。

ある程度まで痛みが落ち着いたところで、そっとタオルで右手を包み込み、鞄を抱えて二階の部屋に移動。常備している救急箱から薬やガーゼ、包帯を取り出してもたもたと処置していく。なにせ利き手に処置をするのだから、とにかくやりにくい。口や足まで使ってなんとか包帯を巻き終えて、ようやく一息ついた。


「何だったんだ……あれは……」


ベッドに腰掛けて、項垂れる。左手で目を覆うと、今日の出来事が脳裏に蘇った。
――『スタンド』。自分のトカゲと同種の、謎の存在。これが全ての元凶で、切欠なのは間違いない。何せあの場にいた、自分を含めた全員が『スタンド使い』だ。これまで自分以外にトカゲを見ることの出来る人間はいなかったというのに、恐らくあの場の人間は皆見えると言うだろう。『スタンド』は、『スタンド使い』にしか見えないのだ。

ちらりと掌の隙間からベッドに視線を落とせば、ポケットから這い出てきたトカゲがじっと佇んでいる。――そういえば、彼らは『スタンド』に名前をつけているようだった。何度か、それらしいものを叫んでいた記憶がある。
トカゲを見るようになってからずっと「トカゲ」とだけ呼んできたし、そもそも話題に上ることもなかった。だから今まで名前なんてものは不要だと思っていたが、認識を改める必要があるかもしれない。


「……お前、名前が欲しいか?」


返事がくる訳がないと思いつつ、トカゲに呼びかけてみる。ぴくりと顔を動かし、螺子の瞳で見上げてくるトカゲは、ぱたぱたと尻尾を振ってみせた。それが何となく喜んでいる犬のように見えて、小さく笑う。気付くと、残った三匹全員が尻尾を揺らしながら賢吾を見上げていた。

期待されているらしい、と僅かなプレッシャーを感じつつ考えを巡らせる。なにぶん何かに名前をつけるというのは初めてだ。ネーミングセンスというものが自分にあるとは思えないし、かといって適当な名前を付ける訳にもいかない。何せもう十年来の付き合いだ。恐らく今後も共に在るであろうこの小さなトカゲ達には、それなりのものを与えてやりたかった。


「――じゃあ、『リザード・テイル』。お前達の特徴はその尻尾だし、僕も気に入ってるから」


あまりに安直かとも思ったが、他に良い案があるわけでもない。「名は体を表す」と言うし、今思いつく限りではこれが精いっぱいだ。
その考えが通じたかは知らないが、トカゲ達は――『リザード・テイル』は、機嫌良さそうにぶんぶんと尻尾の振れ幅を大きくした。トカゲの癖に犬みたいな奴だな、と思ったが、喜んでいるならいいかと安堵の溜め息を吐いた。







[ prev / next ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -