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一端トカゲの視界から意識を現実へと戻す。注意深く辺りを見回して、異変がないことを確認して少し走った。無事に程よい物陰に辿り着くことが出来たため再び視界を共有する。かなり念入りに周囲を警戒しながらの移動だったため、事態は大きく動いていたようだった。


その手に『弓と矢』のようなものを持った億泰の兄が、自らの父親について語っている。このような凶行に出たのは、全て父親を殺すためだと。人間ではなくなり、簡単に死ぬことも出来なくなった父親を死なせてやるために、その可能性を持つ『スタンド使い』を生み出すために『矢』を使ったのだと。



「スタンド……というのか、これは……」


いつの間にか肩に乗っていたトカゲをちらりと見つつ、『スタンド』という言葉を反芻する。不思議な能力を持った、特定の人間にしか見えない存在。それの総称が『スタンド』なのだろう。顎に手を当てて、少し考える。あの男は、『矢』を使うことでスタンド使いを増やしたと言った。だが自分は物心ついた時から、彼らの言うところの『スタンド使い』である。
推測するに、『スタンド使い』には賢吾のような生来の者と、『矢』によって能力が発現した後天的な者がいる。そして、今この杜王町には、男によって後者が増えてきている――。


「うぐッ!」


あまりの事態に頭を抱えたくなったその時、賢吾の右手に激痛が走った。同時に、耳元でばちん!と何かが弾ける音。右手を庇いながら音の発生源を辿ると、尻尾の切れたトカゲが黒焦げになって、地面に仰向けに転がっていた。


「いったい何が……!?」


トカゲが死んだ、つまり自分に何らかの危害が加えられたということ。慌てて周囲を見回すが、それらしい人影はない。冷や汗をだらだらとかきながら警戒レベルを最大にまで引き上げる。無意識のうちに、新たなトカゲが二匹、肩の上に乗っていた。

これで今出せるトカゲは全て出し切ってしまった。偵察のトカゲを撤退させようとするが、一匹の反応がない。
どういうことだ、と混乱する。息が荒くなり、視界が揺れる。どんどんと胸を内側から叩かれているようで、吐き気が込み上がってくる。
未だ激痛に苛まれる右手を見れば、真っ赤に腫れあがっていた。まるで熱湯の中に突っ込んだかのような状態に、ヒ、と喉が鳴る。


――落ち着かなければ。


犬のように口を開けて、必死で酸素を取り込んだ。視界が鮮明になるにつれて、徐々に冷静さを取り戻す。これだけ無様に動揺しているにも関わらず追撃がないということは、恐らく自分が狙われているわけではない。命の危機では、ない。その結論は賢吾に何よりも安心感を与えた。
パニックから回復し、右手を庇いながら再びトカゲと視界を共有する。消えたのは――億泰の兄にくっついていた方だ。もう一匹を動かして周囲の様子を探れば、仗助達が慌ただしく外へ駆け出していく。追うと、彼らは揃って上を向いていた。それに倣うと――


電線に引っかかった、男の身体が見えた。


どう見ても、生きているとは思えない。トカゲの目を通して見た光景とはいえ、平穏に生きてきた賢吾にとってそれは衝撃的すぎた。

胃を捩じられるような感覚。堪えきれずに嘔吐した。痙攣する身体を抑えようとするが上手くいかない。――隠れていて、本当によかった。


ぐっと強く目を閉じて、塀にもたれるようにずるずると座り込む。制服が汚れるとか、早く帰らなければ、とか。考えなくてはならないことは沢山あった。


しかし今の賢吾に出来るのは、頭を抱えるようにして、小さくうずくまることだけだった。



***



兄の死を嘆く億泰と、康一を助けることが出来て一安心だがやりきれない気持ちでいっぱいの仗助。二人は茫然と、音石明のスタンド『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の残した言葉と痕跡を反芻していた。
奴が『弓と矢』を使ってすることなど、どうせろくでもないことに決まっている。現に今、奴は人を――億泰の兄、虹村形兆を殺したのだ。自らのスタンドを使って、こんなにもむごたらしい方法で。

スタンドによって、大切な人間を奪われるというのは仗助にとってもつい数日前に起きた悲劇だった。形兆はやり方こそ間違っていたが、彼の父に対する気持ちは本物だったように感じた。もしかすると、更生の余地もあったかもしれない。
しかし、その可能性は音石によって奪われてしまった。――死んだ人間は、どんなものでも治す仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』でも治せないのだ。

仗助は承太郎に連絡を取った。スタンド使いによる犯罪は、法では裁けない。形兆のことも、恐らくなんらかの事故として処理されるのだろう。
きつく拳を握り、やりきれなくなって俯く。すると、仗助の自慢であるリーゼントの先を掠めるようにして、何かがぽたりと地面に落ちてきた。目を凝らしてよく見てみる。真っ黒で、あちこちがボロボロと崩れているが、それは「尻尾のないトカゲのようなもの」だった。


「なんで空からトカゲの死体が……?」

視線を上げれば、無残な形兆の遺体がある。筈だった。


「――オイ、億泰ッ!あの電線切れ!早くッ!!」
「な、何だよッ!?」
「いいから早くしろ!!」


急に叫んだ仗助に、億泰は零れる涙もそのままに自らのスタンド、『ザ・ハンド』で兄の遺体がぶら下がっている電線を断ち切った。ガオン、という音と共に電線の一部が消滅し、形兆の身体は宙に投げ出される。すかさず仗助が『クレイジー・ダイヤモンド』で受け止め、そっと地面に横たえた。


「何だってんだよ、兄貴に何するつもりなんだよォ〜!?」


号泣する億泰を手で制し、仗助は形兆をじっと見詰める。――ありえないことが、起きていた。


「オイ億泰……おめーの兄貴は死んじゃあいねーぜ」
「えッ!?」


億泰は目を見開く。その拍子に溜まっていた涙がこぼれ、彼の視界がクリアになった。

――そこに映るのは、全身を負傷してはいるものの、確かに呼吸で胸を上下させる兄の姿だった。







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