■ 39



騒がしい音で目が覚めた。ひどく重い瞼を開け、痛む眼球を動かす。視界に入ってきたのは立ち尽くす二人の大きな背中と、破片が周囲に飛び散ったテレビの残骸だった。


何やら茫然としているらしい二人――ジョセフ・ジョースターとモハメド・アヴドゥルは、そのまま何やら話し合い始めた。身じろぎすることなく耳を澄ませていると、なにやら「裏切る」「花京院」「DIO」といった単語が聞こえてくる。

物騒だと思いつつも、自分もその物騒な事案の片棒を担いでしまったのだから救いようがない。このままもう一度眠ってしまいたい欲求をなんとか押しのけて身体を起こすと、それに気付いたらしい二人が揃って振り返った。その視線の強さに、やはり身体はびくついた。


「……ああ、起きたのか。具合はどうだ?」

「無理はしたらいかんぞ、何せ肉の芽は脳に寄生しとったんじゃからな」

「え、あ……少し、だるいです、けど」

「我々が出発するまでまだ時間がある。それまでは休んでいるといい」


――出発。そうだ、彼らはDIOを倒すために先に進まなければならないのだ。いつまでも自分に構っている暇などあるわけもなく、このままいけば一人でここに取り残されるか、あるいはどこかに引き渡されるだろう。

今更ながらにして、賢吾は自分がどういう状況に置かれているかを把握し始めた。クウジョウジョウタロウに、ジョセフ・ジョースター。後者はまだしも、前者のような名前の持ち主がこの世に二人いるとはなかなか考えにくい。

まして、自分の知っている『空条承太郎』と、こちらで顔を合わせたクウジョウジョウタロウは瓜二つなのだ。こちらで出会った彼の方が若く見えるということは――つまり、そういうことなのだろう。

どういう理由でこうなってしまったのかはわからないが、とにかく今自分が一人になるのはまずい。何せ身分を証明することなど出来ないし、日本に帰ることが出来たとしてもそこに自分を知る者は誰もいないのだ。

……いや、確かにこの時代の自分はいるかもしれない。まだ何も知らず、呑気に学校に通い、帰宅するのを楽しみにしている自分が。それを考えると頭が痛み、胸がむかむかとする。言いようのない感情が渦巻いて重くなる胸の内を持て余しながら、それならば余計に日本に帰るわけにはいかないと感じていた。


「おい、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」


不意に近くで聞こえた声に弾かれるようにして顔をあげると、ジョセフが眉を下げるようにしてこちらを覗き込んでいた。


「お前さん細っこいからのォ〜、どうにも目が離せん。ほっといたらあっさり骨でも折っちまいそうだわい」

「……そんなに柔くありません」

「おうおう、思ったより元気そうじゃのう!心配せんでもわしが日本に帰る伝手ぐらい紹介してやるから、安心して休むんじゃな!」

「DIOの追手が君まで向けられることもないだろう。我々の方に引きつけられる筈だ。

……母君が亡くなられたとはいえ、父君が心配するだろう。はやく家に帰るといい」


――確実に、アヴドゥルの言葉は賢吾の身を案じてのものだった。それはわかる。わかっていても尚、冷静になれるだけの余裕が賢吾になかった。ただ、それだけの話だ。


「……いない」

「……なに?」

「いないって言ってるんだよッ! 心配?そんなのするわけないだろ、十年以上顔も見てないのにッ!」



ああ、言ってしまった。真っ赤になる視界と、怒りで痺れる身体とは対照的に頭の中はどんどん冷えていく。激昂する自分を一歩離れたところから見ながら嘲笑を浮かべている、どこまでも卑屈で矮小な自分だ。それを認識してしまったことすら煩わしくて、勝手に涙が零れた。



******





「そういやさァ、賢吾のお見舞いってオレら以外来ねーのかなあ」


頭の後ろで手を組みながら、億泰が思い出したように呟く。その言葉に一瞬だけ口を閉じて、仗助と康一は首を傾げた。


「オレら放課後しか顔出してねーし、朝とか夜とかに誰か来てんじゃあねーの?」

「花瓶の花も変わってるし、誰かしら来てるはずだよ」

「いや、花替えてンのは専ら兄貴なんだよなァ〜。たまに承太郎さんもなんかしてるみてーだけど」

「マジかよ」


中々に衝撃的な事実を聞いたような気がするが、大切なのはそこではない。仗助は意識を切り替えた。

辰沼賢吾が入院して数日。出来る限り顔を出すようにしているが、それが出来ないこともある。入院に際しての諸々の手続きや小難しい事情説明などで高校生の彼らが活躍できる筈もなく、その辺りは承太郎に丸投げだった。

見舞客の管理も恐らくSPW財団がやっているだろう。賢吾を害した犯人が再びやってくるかもしれない以上、見舞客の把握はしている筈だ。承太郎を通じて教えてもらうことも可能だろうが、そこまでして知りたいほどのことでもない。


「……あいつの母ちゃん、どうなったんだろうな」


沈黙が落ちる。あれほど息子に干渉してきた母親が、息子が入院したというのに一切出てこない。もしや彼女こそが犯人なのではないかという考えが浮かばなかったといえば嘘になる。ただ、信じたくなかっただけだ。


「賢吾くんなら知ってるんだろうけど……事件のこと、覚えてないみたいだし」

「あれだろ、すげーショックなことがあった時、その記憶ごとなかったことにしちまうってやつ」

「多分ね。犯人を捕まえてやりたいけど、無理に思い出せなんて言えないよ……」


溜め息を吐きながら話していると、話題の中心だった賢吾が入院している病室に到着した。自然と声を潜め、先頭に立っていた億泰が扉をノックしようと拳を掲げた時。



「――煩いッ!出て行け、あんたの顔なんか見たくない!」


聞き慣れた声の初めて聞く大声と、何かが割れる音。がたん、と揺れた扉を見た瞬間飛び出した億泰に二人が続く。


「賢吾ッ」

「おい辰沼!」

「賢吾くん!」


力ずくで開いた扉の先には、上半身を起こしたまま頭を抱えてベッドに蹲る賢吾の姿。


――そして、扉の脇には。賢吾によく似た、スーツを着た男性が立ち尽くしていた。



「は……?」


困惑に満ちた声は誰のものだっただろうか。少なくとも、状況を理解できていないという点では三人とも同じだった。

スーツの男性はちらりと横目で仗助達を見遣ると顔を顰め、そのまま蹲ったままの賢吾に向き直る。


「聞き分けのないことをするな。いつからそんな子になったんだ?」

「……いつから?は?何言ってるんだよあんた」

「おい、父親に向かってその口の利き方は――」

「父親面するなッ!」


点滴に繋がれた腕を振り回し、賢吾は枕を投げつける。大して勢いのないそれは男性の――賢吾の父親にあっさりと叩き落とされ、軽い音と共に床に落ちた。


「あんたがッ、あんたさえいてくれたらッ、母さんは……!」

「そうだ。彼女は何処へ行った?話があるんだが」

「――う、」


取り乱す息子とは対照的に、父親はどこまでも冷静だった。その時のことを思い出そうとしたのか顔を真っ青にして再び蹲る賢吾を見て、眉間に皺を寄せる。そうして溜め息を吐く仕草は、顔立ちも相俟って二人の血縁を強く感じさせた。


「『息子が事件に巻き込まれた』『妻は行方不明』『息子は事件の記憶を失っている』――というのが、ぼくが此処に来るまでに受けた説明だ。

お前に関しての説明は事実だったようだが、彼女に関してはわからないな。お前は何か知っているんじゃあないのか」


彼が言葉を重ねる度、賢吾の拳に力が籠められて白くなっていくのが見えた。親子同士の会話とはいえ、さすがに見過ごせないと仗助が声を上げようとした瞬間。


「父親だからってよォ〜……好き勝手言い過ぎなんじゃあねーのか?エェ?」


唇をひん曲げ、鼻に皺を寄せた億泰が――有体に言えば、ガンを飛ばしていた。



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