■ 2

辰沼賢吾の周りには、トカゲがよく出る。

物心ついてからずっとそうだと思っていた彼だったが、その蜥蜴は自分以外には見えていないことにすぐ気付いた。
何せ、そういったものにとても敏感な彼の母親が、食事のテーブルに大人しく鎮座するトカゲにまったく反応を示さなかったからだ。

当時まだ小学生になるか、ならないか位の年齢の賢吾は、自分にだけ見えるトカゲのことを誰にも話さなかった。話すとしたら、真っ先に母に告げただろう。「そこにしっぽの青いトカゲがいるよ」と。
しかし彼はそれをしなかった。賢明だったと今ならば言える。あくまでも、今ならば。
当時の彼は、単に浮かれていたのだ。「自分にしか見えない存在」だなんて、まるでアニメの中の登場人物だ。彼の知る数少ない娯楽との共通点は、退屈な日々の素敵なスパイスになった。

それからの賢吾は、何年もかけてトカゲを研究した。生き物図鑑をねだって買ってもらい、学校に通い始めてからは図書館に入り浸って知識を求めた。

結果、分かったこと。

先ず、このトカゲは普通の生物ではない。自分にしか見えていない以前に、外見からして異なる。
頭部は機械仕掛けのようだった。両目が存在する筈の場所には螺子があり、また口の中もただギザギザと尖った鉄がずらりと並び、怪獣の玩具にそっくりだった。
爪の先も、野生のものに比べれば随分鋭い。もしこのトカゲが掌に乗ってしまうサイズではなかったら、引っかかれて怪我をしたかもしれない。

そして何より、鮮やかな青い尻尾を持っていた。

日本に数多く存在するニホントカゲは、幼体の時は尻尾が青いのが特徴だと言う。あえて鮮やかな目立つ色にすることで、天敵に襲われた時はその尻尾を自ら切り離して囮にし、その隙に逃げるのだ。生き残るための進化といえるだろう。ニホントカゲが尻尾に青いラインが入っているのに対し、賢吾のトカゲは尻尾全体が真っ青だった。まるで熱帯雨林に生息するという毒を持ったカエルみたいだ、というのが彼の感想である。

外見の特徴としてはそんなものだろう。しかしなんと、このトカゲにはある「特殊能力」があったのである。


ある日、ポケットにトカゲを潜ませていた賢吾は自宅までの帰路の途中で交通事故に遭った。信号無視をした車が突っ込んできたのだ。
誰が見ても、はね飛ばされた小学生は無事では済まなかった。しかし、慌てて駆け寄った野次馬の一人が抱え起こしてみれば、その子供――賢吾には傷一つなかったのである。眼鏡は壊れてしまったが、彼の身体にはすり傷ひとつなかった。奇跡か不気味な現象かとざわつく群衆の間を抜けて何とか帰宅し、彼にしては珍しく、靴を脱ぐなり自室でベッドに飛び込んだ。疲れていたからだ。

その拍子に、隙間から何かが転がり落ちた。罅の入った眼鏡を押さえながら顔を近づけてみると――それは、尻尾の切れた、あのトカゲだった。

いつもならば大人しいながらも動き回っているトカゲは、尻尾のなくなった身体を仰向けにしたままピクリとも動かない。死んでしまったのだ、と賢吾は思った。事故の時にはね飛ばされて、地面に身体を打ったから。その衝撃で死んでしまったのだと。

常に傍にいたトカゲの死に、賢吾は落ち込んだ。翌日、学校の花壇にでも埋めてやろうと思い、トカゲに触れた瞬間――トカゲは消えてしまった。
驚く間もなく、賢吾の全身に激痛が走った。呻き声を漏らしながらも、彼は理解した。

「このトカゲは自分の身代わりになった。今、その痛みがいくらか返ってきたのだ」と。

苦しむ賢吾の視界の端では、尻尾の青いトカゲが一匹、のんびりと歩いていた。



***


高校生になった今でも、賢吾は制服の胸ポケットにトカゲを潜ませて日々を過ごしている。習慣になっているのもあるし、万が一何か起きた時の保険でもある。
いつものように与えられた雑用をこなして帰宅する途中、何やら騒がしい一角が目に入った。確か、最近まで住人がおらず随分と朽ちていた屋敷の辺りだ。賢吾はぐっと眉間の皺を深くして、出来る限り距離を置こうと屋敷から離れる。同時に、トカゲを一匹屋敷に向かわせた。トカゲは自分の思い通りに動かすことが出来、視界の共有も可能だということは研究によって明らかになっていたのだ。


「あれは……東方と、虹村……?」

何やら揉めている様子である。どうせ不良同士のくだらない喧嘩だろう、と溜め息を吐く。賢吾にとって最も関わりたくない部類の出来事だ。
トカゲを戻して、さっさと帰ろうとした――その時。トカゲと共有している視界に、「わけのわからないもの」が映った。


「何だ……!?」


東方仗助と、虹村億泰。彼らの後ろに、人型の『何か』が控えている。二人はどうやらそれらを使って争っているらしい。互いの気合いの篭った叫びや声と共に『何か』は動き、拳のラッシュを繰りだしたりと目まぐるしく動いている。


あれは、一体、何なのか。「早く帰宅しなければ」という意識が頭の隅で主張を繰り返していたものの、好奇心には逆らえなかった。


賢吾はこっそりと、二人の争っている屋敷の裏手に回るように移動を開始した。






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