■ 36



空条ホリィが倒れた。

その事実はその場にいた全員を打ちのめすのに有り余るものだった。無関係だと、そうあって欲しいと願った母が命の危機に晒されている。彼女が生まれた頃より溺愛してきたジョセフなどは、身体が震えて言葉もおぼつかないほどであった。
全ての元凶はDIOだ。ジョースター家との深い因縁により、かの吸血鬼の悪影響がホリィにまで及んでしまっている。解決策はただ一つ――DIOを殺すことだ。

そう決まってからの彼らの行動は速かった。飛行機を手配し、エジプトへ向かう。あのトカゲを差し向けてきた刺客の存在が気になったが、その後国内での接触はなかった。飛行機に乗るまでの間、念入りにボディチェックをしたから誰の身体にもトカゲがくっついていないのは分かっている。「恐らく機を窺っているだろうから、まだ警戒はしておいた方がいい」という花京院の言葉通り、警戒だけは解かないでおくことにしている。


しかし警戒していたトカゲの刺客のかわりに、『タワーオブグレー』という『スタンド』を持った刺客が現れた。複数の乗客を巻き込み犠牲にしたその老人は花京院の活躍によって撃退できたが、パイロットを失った飛行機はそのまま海面に不時着し、一行は香港への上陸を余儀なくされた。

そこでも刺客は現れた。ジャン・ピエール・ポルナレフと名乗る男で、彼の『シルバーチャリオッツ』はシンプルが故に強力な『スタンド』だった。アヴドゥルの機転により敗れ去った後は騎士道に殉じようとしたが、その姿勢に感じ入ったアヴドゥルは彼を助けることを選ぶ。埋められていた肉の芽を取り除いてやると、妹の仇を探しているという彼はそのまま承太郎たちに同行することとなった。

空路が使えないかわりに海路を行こうとすればそこでも刺客は現れ、なんとか一行は無事にシンガポールに到着した。香港以来の大都市であり、設備の整ったホテルで一旦休息を取ろうと歩き出した時――先頭を歩いていたジョセフに、走ってきた誰かがぶつかった。


「おっと!危ないのう、気をつけろよ」

「あ、その……すみません。急いでいて」


フードを目深に被っていたが、声からして男だろう。背の高さやちらりと見えた口元からして子供だろうし、ジョセフは深く追及することなく視線を前へ戻した。ぶつかった男は、俯きがちに小走りで一行の脇を通り過ぎていく。

ホテルに入り、ポルナレフが一人で部屋に入って行った。その後彼は「呪いのデーボ」と名乗る刺客に襲われるも何とか撃退するのだが、その刺客について警戒するようにと承太郎達に伝えようとしていたアヴドゥルは、ジョセフの部屋に承太郎と花京院を連れて集まっていた。


「ジョースターさん、デーボについて知っていることを話しましょう。奴は危険だ」

「うむ、だがポルナレフはどうした?連絡がつかんのか」

「内線を使いましょうか、部屋まで行った方が近いかな……」


そう言って立ち上がった花京院を横目に、ジョセフは部屋に備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出そうと身を屈めた。何とはなしにそれを眺めていた承太郎は、祖父の襟首の辺りに違和感を覚え――勢いよく『スタープラチナ』の手を伸ばした。


「じじいッ!」

「うおッ!なんじゃ承太郎、おじいちゃんに何か恨みでもあるのかッ!」

「ボケるにはまだ早いぜ……これを見な!」


掲げられた『スタープラチナ』の手には、既に忘れかけていた青いトカゲが握られていた。目を見開くジョセフとアヴドゥルの視線の先で、トカゲは拘束から逃れようと暴れている。するりと滑らかな何かが這い寄ってきたと思えば、それは花京院の『ハイエロファントグリーン』の触脚だった。


「そいつはぼくが拘束しよう。承太郎は周囲に警戒してくれ――本体がいるかもしれない」

「ああ」


部屋はさほど広くない。自然と窓の外に視線をやるが、街は人で溢れている。その中からたった一人の刺客を見つけるのはなかなかに骨だ。そうしているうちに、花京院はトカゲに顔を近付け、じろじろと観察している。ジョセフもアブドゥルも警戒を強め、ドアや背後を気にしているようだった。


「聞こえているんだろう?なぜDIOに従う?ぼくが言えた義理ではないが、誇りを失って奴に下るのは恥ずべきことだ。おまえに誇りはないのか?」


肉の芽を植え付けられた者はDIOの操り人形となる。それは避けられないことではあるが、ポルナレフのように騎士道を持ち続けられる者もいることが判明した以上、花京院は自分の意思が弱かったせいで言い成りになっていたのではないかと思い始めていた。

睨みつけながら問うと、トカゲの動きが止まる。そしてまるで笑っているかのように、びくびくと身体を震わせた。


『――ウ、ウ。裏切るんですね、花京院先輩』

「裏切る?ぼくは最初から奴に忠誠など誓ってはいないぞッ!」

『……ふ、ふふ。嘘吐くんですね、嘘ッ!あんただって膝をついた、頭を垂れたッ!あの御方に屈したんだ、あははッ!』


ギチギチと玩具のような歯を軋ませてトカゲが笑う。ざらついて聞こえる声がトカゲの本体であることは間違いない。『ハイエロファントグリーン』の力が増し、今やトカゲは引きちぎられそうな程に締め付けられている。本体へのフィードバックがあるだろうと承太郎は目と耳を最大限使おうとするが、それらしいものが見当たらない。


『無駄ですよォ……そいつ一匹がやられたところで僕は死なないんですから。
そう簡単に死なないし、殺せない。あはは、でも簡単に死んじゃうんですよねェ〜!』


箍が外れたように笑うトカゲは、そう言うや否や一際大きく痙攣した。同時に、花京院が呻き声を上げて蹲る。ジョセフが駆け寄ると、彼の掌はぱっくりと裂けて血が流れ落ちていた。


「どういうことじゃッ!攻撃を受けた様子はなかったぞ!」

「いえ……ジョースターさん、そのトカゲの前足を見て下さい。そいつの前足が裂けた瞬間、ぼくの手も裂けたんです」

「つまり――そいつの能力は、『接触した相手にダメージを肩代わりさせる』ということかッ!」

「ならば手を怪我しているヤツを探せばッ!」


承太郎が目を凝らし、アヴドゥルが部屋を出ようとする。花京院に波紋を流していたジョセフも、一体のトカゲを拘束したままの花京院も、これで活路が開けると思った。


『馬鹿、馬ァ鹿!そのまま死ねよッ、DIO様のために死ねッ!』


喉も裂けよと言わんばかりにトカゲが声を張り上げる。そして次の瞬間――部屋にいた全員の腹から血が噴き出した。


「……馬鹿な、いつの間に――全員に『スタンド』をつけたというのだ……!」


倒れ伏し、傷口を押さえながらジョセフが呻く。彼は波紋の呼吸を直前まで行っていたため、他の三人よりも出血が少なかった。必死で身体を動かし、承太郎と花京院、アヴドゥルにも波紋を流す。このままでは全滅してしまう、と背筋が震えたところで――部屋のドアが開いた。


******



「――はッ、ははは、やった、出来た……」


灯台下暗しとはこのことだろうか。賢吾は承太郎達一行と同じホテルに潜んでいた。出来る限り『リザード・テイル』との同調を深め、精度の高い動きが出来るように。

その甲斐はあった。ホテルの前でジョセフとぶつかり、彼の荷物の中にトカゲを潜ませた。念には念を入れて、全部で四匹。出来れば一気に片をつけてやりたかったが、五匹以上のトカゲを失うと流石に反動がきて動けなくなるのだ。四匹までなら何とか動けるため、自分が復活するための最後の一匹を除いて賢吾にとっての最大戦力を投入した形になる。

呪いのデーボとの共同戦線。名前の知れている彼を警戒している隙をついて、半数以上を賢吾が始末する。うまくいけば全滅を狙えるだろうと目論んでいたが――成程、うまくいった。


首を切るのが手っ取り早いが、あれは血が吹き出しすぎる。前回、日本で使用した廃屋は血塗れになってしまった。今回は事が終わったら逃走する必要があるため目立つわけにはいかない。そういう理由から腹にナイフを突き刺した。これなら、確実に殺せる。――だって、自分は『ここ』を刺されて死んだから。


「……う。うぅぅう、DIO様……」


頭の中を恐怖が駆け巡る。割れたカップ、揺れる視界、白い腕、四角い爪、光る切っ先。痛くて、怖くて、逃げ出したくて仕方ないのに体は動いてくれなかった。声も出せない、助けを呼べない。このままひとりで死んでいくのだという事実が、どうしようもなく怖かった。

蹲って頭を抱えれば、脳を突かれるような痛みと共に恐怖は薄れていく。代わりに浮かぶのはあのねとついた空気と、甘ったるい声だ。麻痺していく感覚が気持ち良くて、口元に笑みが浮かぶ。
送りこんだトカゲが全滅したお陰で一行の様子はわからなくなってしまったが、あの出血なら全滅だろう。ならば早く逃げなければ。

腹には未だにナイフが刺さっている。どこかの路地裏にでも入って喉を掻き切り、復活すれば証拠となるこの怪我も消える。早く移動しようと立ち上がり、『篭っていた部屋のドア』を開けた瞬間――


「見つけたぜェ〜……『シルバーチャリオッツ』ッ!」



銀の閃光が目を焼いた。

馬鹿な、デーボは失敗したのか。そう考える間もなく、賢吾の意識は途絶えた。


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