■ 33



「どういうことなんだ……?」


――あの後、一気に重くなった空気を払拭するように雑談を繰り広げ、三人は病室を出た。言葉を失った仗助達と口を噤んだままの承太郎を見て、賢吾が不安そうな顔をしたからだ。まるで状況を掴めていないように見える彼を追求する気には、どうしてもなれない。目を覚ます前から感じていたが、賢吾の存在感が『妙に希薄』なのだ。まるで魂が半分になってしまったかのように。

承太郎に話を聞こうとしても、ただ黙しているだけで反応は得られなかった。そうこうしている内に話題も尽き、逃げるように外へと出てきたわけである。


「事件のことがショックで、記憶が飛んじゃったってこと……?」

「そーいうのがあるってのは聞いたことあるけどよォ〜……現実にあるモンなのか?」

「現に賢吾くんがそんな感じじゃあないか!承太郎さんに聞こうにも、教えてくれる気はないみたいだし」

「けどよォ〜……何があったかってのを教えてもらわねーとオレらなんもできねーよなぁ……」


三人揃って溜め息を吐く。現状、出来ることは何もないと言われているのと同じなのだ。殊更、賢吾に関してはいつもそうだ。家庭の問題がメインだった、だから手を出せない。今は記憶を失っており、それを揺さぶることはできない。歯痒くてならなかった。


「こう、記憶見れたりする『スタンド』とかねーのかなァ〜」

「あったとしても、そんなに軽々しく人の記憶は見ちゃダメなんじゃあ……」

「……あーもーどーしたらいーんだよオレはよォーッ!わかんねーっつーんだよォー!!」

「ちょ、億泰くん声が大きいよッ!」


頭を抱える億泰を宥めながら病院を後にする。仗助の予想では、恐らく今日中に承太郎から何らかの話があるだろう。賢吾本人の前で話せないような内容で。
そして承太郎から伝えられたものを、億泰と康一に渡すのが仗助の役目だ。客観的に過ぎる彼の意見に主観を混ぜて、自分達にわかりやすいように整える。そうすれば自ずと解決策が見えてくる、筈だ。
だが予想を裏切って、その日承太郎からの連絡はなかった。もやもやした感情を抱えたまま数日を過ごし、「透明な赤ん坊との遭遇」というハプニングに仗助が遭遇した更に数日後。

――『ヘブンズ・ドアー』というスタンドを持った『岸部露伴』という男に、彼らは出会った。



******



基本的に、仗助達が出会った『スタンド使い』の情報は逐一承太郎へと報告される。SPW財団の研究に役立てられることもあれば、単に『スタンド使い』の所在を把握しておきたいという事情もあるのだろう。
もし敵として現れた場合どのような対処をするかもシミュレートしているのかもしれない。とにかく、交戦した事実や遭遇したという出来事は承太郎の耳に入るのだ。

この『岸部露伴』という男のことも例外ではなかった。「対象を本にし、その記憶を読むことが出来る」「また、その本に命令を書き込むことが出来る」という特殊かつ凶悪と言って良い能力を放置しておくことはできない。康一が記憶を奪われるという被害に遭い、仗助と億泰も加わって交戦したとなれば尚更だ。
結果として仗助が勝利し、岸部露伴は怪我のため病院に搬送された。この辺りで最も大きい病院といえば――もはやお馴染みとなりつつある、ぶどうヶ丘総合病院だ。

あちこち骨折していたため入院することになった露伴の病室を、承太郎は訪れた。聞き取り調査と言えば聞こえはいいが、要は尋問である。何故あのような行動に出たのか、能力の詳細はどうなのか。調査書に纏めるのも彼の仕事だった。

その仕事もひと段落つき、承太郎はベッドの上の住人と化している露伴に視線を向けた。彼は目を輝かせ、そわそわと落ち着きのない様子で承太郎を見詰めていた。とにかく好奇心が旺盛で、何でも漫画のネタにしようとするという話を仗助から聞いてはいたが、まさかこれ程までとは思わなかったと溜め息を吐く。

しかし、その能力が今まさに必要としていたという『偶然』には感謝した。「記憶を見ることが出来る」――これを、求めていたのだから。


「……岸部露伴。我々に協力してほしい」

「何です?『スタンド』関係のことであれば吝かじゃあない……ぼくは今機嫌がいいんだ」

「人の記憶を、読んでもらいたい」


承太郎がそう言うと、露伴は一瞬だけ目を見開いたのちにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべた。煽るような気配を感じたが、無表情のまま見つめ返す。


「へえ?あなたはそういうの、嫌いだとばかり思っていたんですがね」

「好ましくないのは確かだ。だがこのままでは埒が明かない……何も進展しない。それは困る」

「ふうん」


唇を尖らせると、露伴は窓の外に視線を遣った。すぐに飽きたのか、承太郎に視線を戻す。そうして首を傾げ、話の先を促した。


「――殺人事件の、被害者の記憶に興味はないか」

「……馬鹿な。死んだ人間の記憶が読めるものか」

「いいや読める。何故なら被害者は『生きている』からな」

「言っていることが矛盾してますよ」

「そういう『スタンド能力』だ、とだけ言っておこう。これ以上は『イエス』の返事がないと教えられないな」


暫しの沈黙の後、露伴は溜め息を吐いた。答えは勿論、『イエス』である。


今すぐにでも読みたい、と熱望した露伴の勢いを止めることが出来ず、承太郎は彼を連れて賢吾の病室へ向かった。露伴の入院している部屋からはさほど遠くない。ノックして静かにドアを開けると、ベッドの上で身体を起こした賢吾はぼんやりと窓の外を眺めていた。足音に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。やはり、存在感が希薄だった。

承太郎からの目配せを受けた露伴は、笑みを浮かべてベッドに近寄って行く。普段なら警戒心を露わにしたであろうに、賢吾はそれをただ見詰めるだけで何の反応も示さない。


「辰沼賢吾くんだね?ぼくは岸部露伴、漫画家だ。

『ピンクダークの少年』って読んだことあるかな……今あれを連載しているんだが、ちょっと怪我をしてしまってね。入院患者同士、仲良くしようじゃあないか」


そう言って、握手を装って手を差し出し――『ヘブンズ・ドアー』を発動した。解けるように賢吾の顔がページ状になり、ずるずると広がるようにやがて全身が本となった。

承太郎が傍に来たのを確認し、露伴はページを捲る。辰沼賢吾という人間の人生を読みながら、ふむふむと声を漏らす。


「辰沼賢吾、高校一年生……家族は……おや、父親の顔はここ十年ほど見ていない……まあ今時珍しくもないかな。

さて、最近の記憶だ……クソッタレ仗助とアホの億泰、康一くんと行動していた……屋上で仗助と言い争いをした……それで?」


延々と続く独り言を聞きながら、承太郎もページの文字を追う。ずらりと規則正しく並んだ字は、時折混ざるモノクロの図も相俟ってまるで教科書のようだった。承太郎の知りたい記憶は、この後だ。ページを捲る露伴の指先の動きを、じっくりと見詰める。


「――なに?」


承太郎は思わず声を上げることとなった。音石明との戦闘、そこまでは事細かく記されている。

だが、肝心の――賢吾が体験した筈の『殺人事件の記憶』。それが記されている筈のページは、まったくの白紙だったからである。



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