■ 31

暗くて寒い場所にいる。背後から夥しい数の手に服を肩を腕を顔を掴まれ、もう二度と戻れない場所に連れて行かれる。

怖かった。悲鳴を上げようとした口すら塞がれ、助けを求めて伸ばした手を掴む者は誰もいない。否、そもそも誰に助けを求めていいのかすらわからなかった。


――ああ、ひとりだ。



目の前が真っ暗になる。眠りに落ちるように、意識は蕩けていった。



******



「……は?」


登校した仗助は、下駄箱に差し掛かったところで康一と億泰に出くわした。妙に顔色の悪い二人を訝しんで理由を聞いてみると、「賢吾が襲われた」と蚊の鳴くような声で告げられた。
眉を顰めて聞き返す。今一番聞きたくない名前の次に、聞き逃してはいけない単語が混じっていた気がするのだが聞き間違いだっただろうか。


「ぼく達、あの後賢吾のお見舞いに行ったんだ。そのォ……『スタンド』の反動で、怪我してるんじゃあないかって思って」

「襲われたって音石にって意味か?まあよォ〜……そのお陰で爺さんが助かったんなら感謝はしねーこともねーけどォ」

「違うんだよ、仗助くん」


俯きがちに康一が語った内容は、仗助の僅かに残った眠気を吹き飛ばして余りあるものだった。友人とは言いたくないが顔見知りの人物が血塗れで倒れていた挙句、目の前で頭を撃たれたと聞かされたのだから当然である。同時に信じがたい、というのも事実だった。


「それ、犯人は?まだ捕まってねーの?」

「うん……。承太郎さんが色々調べてくれてるみたいだし、賢吾が目を覚ましたら何があったか聞いてみようって」

「じゃあ大丈夫だろ、なんたって承太郎さんがついてンだからなッ!

それと……今度見舞いぐらいしてやっか」

「う、うんッ!」

「なァ億泰、そりゃあショックだったと思うけどよォ〜……辰沼は無事なんだろ?まずはそれを喜んでやりゃあいーんじゃあねえの?」


自分の兄が自分の友人を害する、という光景を目の前で見た衝撃は計り知れない。形兆のことを慕っている億泰のことを考えれば、下手な言葉を掛けることは出来なかった。
だからこそ仗助に出来たことといえば、この暗い出来事の中でも明るい事実を念頭に置かせ、なんとか気分を持ち上げてやろうとすることだけだった。


「……そうかなァ」

「そーだって!それによォ〜アイツが起きた時におめーがそんな調子じゃあ治るもんも治んねーぜェ〜」

「そっかァ〜……そーだよなァ……」


口ではそう言っているが、やはりそう簡単に納得できるものではない。すっかり元気を失くした様子の億泰に戸惑いながら、仗助はぽりぽりと頬を掻く。
とにかく、暗い顔は億泰には似合わない。母親を侮辱されたことは許せないし天罰が下ったのだと思わないこともなかったが、一応友人の友人、顔見知りが被害に遭ったというなら力を貸してやるのが筋というものだろう。


「ま、昨日の今日だし今すぐにってワケにもいかねーよな……。一応、オレ今日の帰りに行ってみるわ。

『クレイジー・ダイヤモンド』が役に立つかもしんねーし」

「あ、ぼくも行くよ!」

「オレも行くッ!」


びし、と挙手する億泰の肩を軽く叩き、「そろそろ教室行こーぜ」と促す。康一も後に続き、三人は自分達の教室のある階へと向かった。全員が同じクラスではないため、廊下で別れることになる。ひとまずここで別れて、昼休みにまた詳しい話をしようということになった。



そして放課後、三人はバスに乗ってぶどうヶ丘総合病院にやって来た。受付で名前と見舞いに来た旨を伝えると、応対していた女性は首を傾げて「面会謝絶になっております」と答えてきた。
面会謝絶、という言葉に三人は顔を見合わせる。つまり、見舞いはできないということだ。もしかして怪我が治りきっていなかったのではないか、という不安が脳裏を過る。

もしも外傷が残っているというのなら、それこそ仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』の出番だ。しかしそれを知っているのは『スタンド使い』の中でも関係者だけであり、受付の女性にそのことを伝えるわけにもいかない。だがここで何もせずに帰ることもできない、と頭を抱えていると、周囲がざわめいた。


「あ、承太郎さんッ!」


仗助が顔を輝かせる。先程のざわめきは周囲にいた人々が承太郎に注目したがゆえのものだったらしい。日本人離れした体躯と整った顔、目立つ白いロングコートと帽子という出で立ちならば無理もない。
だが素晴らしいタイミングである。自分達が知らない情報を持っているであろう承太郎に話を聞けば、賢吾の状態もわかるかもしれない。なんらかの収穫が欲しかった三人は、速足で彼に近付いて、ぺこりと頭を下げた。


「承太郎さんッ、賢吾どうしてますかッ」

「面会謝絶って言われちゃったんですけど、何かあったんですか!?」

「オレになんかできることあります?」

勢いよく詰め寄っても承太郎の表情は変わらない。ただ一言「静かにしろ」と窘められた。慌てて口を押さえる億泰と康一を横目に、ひとり事件現場に居合わせなかった仗助は承太郎を見上げた。


「大体のことは二人から聞きました。アイツのこと正直言って嫌いだしムカつくけどよォ……ほっとくっつーのも出来ないんで」


唇を尖らせる仗助を見て、承太郎はほんの少し表情を和らげたようだった。周囲を見回して大多数の人間が自分達に注目しているのを見ると、「ついてこい」と元来た方向へ歩き出す。
受付の女性が何も言わないのは、承太郎が既に顔パス状態になっているか彼に見惚れていたかのどちらかだろう。なんにせよ病室まで行けるのならラッキーだ。

エレベーターに乗り、真っ白な廊下を歩く。億泰にはこの道筋に覚えがあった――形兆の時と同じだ。
やがて、億泰の考えていた通り「SPW」というマークの入ったバッジをつけた男二人が守る扉の奥に承太郎は入って行く。仗助と康一は緊張した面持ちで後に続いた。


――部屋に入った時、あまりの静けさに驚いた。


生物の気配が、限りなく薄かった。入院患者のいる病室と言えばある程度そうなのかもしれないが、それに比べてもあまりにも希薄だ。部屋の奥、ベッドの脇に立つ承太郎の姿が一瞬部屋と同化して見える。ベッドの上に誰かが寝ていることに気付くまで、ほんの少しの時間を要した。

心電図が規則的な音を奏でている。酸素マスクをつけたまま、賢吾は眠っているようだった。紙のように白い顔に生気は感じられない。
説明を求めて承太郎に視線をやると、彼は「見ての通りだ」と呟いてベッドを見下ろす。その瞳が、僅かに細められた。


「昨日運び込まれてからずっとこの調子だ。身体のどこにも異常がないにも関わらず、目を覚まさない。精神的なショックが大きかったせいだと推測しているが……いつ目覚めるかもわからん」

「そ、そんな……!じゃあ昨日、賢吾くんに何が起こったのかもわからないじゃあないですかッ!」

「残念ながらそうなるな」

「……じゃあ、兄貴がやったことに、意味ってなかったんスか」


絞ったような声で、億泰が呟く。はっとした顔で振り返る康一だったが、億泰はじっとベッドの上で眠る賢吾を睨み付けていた。


「兄貴はッ、意味もねえのに賢吾を撃ったってことなんスか」

「……いや。少なくとも、重傷のまま運び込まれていたら今もまだ危うい状態だっただろう。処置が間に合わなかった可能性もある。

形兆の行動が間違いだったとは限らない……それをどう捉えるかは、億泰。お前次第だ」


真っ直ぐな緑の視線に、億泰はチクショウと零して俯いてしまった。そんな彼を元気づけるように軽く叩き、仗助が一歩前に進み出る。


「承太郎さん、念には念をってことで一応オレにも手伝わせてくださいよッ!もしかしたら何か起こるかもしれねー」

「試す価値はあるかもしれないが……手加減しろ。本当に何が起こるかわからないからな」

「ウッス!いくぜェ〜『クレイジー・ダイヤモンド』!」


仗助の背後に『スタンド』が現れ、あくまでも軽く賢吾の胸の辺りを殴った。
「殴ったものを治す」という能力の『クレイジー・ダイヤモンド』。もし肉体に何らかの異常があれば、これで治る筈だ。

殴られた衝撃でびくりと賢吾の身体が跳ねる。――途端、心電図の刻む音が早くなった。


「なッ……なんだッ!?」

「医療では見つけられない異常があったということか……?」

「つまり犯人は――『スタンド使い』ってことかッ!」


四人が見守る中、心電図は徐々に落ち着いて行き、やがて平常に戻る。

そして――閉ざされていた瞼が、微かに震えた。





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