■ 29



虹村形兆は、現在謹慎中の身である。

『弓と矢』を用いてスタンド使いを増やすために何人もの死者を出している点や、その過程でスタンドに目覚めた音石明による被害を顧みれば、野放しにしておくことはできない。

全身に負った火傷の回復を待って、承太郎は彼にSPW財団への保護を勧めた。まだ未成年であるという点や、そもそも形兆がこのような凶行に走ったのは彼と弟である億泰の父親がDIOによって異形に変えられてしまったからという理由がある。DIOの根を断ち切るために承太郎が彼らの面倒を見ようとするのも自明であった。

しかし、手放しに保護するには形兆の犯した罪は重すぎる。よって、「終身SPW財団に貢献すること」を主な条件としたのだ。後天性とはいえ『スタンド使い』はそもそもの数が少ない。
ジョースター家を支援するという使命を帯びた財団にとって、『スタンド使い』は喉から手が出るほど欲しい人材である。

形兆の巻き起こした事態の収束を図り、証拠隠滅等の細々とした作業も肩代わりするかわりに一生をかけて財団に尽くせ、という条件だった。何より形兆の心を揺さぶったのは、彼らの父を元に戻すための研究もしてくれるという財団からの一言である。DIOのデータも揃えている財団からの支援があれば、もしかしたら父親を元に戻せるかもしれない――人を殺してまで為そうとした願いが、叶うかもしれない。だから、形兆は書類にサインをした。

こうして肩書ではSPW財団の協力者となった形兆だが、「まだ何かやらかすのではないか」という疑いが晴れたわけではない。よって外出の際には財団に連絡を入れる必要があるのだが――今回は、彼自身が電話をとることはなかった。その日の夕方、帰宅した形兆がけたたましく鳴り響く電話の受話器を取ると、低く落ち着いた声が鼓膜を擽った。相手は、空条承太郎だ。


『形兆か』

「何か用か」

『音石明を確保した。わたしはこれからジョセフ・ジョースターの護衛と音石の護送に行く』

「それで?」

『賢吾がスタンドの能力で負傷している可能性がある。億泰と康一くんが様子を見に行ったようだが……念のためにおまえも同行してくれ』

「……過保護なことだな」


思わず舌打ちが漏れた。――非常に面倒くさい。

辰沼賢吾といえば、不本意ながら自分の命を救われたという借りがある相手だ。そういう能力なのだから、と言われてしまえばそれまでだが、形兆のプライドは他人に借りがあるということを許容できない。その相手が負傷したというのであれば、見舞いのひとつでもするべきだろうという意識が首をもたげる。

ましてや、それを命じてきたのは空条承太郎である。財団と交渉し、出来る限り形兆に有利なように条件を整えてくれた相手だ。この借りは到底返すことなどできそうにない……つまり、断ることができない。了承の意を伝えると重い腰を上げ、上着を羽織ると父親に声をかけてから外に出た。



******


町は夕焼けに包まれていた。住宅街には買い物に出かける主婦や、学校帰りの学生の姿がちらほらと見える。あらかじめ伝えられていた住所を目指して歩く形兆は、まるで平和そのものの町に苛立ちながら歩いていた。
 

――自分が何人か殺そうと、行方不明者の数が多かろうと、この町はあまりにも『危機感』がない。


恐らく、事件が起きた日は騒ぎになっただろう。長く見ても一週間は、町の人々も見えない犯人の影に怯えていた筈だ。しかし今はどうだ。誰もかれも気の抜けた顔で歩き回り、「自分も殺されるかもしれない」という意識など欠片も持っていないように見える。

『成長』の出来ない人間は死ぬ。ああして緩みきった顔を晒す奴らのうちの誰かが、次に消えることになる。ふんと鼻を鳴らし、形兆はその後無心のまま歩いた。虹村邸から
辰沼賢吾の家まではそう遠くない。立ち並ぶ家々の中、『辰沼』という表札の掲げられた家の前に到着したところで――




悲鳴が、聞こえた。



「『バッド・カンパニー』ッ!」


瞬間、形兆は自身の『スタンド』を発動。アパッチを家の周囲に散開させて警戒に当て、歩兵部隊を三つに分けて家の前・背後へと回す。残った一部を自分の前へと展開して、家の中へと潜入した。
ドアノブを捻れば、鍵はかかっておらずすんなりと入ることができた。出来る限り足音を消してゆっくりと進んでいくと、先行してた歩兵部隊から反応がある。敵ではない。いや、むしろ――。


廊下を走り、半開きだったドアを勢いよく開ける。そこで形兆の目に飛び込んできたのは、立ち尽くす弟と、尻餅をついたまま震えているチビ――広瀬康一。

そして、血溜まりに沈む辰沼賢吾、らしき人物だった。


「オイ――億泰ゥ……これは一体どういうことだ……?」


声をかけるも、億泰から反応はない。ただ目を見開いて、視線の先にある『モノ』を凝視している。使い物にならないと判断し、未だに小さく悲鳴を溢している広瀬康一の背中を蹴りあげた。


「痛ッ!」

「チビ、てめーは空条承太郎に連絡して指示を仰げ」

「えッ――あっ、お、億泰くんのお兄さん!?」

「さっさとしねーかこのウスノロがッ!蜂の巣にされてーのかッ!」


形兆の言葉と同時に、『バッド・カンパニー』の歩兵部隊が一斉に康一へと銃口を向ける。ヒッ、と短く悲鳴を上げて、康一は転がるように廊下へと飛び出していった。微動だにしない億泰の横を素通りして、形兆は『それ』へと近付き、傍に膝をつく。

一度、じっくりと全身を検分してみる必要があった。連絡を受けた空条承太郎が此処に到着するまでの間に出来る限りの情報を集めておき、後は彼に任せれば良い。
問題なのは、これが『スタンド使い』の仕業だという可能性があるということだ。何らかの形で襲撃を受けたのだとしたら、次に標的になるのは自分かもしれない。空条承太郎が来れば、間違いなくこの現場を追い出されるだろう。だからこそ今、迅速に動く必要があるのだ。


「凶器はこの包丁だな。位置的に見て……これは肝臓か?触らん方がいいな……」


最も目立つのは、白いシャツを赤く染める源――肋骨の下あたりから生えている、包丁の柄だ。これが凶器とみて間違いはない。刺さったままにしておくのも心苦しいが、抜けば出血量が増える上に現場を荒らしたと苦情がくるかもしれない。形兆はそれに触れることなく、力なく項垂れた『それ』の顔を覗き込んだ。


「……なんだ?」


下顎が、下がっている。つまり口が開いているということだが、腹部を刺されている割に口の周りは汚れていない。よくよく見てみれば、『それ』の口の中には、何かが詰められているようだった。
顔を傾けて中をよく見ようとしていると、「――……なァ、兄貴、」と蚊の鳴くような声で億泰が形兆を呼んだ。

振り返ると、初めて見るような真っ青な顔で億泰はこちらを見詰めている。視線で先を促せば、ゆっくりと、言葉を選ぶようにして言葉を続ける。


「その辺に……トカゲ、落ちてねェかな?オレ、ずっと探してたんだけどよォ、」


見付からねェんだ、と中途半端に引き攣った笑みさえ浮かべている。――トカゲ。賢吾のスタンド、『リザード・テイル』の能力は、『くっついていた相手の身代わりになること』。
その際くっついていたトカゲは、尾が切れた状態で身代わりになった相手の近くに転がっているというが……いない。

手の陰や背中の後ろを見てみても、どこにもトカゲはいない。本体である賢吾が被害に遭って尚、『リザード・テイル』が発動していない状況となると、答えはふたつ。


「……トカゲの残機が切れるほど殺されたか、それとも」

「まだ――まだ、生きてるか」


口に出した瞬間、弾かれたように億泰が駆け寄ってくる。制服が汚れるのも構わず膝をつくと、黙ったまま項垂れる『それ』――賢吾の手を握り、肩を揺さぶった。


「なぁオイ賢吾、お前生きてんだろ?すぐ救急車か仗助来るからよォ、そしたらすぐ治してもらえっからよォ」

「バカ億泰、揺するんじゃあねえ……動かすと出血がひどくなるぞ」

「えッ!あ、ごめん」


即座に肩から手を放した億泰を押しのけて、形兆は再び賢吾の顔を覗き込む。薄く開かれた目に生気はない。鼻の下に指を添えてみると、微かに呼吸が感じられた。確かに生きているらしい。それならば、口の中のものを取ってやった方がいいだろう。そう判断して、口に指を突っ込んで中の物を掴み、引き摺り出す。赤黒く染まったそれは、小さなタオルのようだった。

口で呼吸ができるようになってえずいたのか、賢吾の背が弱々しく跳ねる。恐る恐るといった様子で撫でてやる億泰を横目に、形兆は賢吾の頬を軽く叩いた。――ひどく、冷たい。


「意識はあるか。声が出せねえんなら、瞬きでいい。『YES』で一度、『NO』で二度だ」


ゆっくりと瞼が上下する。一度。


「誰にやられた?犯人の名前は分かるか」


びく、と身体が震え、呼吸が荒くなる。二度。


「犯人は『スタンド使い』か」


唇から血が零れる。一度。


「今、苦しいか」


――二度。


「……トカゲはまだ残ってるか?」

「おい兄貴、何を、」


一度。


「そうか」


何の迷いも、躊躇も窺えない動きで形兆は右手を挙げる。部屋の入り口で待機していた歩兵部隊。彼らが、一斉に銃を構えた。


「『バッド・カンパニー』、歩兵部隊」

「ま、待て、待ってくれよ兄貴、うそ、ウソだろ?」







「撃て」










――ぱたりと、ひどく軽い音がした。発生源は、すぐ近くだ。


ただ茫然とするまま視線を落とした億泰が目にしたのは、頭と尾のないトカゲであった。


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