■ 27

放課後、仗助と億泰、康一の三人は杜王港にて承太郎と合流した。承太郎曰く、ジョセフ・ジョースターはSPW財団の手配した船に乗って此処に来る。音石がどんな手を使ってくるかは不明だが、奴は恐らく手段を選ばない。だが確実にジョセフを狙いにくることから、警戒を怠ってはいけない。否が応でも緊張は高まった。

暫し、待つ。ジョセフの到着までにはまだ時間があった。ぽつぽつと雑談を交わしてはいるが普段と比べて皆口数は少なかった。そんな中、億泰はポケットに手を突っ込んだままそわそわと落ち着きなく辺りを見回していた。その視線は、何回かに一度の割合で仗助に向かっている。


「……億泰ゥ、オレになんか言いてーことがあんなら言えよ」

「えッ!な、なんでわかったんだよォ!?」

「そんだけチラチラ見られてたら嫌でも気付くってーのォ」


良くも悪くも嘘の吐けない男である。仗助は小さく溜め息を吐いて億泰に向き直った。彼は未だポケットに両手を突っ込んだまま、もごもごと口の中で何か呟いている。「どう言ったもんかなァ」という言葉だけがなんとか聞き取れた。

だが、あまり悠長に構えているわけにもいかない。いつ音石が現れるか分からないのだ。「早く言えよ」とせっついて漸く億泰は気まずそうな顔をして口を開いた。


「さっきの、賢吾も本気じゃなかったと思うんだよなァ……言い方っつーか、アイツも悪ィとこあったし、反省してっからさァ〜……」

「――やけにアイツの肩持つじゃあねーか、億泰」


仗助はゆっくりと目を細めた。普段は笑っていることの多い彼のそんな表情は、見た事がなかった。それだけ母を侮辱された彼の怒りが深いということなのだろう。
けれど、億泰もここで怯むわけにはいかない。恐らく――というか確実に、賢吾は仗助に謝らない。謝罪の仕方も知らないだろう。せっかく仲良くなってきていたのに、このままでは最悪の形で二人の関係は途切れてしまう。仗助も賢吾も、億泰にとっては大切な友人だ。せめて会話ができる程度には仲直りしてほしい、というのが本音だった。


「人を小馬鹿にすんのが生き甲斐みてーなヤツだぜ?オレなんか良い相手だったろーよ、色んな意味でよォ……」

「そ、そんなことは……まああるけどよォ〜、アイツも悪いヤツじゃあねーんだって!」

「どーやって手懐けたのかは知らねーし興味もねーけどよ……どーしても許せねーことって、あるんだぜ」


そう言うと仗助は億泰から視線を外し、警戒する姿勢に戻る。近くで見守っていた康一が気遣わしげな視線を億泰に寄越していた。康一にとって、賢吾は『少し人によって態度が変わる真面目な人』という印象だ。自分が無下に扱われたり、暴言を吐かれたことは一度もない。何が彼にあそこまで『不良嫌い』を徹底させているのかが不思議でならなかった。外見だけにしても億泰より仗助の方がとっつきやすいし、素行や成績など比べるまでもない。それなのに、最近の賢吾は億泰に寛容な態度を見せる。いつの間にか名前呼びになっていたことも含めて謎が多かった。

なんとも険悪な空気が流れる。少し離れていたところで周囲の警戒にあたっていた承太郎が、コートの裾を翻して近付いてきた。そろそろ船が来る、仗助と康一は此処に残って引き続き警戒を。億泰は自分と共に小型ボートで先にジョセフと合流する――とのことだった。

既に気持ちを切り替えたのか、仗助は小さく笑みを浮かべて「気をつけろよォ億泰」と手を振ってきた。それに頷きながら、億泰は承太郎と共にボートに乗り込んだのだった。







「喧嘩でもしたのか」


ジョセフの船に向かう途中、後方を警戒しながら承太郎は問うた。唇を尖らせていた億泰は弾かれたように顔を上げ、承太郎をまじまじと見つめる。


「き、聞いてたんスか?」

「少しだけだが、な。それに『何事もありませんでした』って空気でもなかっただろう」


そういえば、この人は賢吾のことをどれくらい知っているのだろうか。確か以前、友人に似ていると言っていたような気もするが。
首を傾げながら見上げていると、承太郎は緩く首を振って「やれやれだぜ」と呟いた。


「羨ましいんだろう」

「う、羨ましいィ〜?賢吾が、仗助をッスか?」

「そうだ。仗助は母親と仲が良いだろう。賢吾の家庭は知っての通りだからな……だが、あいつは『羨ましい』と思っていることにも気付いていないだろう。

……いや、認めたくないだけなのかもしれない。それで苛ついて、八つ当たりをしている……俺にはそう思える」

「はァ〜……オトナの意見っすねえ」


冷静な見解に感嘆しつつ、あの時の賢吾の様子を思い出す。――本当に、それだけだったのだろうか。

右手をポケットに突っ込んだ。ひやりとしたものに指が触れて、そのまま引っ張り出す。――青いトカゲだった。

掌に載せて、まじまじと見つめる。トカゲはゆったりと尻尾を揺らし、大人しく億泰の前に鎮座している。


「……何も思ってないんだったら、ついてこねーよなァ……」


命を削るような『スタンド』だ。もしこのトカゲがくっついている人物が怪我をすれば、そのダメージの一部は本体である賢吾に返る。音石は恐らく一撃で仕留めにくるだろう。――つまり、人間が即死するほどのダメージの一部を賢吾が肩代わりするのだ。形兆の時は偶然だったが、今回は彼自身の意思で『リザード・テイル』を使おうとしている。本当に嫌っている相手を助けるような真似を、あの賢吾がするだろうか。


「何とかなんねーかなァ……」


大きく溜め息を吐く。こんなに頭を働かせるなんて自分らしくないし、何より疲れる。早く仲直りしてほしいと思うと同時に、その難しさも理解していた。何とか自分と康一で橋渡しができればいいのだが。

そうこうしている内に、船が近付いてくる。億泰は一旦、思考を打ち切った。その頭の中では、説明されたこの後の自分の身の振り方についてが繰り返し再生されていた。



******



目を閉じる。前方はあまりよく見えないが、眼球を動かせばほとんど後ろまでが見えた。トカゲの視界は、人間のものより遙かに広い。


帰宅した賢吾は、自室でベッドに転がったままじっと息を潜めていた。殴られて腫れた頬が痛むが、氷を当てて誤魔化している。
『スタンド』との意識の共有は、落ち着いた方がやりやすい。母はまだ帰宅しておらず、今は絶好の環境と言えた。

間もなくジョセフ・ジョースターと合流するという声が聞こえてきた。風の音が混じって少し聞き取りづらいが、これは承太郎のものだろう。勢いよく返ってくる声は億泰だ。気合いに満ちたそれに、少し笑みが零れる。


――冷静になって、「言い過ぎた」という後悔が胸に満ちた。自分のことなんて、どうでもよかったのに。何故比べてしまったのだろう。

家庭の事情なんて、他人と比べるものではない。そんなことはわかっていた。ましてや母親との絆が強い仗助と、利害関係でしか結ばれていない自分などでは比べることすら烏滸がましい。本当に馬鹿だ、と自分に唾を吐きたい気分だった。

億泰や康一にも気を遣わせてしまった。こういう時は、どうしたらいいのだろう。謝ればいいのか。しかし、どうやって?何を言えばいいのかがわからない。何に、どう謝ればいいのか。
今までそんな経験をしたことがなかったのだ。母の意に添えなかった時は、ただそのことに対してのみ謝ればよかった。「お仕置き」という分かりやすい罰が与えられたから、そこで区切りをつけられた。だがそれはあくまでも身内での話であって、外部の人間とはどう接したらいいのだろう。

行動は、既に起こした。『リザード・テイル』を億泰に預け、ジョセフ・ジョースターと接触する。これが賢吾に出来る精一杯の行動だった。何事もなければそれでいい。――家族は、一緒にいるべきなのだ。離れるから拗れたことになる。そんな思いをするのは、自分だけでいい。


「……そうだ、僕だけでいい。こんなのは――こんなのは、『家族』じゃあ、ない」



拳を握る。返ってくる言葉はない。――どうしようもなく、独りだった。







[ prev / next ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -