■ 26


町外れの海岸にて承太郎と待ち合わせた仗助達は、次の日に探知系スタンド使い――ジョセフ・ジョースターが来日することを告げられた。顔も合わせたことのない父親。仗助はひどく複雑な気分だったが、音石明という危険な存在を放置することなどできなかった。

しかしジョセフが船で杜王港にやってくるという情報を音石に聞かれてしまい、このままでは船を沈められてしまうとその場で交戦。あと一歩のところまで追い詰めるたが逃げられてしまった。


――というのを昼休みの屋上で聞いて、賢吾は無意識のうちに詰めていた息を吐く。自分が風邪で寝込んでいる間に、そんなことが起きていたとは。

音石といえば、形兆を殺そうとした張本人である。『リザード・テイル』の能力で形兆は助かったが、それでも重傷だ。更に賢吾も反動を受けて負傷している。電線にぶら下がった形兆の姿は、今思い出してもぞっとする。今や町中の電気を支配下に置いているというならば、その脅威は計り知れない。


「とりあえずオレらは今日、杜王港にジジイを迎えに行く。ンで音石もブッ飛ばす。おめーはどうする?」


じっと見詰められて、居心地が悪くなって目線を逸らした。賢吾は仗助の視線が苦手だった。承太郎もそうだが、こちらの心の内側まで見透かしていそうな気がしてならない。考えすぎとはわかっているが、どうしても目を逸らしてしまう。


「……正直言えば、おめーの『スタンド』があると結構助かるんだ。怪我ならオレが治せるが、死んじまったらどうしよーもねえからよォ」

「その、ジョセフって人はお年寄りなんだったか」

「そうそう、オレらが助かるような怪我でもジジイは死んじまうかもしれねーし」


正直に助けを求められると、なんだかむず痒い。戦うことも出来ずただ隠れていることが精一杯だと考えていたからだ。音石を相手にするのであれば、むしろ足手纏いだろうとも。


「勿論、賢吾くんが大丈夫であれば、の話だよ。その、お母さんとのこともあるだろうから、危ない目に遭うのは控えた方がいいってわかってるから」

「そーそーッ、おめーはおめーのこと一番に考えとけよォ!解決したら思いっきり羽目外しゃあいーんだからよォ〜」


康一と億泰もそう言って笑った。――確かに、この三人に加えて承太郎もいるとなれば戦力としては十分すぎるだろう。音石がいかに素早くパワーのある『スタンド』を使うのだとしても、場所は海に面した港である上に仗助がいる。例え不意をついて承太郎に一撃を加えようと、即死でなければ仗助が治してしまう。そして仗助を狙おうとすれば他の三人が立ちはだかる。奴に勝機はないだろう。

そこまで考えて、「まあ保険程度になるならいいか」と思い始めた。実際に自分がやることと言えば、ジョセフ・ジョースターなる人物に接触してトカゲをくっつけることだけだ。時間もそう遅くはならないだろうから、母にとがめられることもない。


「……いや、そういうことなら僕も行こう。気休めくらいにはなるだろうし」

「うお、マジか!悪ィな」

「空条さんもいるから心配はしないが、僕の『スタンド』についてもう少し詳しく話しておく」


そう言ってちょいちょいと手招きして、三人が近くまで寄ってきて円になるように座ったところで、真ん中あたりにトカゲを集合させる。ずらりと六匹、異形の青いトカゲが並んだ。


「僕の『リザード・テイル』はこれで全部だ。基本的な能力は『くっついている人間が死んだ時、身代わりになる』。

だけど形兆先輩の時のことを考えると、恐らく僕ではなく他人にくっつけている場合、その相手が死んだ時に負ったダメージのいくらかは僕に『跳ね返ってくる』」

「えッ!」

「ひょっとしてあの時、手を怪我してたのはそういう……?」

「あくまでも推測だ。それと、身代わりになって消えたトカゲは一日経たないと復活しない。

……最悪の事態を想定してそのジョセフって人に音石が接触してしまったとすると、身代わりになるのは二回が限度だ。それ以上は僕も死ぬ」


死ぬ、という言葉に誰ともなく息を呑む。仗助と億泰は、先日の形兆の姿を。康一は漠然とした恐怖をそれぞれ脳裏に描いたのだろう。
賢吾としても、死ぬのは怖いし嫌だ。あの時の火傷はとても痛かったし、首を絞められて狭まる視界も嫌いだ。ふん、と鼻を鳴らして思い切り顔を顰め、吐き捨てるように言う。


「そもそも東方、お前と空条さんが踏ん張ればいいだけの話だろう。町全体の危機がどうって以前に、ジョセフって人はお前達の親戚なんだろ?」

「……ンなこたわかってんだよッ!万が一があったら困るから頼んでんじゃあねーかッ!」

「賢吾くん、その、仗助くんは事情が事情だから……」


落ち着いて、と仗助を宥めながら康一が仲裁に入る。億泰は困ったように視線を右往左往させていた。

――仗助が愛人の子供なのだということは、少し前に聞いていた。ジョセフ・ジョースターには妻子がいて、それにも関わらず仗助の母と関係を持ったのだと。そして生まれたのが仗助だということを。

わかっている。仗助に罪はない。だがジョセフに対する嫌悪感というのはどうしても拭えなかった。同行する件については問題ないが、それ以上関わる気は毛頭なかった。口を利きたくもないのが正直なところなのである。


「……事情、ねぇ」

「……なんだよ、何か文句あんのかてめえ」

「別に。お前にも苦労してることがあるんだと思って」

「さっきから下手に出てりゃあよォー……知った風な口利きやがって何様なんだてめーはよッ!」

「仗助くん!」


勢いよく仗助が立ち上がる。その表情は怒りに満ちていて、ぎりぎり残った理性で殴りかかるのを堪えているという様子だった。
康一も慌てて二人の間に入るように立ち、なんとかこの空気を払拭しようとしていたし、億泰も「言い過ぎだぜェ賢吾」と窘めるように肩を突いている。

仗助は、母親を本当に大切に思っている。それは日頃の会話や態度でよくわかっていた。だからこそ今まで顔も見せなかったジョセフに対する憤りよりも、母を脅かすであろう町の脅威を取り除くという使命感が勝っているのだ。自分の意志で、何かを守ろうとしている。それはとても尊くて、眩い感情だ。


――だからこそ、忌々しかった。


「いいか東方仗助。今回の作戦は音石を捕まえるためのものだ」

「わかってるよそんなこたぁ」

「いいやわかってないね。お前は自分の父親を守りたいんだ。

――例えそれが、既に家庭を持っていたにも関わらず余所で女を作ったクソ野郎だろうとね。素晴らしい家族愛じゃあないか、感動で涙が出るよ」




瞬間、鈍い音が辺りに響いた。誰かが止める間もなく、仗助の拳が賢吾の頬に振り下ろされた音だった。

かしゃんと軽い音をたてて眼鏡がコンクリートの床に落ちる。背後のフェンスに叩きつけられるように吹っ飛んだ賢吾は真っ赤に腫れた頬を押さえながらも、ぎらついた目で仗助を見上げていた。


「――いい加減にしろよ、てめーッ……!」

「……図星を突かれたからってすぐ力に訴えるあたり、本当に獣と変わらないな」

「賢吾、今のは言い過ぎだってェ……」

「そうだよ、さすがにひどいよ」


激昂して息を荒げる仗助と、鼻と口の端から血を流す賢吾の視線がぶつかる。お互いに篭る感情は同じだった。――憎悪だ。


「事実を言って何が悪い。浮気した?子供が出来た?みんな不幸になるじゃないか。幸せなのはクソ野郎ひとりきりだ。残された人達はどうなる?

……心当たりがあるんじゃないか、東方」

「オレもお袋も不幸なんかじゃあねえッ!オレを生んで一人で育てるって決めたのはお袋で、そのことに後悔だってしちゃいねーんだッ!」

「後悔ね。確かにそうだろうさ、そう言うしかない。だって惨めだろう?『捨てられた』なんて言える訳ないじゃあないか」

「……それ以上お袋を侮辱しやがったら、今この場でオレがてめーをブッ殺す。何度でもだ」

「侮辱じゃあないさ、事実だよ。捨てられた妻も子供も惨めなもんさ。特に妻はね。

お前の母親はすごいと思うよ、嘘じゃあない」


仗助の中で何かが切れたのがわかった。もう一度拳を握った彼を、今度は億泰と康一の二人がかりで止める。
暴れる仗助は口々に賢吾を罵ったし、賢吾をそんな彼を鼻で笑う。ますます火に油が注がれて、もう押さえておくのも限界だった。


「賢吾ッ、いくらなんでもひでーってェ〜!仗助に謝れよォ!」

「プッツンした仗助くんは止められないよォー!」


それらの言葉を無視する形で、賢吾はふらつく頭を押さえながら立ち上がる。歪んでしまった眼鏡を拾うと、そのまま三人に背を向けて屋上の入口へと歩き出した。

背中には怒りや困惑に満ちた様々な言葉が投げかけられた。そのどれもが静止を促すものだったが、そのまま軋むドアを開け、ばたんと閉める。厚い扉は彼らの声を遮った。校舎の中に響くのは、生徒達の活気に満ちた声だ。


――何やってるんだろう。


ばかみたいだ、とひとり呟く。床に落ちた雫が、微かな音をたてた。





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