■ 1

「辰沼!」


その日最後の授業とHRが終わり、教室の生徒達が帰り支度を始める中、担任の教師がある生徒を呼んだ。
通学用の指定鞄に荷物を詰めていた手を止め、一人の少年が「はい」と返事をする。眉にかからない程度の長さの髪、短い襟足、きっちり首元までボタンの止められた学ラン。
細いフレームの眼鏡をかけたその容貌は、まさしく「優等生」という言葉を体現していた。


「すまんが、この後ちょっと手伝ってくれ。資料を運ばなきゃならないんだが量が多くてな」
「わかりました」


早く家に帰りたい、もしくは学校を飛び出して遊びたい大半の生徒は顔を顰めるであろう教師の言いつけにも、彼は何ら動じることなく頷いた。いつものことだ。周囲もそれを当然と認識していたし、実際に彼が教師からの頼みごとを断ったことはない。困った時は真っ先に声をかけられる存在。それが彼だった。
それもその筈、彼はこのクラスの学級委員だからだ。何かと雑務の多い役割ゆえに、新学期の委員決めの際に立候補するのはよほど意欲のある生徒だけだろう。大抵は誰も立候補することなく、周囲からの推薦で決まる。彼もそうだった。もっとも、周囲といっても生徒ではなく担任の意向が大きかったが。


そんな光景を横目に、仗助は教室を出た。何てことのない、いつもの日常だった。



彼にとっての日常が激変したのはその数日後だった。自分の甥だという年上の男が現れ、父親の話や遺産の話をされた。
凶悪な殺人鬼であるアンジェロという男によって祖父を殺され、甥である承太郎と協力して仇を討ち――ようやく、一段落ついたのだ。

溜め息をつきながら登校する。女生徒達が騒ぎながら纏わりついてくるのを適当にあしらいながら教室に着いたのは朝礼の直前だった。程なくして担任が教室に入ってきて、「転校生を紹介する」と宣言し、教室は騒然とした。入ってきた虹村という生徒の風貌に怯えたのか次の瞬間静かになったが。
転校生に席を与え、周囲の生徒が戦々恐々とする中、一人ただ真っ直ぐ背中を伸ばしている人物が仗助の視界に入った。委員長だ。


「あー……虹村、わからないことがあったら、委員長の辰沼に聞くように。
辰沼、頼む」
「はい」


いつもと変わらぬ平坦な調子で返事をして、彼が座ったまま軽く身体を捻って振り返る。きょろきょろと視線を彷徨わせていた虹村億泰が彼に焦点を合わせると、やはり平坦な調子で言った。


「委員長の、辰沼賢吾です。よろしく」
「ン?あー、おう」


適当な返事を気に掛ける様子もなく、小さく頷くと彼は再び前を向いた。程なくして授業が始まり、仗助の意識も眠りの中に引き込まれていったのだった。



***


「虹村くん」


昼休み、億泰の机の前に一人の少年が立った。委員長だ。億泰は彼の名前を聞いていなかったため、そう呼ぶしかない。


「学校の中を軽く案内しようと思うんだけれど、どうかな。購買があるから、昼食はそこで買うといい」
「おッ、マジで?じゃあ頼むとするぜェ〜」


教室中の誰もが避けていた転校生を伴って、彼は教室を出て行った。あちこちで彼を案じる声が上がるが、それはあくまでも表面的なものだった。何故なら――




億泰は、ぴしりと伸びた背中を追って猫背のまま廊下を歩いていた。
そもそもあまり真面目に学校に来る気はないのだが、今はとにかく空腹だ。購買の場所だけでも知っておきたかったため、目の前の委員長に申し出に素直に従っている。
二人の間に会話はない。委員長だという少年は見事なまでの「優等生」だったし、恐らく自分のような典型的な「不良」に関わりたくないのだろうなあとぼんやり考えていると、ふと周囲の人気が途絶えた。渡り廊下に差し掛かった場所だった。


「おい、お前」
「……あ?」


周囲を見回していた視線を、前に戻す。そこには、これでもかというほど眉間に皺を寄せ、険しい顔をした委員長がいた。


「先生に言われたから、学校にいる間は世話を焼いてやるが……学校から一歩でも外に出たら、絶対に僕に話しかけるなよ」
「何だァ?喧嘩売ってんのかァ〜?」
「これだから不良というのは短絡的で嫌になる。僕に関わるな、と言っているんだ。喧嘩だなんてくだらない。馬鹿みたいに殴り合いがしたければ、放課後にでもご自由にどうぞ」


フン、と鼻で笑われた。この瞬間、億泰の中で彼の印象は「委員長=優等生」から「委員長=嫌味なメガネ」にシフトした。



そう、教師陣にたいそうウケのいい学級委員長、辰沼賢吾は――物凄く、性格が悪い少年だったのである。




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