■ 14


それから、賢吾にとって割と穏やかな日常が戻ってきた。人間の適応能力というのは恐ろしいもので、休み時間の度にやってくる億泰にはもう苛立ちを感じなくなってしまっている。
基本的に延々と中身のない話をする億泰に、時折相槌を打ってやる。彼としても賢吾にそれ以上を求めていないらしい。距離の取り方が上手いと称賛するべきなのだろうが、恐らくは本能的なものだ。億泰にそこまで考えるだけの頭脳はないという確信を持っている。

ただ、昼休みともなれば話は別だ。億泰の様子を見に仗助がやってくるのである。そのままの流れで三人で固まって昼食を摂るというのがここ数日で習慣となってしまっていた。「皆で食う方がうめーよなァ〜」と笑っているのは億泰だけで、賢吾と仗助は顔を合わせた瞬間にお互いが苦虫を噛み潰したような表情になる。教室では異様な光景として、その他の生徒達から距離を置かれていた。

しかしある日、そこにもう一人加わることとなった。いつもと同じように億泰が賢吾の席までやってきて買ってきた昼食を広げ、大口を開けてかぶりつく。賢吾も弁当を取り出して箸を動かす。『仗助を待つ』という選択肢は存在しない。最初の数日は文句を言っていたが、悪気のなさそうな顔とそもそも話を聞こうとしない二人の態度に諦めたらしい。
昨夜見たテレビの内容をだらだらと話す億泰を適当にあしらっていると、ガラガラと教室のドアが開く音がする。近付いてくる姿に気付いた億泰がもごもごと口を動かした。どうやら挨拶をしたかったようだが、口いっぱいに菓子パンを詰めた状態では声は出せない。溜め息を吐き、賢吾は机に置かれていたミルクティーのペットボトルを億泰の方へ押しやった。いつ見ても胸焼けがしそうな、虫歯になりそうな食事である。

さて、普段であればそんな億泰に苦笑いしながら席につく仗助が視界に入ってこない。ちらりと目線を上げてみれば、彼は背後にいる『誰か』と話しているようだった。小首を傾げていると、その人物は仗助の陰からひょっこりと顔を覗かせた。


「あ、は、初めましてだよね?そのォ、ぼくも混ぜてもらっていいかなァ……?」


――小さいな、というのが第一印象だった。同学年の女子達と並んで違和感のない身長だろう。詰襟のボタンはしっかり上まで留められているし、制服を改造しているわけでもない。髪を逆立てているのは身長へのコンプレックスだろうと推測できる。……つまり、不良ではない。

随分と久し振りにまともな人物と会話をした気がする、と賢吾の顔が自然と笑顔になる。初対面のとき億泰に対して見せたような作り笑いではなく、心からのものだ。近くで何やら騒いでいるような気もするが、今は目の前の少年との会話が最優先である。


「勿論、歓迎するよ。僕は辰沼賢吾。このクラスで学級委員を務めている」

「ぼ、ぼくは広瀬康一!よろしくね、賢吾くん」

「ああ、こちらこそ」


近くにあった空いている椅子を指して「どうぞ」と薦めれば、康一は笑顔で礼を言いつつ腰掛けた。そして持っていた弁当の包みをいそいそと開き、食べ始める。賢吾も食事を再開した。言葉を交わしてみて抱いたのは、「礼儀正しく、爽やかな人である」という印象だ。賢吾の中で広瀬康一という人間の評価は、最近出会ったどの人間よりも高いものとなった。


「ちょ……オイ待て康一ッ!何フツーに辰沼に馴染んでやがんだよォ!」

「えっ!?」

「賢吾〜、オメー康一と俺らとじゃ態度違わねぇかァ?」

「広瀬くんのようなまともな人間がどうしてお前達みたいなロクデナシと知り合いなのか、僕には謎だ。富士山より高い謎の壁だ」

「富士山ってチョー高ぇじゃねーかよォ〜!」

「凄いな虹村、確かに富士山はとても高い山だ。よく覚えてたな」

「だろォ〜!?日本でいっちばん高ぇんだぜェ〜富士山はよォー!」


不満げな顔をしていた億泰は既に笑顔で二つ目の菓子パンを齧っている。――ちょろい。この扱いやすさは美点だな、と思っていると、隣の康一が苦笑いしているのが目に入った。
本当にわからない。一体どういう経緯で彼らは知り合ったのだろうか。仗助と億泰はあからさまな不良であり、康一は見るからに一般生徒だ。彼らの間に、何か共通点でもあるのだろうか。
考えていると、どっかりと椅子に腰掛けた仗助が大きく溜め息を吐き、それから賢吾に手招きをしてくる。顔を貸せ、と言いたいようだ。不快でしかないため思い切り眉をしかめると、仗助も同じような仕草を返してくる。お互い考えていることは同じらしいが、ここは自分が譲歩してやらねば話が進まないと判断し、仕方なく少しだけ顔を前に出した。
仗助は口元に手を立てて、ちらりと周囲を見回してから、「康一も『スタンド使い』だぜ」と囁く。――成程、合点がいった。


「一応、気に食わねーけどおめーにも紹介しとこーと思ってよォ……。
承太郎さんからも言われてるし、そのうち会うかもしれねえってんならこっちから会わせといた方が安心だろ」

「……空条さんが、僕に何か?」

「こないだ言われただろ、『気を付けろ』ってよ……。康一は味方だ、って知ってたのと知らねえのじゃ差はでけぇんじゃねーの?」


話しながらもかなりの勢いで弁当を食べる仗助から視線を外し、賢吾は隣に座る少年を見た。困ったような笑みを浮かべている。


「仗助くんはそう言ってるけど、つい昨日『使える』ようになったばっかりなんだ。あんまり頼りにならないと思うけど……」

「……いや、鉢合わせて無駄に警戒する必要がなくなるというのは大きい。僕は関わるつもりはないが、万が一には備えておきたい」

「あはは、ぼくも喧嘩とかはからっきしだからなあ。昨日も本当に不意打ちというか、必要に駆られて、って感じだったし」

「昨日?何かあったのか?」


康一は話した。昨日交戦した、小林玉美という男のこと。奴の卑劣な行いと、そのスタンド能力。『罪悪感を利用する』というえげつない能力もそうだが、賢吾にとって最も警戒すべき点は『康一と小林の遭遇は偶然だった』という一点に尽きる。もし同じような状況になったとしても、自分の『リザード・テイル』に戦闘は無理だ。相手を再起不能にすることは出来ない以上、『スタンド使い』との遭遇は出来る限り避けたいのに、偶然であるというのならばどうしようもない。

深刻な様子で黙り込む賢吾に康一が慌てていると、呆れたように仗助が溜め息を吐いた。いつの間にか彼の弁当箱はすっかり空になっている。


「だーから承太郎さんの言う通りだろ、『気を付けろ』ってよォ。特にてめーは遭遇しちまったら逃げるしかねえんだから」

「――お前に言われると無性に腹が立つ。まあ腹が立つのは言動だけじゃなくて存在丸ごとなわけだが」

「……なんッッでてめーはそう人の神経を逆撫でするような言い方しか出来ねーんだコラァッ!」

「答えは明快。お前が『不良』だからだ、東方。虹村でも理解出来るぞ」

「オレ?まあ確かにオレも仗助も不良だよなァ〜!」


ギャハハ、と大口を開けて笑う億泰と、立ち上がって賢吾を指差しながらぎゃあぎゃあ文句を並べたてる仗助、それを鼻で笑い更に煽っていく賢吾。この教室では徐々に馴染みのある光景となりつつあるものだったが、いかんせん康一には刺激が強かった。


「なんか……似たり寄ったり、だなあ……」


ぽつりと呟いたそれが三人に聞こえなかったのは、何よりもの幸運だった。





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