■ 11


放課後、賢吾は仗助と億泰に両腕を掴まれる形で連行された。彼らとの身長差もあって、さながら連れ去られる宇宙人のような恰好ではあったが賢吾は既に抵抗を諦めていた。一日を通して、それが無駄だと悟ったからだ。

朝のHRの後、休み時間になる度に億泰が席までやってきて何かしら騒ぎ出していた。仗助もついてくる。無視を決め込んでも彼らの大声は嫌でも耳に飛び込んでくるし、読書をしていても本はひょいと取られてしまう。

何が恐ろしいかといえば、億泰の「邪気の無さ」だ。良くも悪くも単純な彼は、複雑な判断はしない。賢吾が休み時間に一人でいるのはつまらないだろうという理由で話をしにくるし、本なんて読んだって楽しくないだろうから、と言って本を取り上げる。甚だ余計なお世話であるのだが、流石に何度も相手にするのは疲れるし面倒だ。幸いなことに罵倒されることには耐性があるらしく(手を上げられてもけろっとしている)、どれだけ賢吾が怒鳴ろうと反撃されることはなかった。喧嘩などしたこともない賢吾としてはありがたかったが、そもそも自分が感じている疲労もこいつが原因だった、と改めて眉間に皺を寄せる。


昼休みなど大変だった。案の定億泰は「メシ食おうぜェ〜!」とさも当然のようにやってきて、勝手に賢吾の前の席に座ってコンビニで買ってきたらしいパンを食べ始めた。仗助も渋々といった様子で億泰の隣に座り、弁当を食べ始める。
相手をするからつけあがるのだと悟った賢吾は、この虹村億泰という男は犬だと思おう、と静かに決意した。今は身内を救ったからという理由で賢吾に尾を振って寄ってきている状態だが、いずれ忘れるだろう。餌には目がないタイプの犬だ、と。

不良は嫌いだが犬は嫌いではない。雑談に返事を求められた賢吾は適当に答えてやった。反応を得られて嬉しかったのか、億泰が奇声を上げる。他愛ない、と溜め息を吐いた。仗助が生温い目でそんな二人を見ていることには気付かなかった。


――そして、すべての授業が終わり。怪我を慮って雑用を申し付けなかった担任に「さようなら」と告げて教室を出た瞬間、二人に捕まったのだった。


「悪ィな賢吾、『あの人』の頼みは断れなくってよォ〜」
「ま、そんなに時間も取らせねーしちょっとだけ話聞いてくれよ」

当然ながら連行される姿はとても目立つ。何せ東方仗助と虹村億泰だ。その二人に腕を掴まれているのが自分ともなれば、誰かから教師に話が伝わる可能性がある。そしてその場合、家にまで連絡がいってしまうかもしれない。それだけは、避けたかった。


「……おい、いい加減手を離せ。自分で歩く」

「そう言って逃げる気じゃあねーのかぁ?」

「悪目立ちしていることに気付かないのか。視力はいくつだ?眼鏡を作ることをオススメするよ――
ああ、厚いのはレンズじゃなくて面の皮か。これは失礼」

「てっ、てンめぇ……!くっそおおお腹立つゥ〜!!」

「視力検査の時ってよォー、あのスプーン使ってウルトラマンごっことかするよなァー」

「……」

「……」


毒気を抜かれた仗助が賢吾の腕を離す。億泰はとっくに離して、顔の前で両腕を交差させ「ナントカ光線!」とポーズを決めている。
賢吾を挟むようにして前を億泰が、後ろを仗助が歩く。待ち合わせ場所である『カフェ・ドゥ・マゴ』に着くまで、二人は特撮ヒーローの話で盛り上がった。言わずもがな、賢吾は眉間に皺を寄せて無言を通している。

ようやく目的地に着くと、テラス席には既にその人物がいた。遠くからでもすぐにわかる、白を纏った長身。


「承太郎さーん!連れてきたッスよぉー!」


仗助の声に反応し、その人物は手元の雑誌から顔を上げる。――鋭い緑色の目が、賢吾を捉えた。
基本的に人と接することの少ない賢吾に、その視線は少々強かった。見慣れない色に、見慣れない男。それらの要素は警戒心を煽るのに十分なもので、人知れず身体が強張る。
背中を押されて舌打ちしながらも、三人はその男のいる席へ向かい、腰掛けた。仗助と億泰は挨拶もそこそこに揃ってメニューを覗き込んでしまい、結果として賢吾は男と一対一で相対することになってしまった。

ぐ、と見定めるように男を眺める。不躾であるのは承知の上だが、何しろ自分はこの男のことを何一つとして知らないのだ。
男はそんな視線を物ともせず、少し賢吾を見詰めた後、「空条承太郎だ」と口を開く。


「そこにいる仗助の――まあ、親戚にあたる。今日は急に呼び出してすまない」

「……辰沼賢吾です。用があるなら手短にお願いします」


視界の隅で仗助が「承太郎さんに何つー態度だてめえ」と騒いでいるのが映るが知ったことではない。年上である以上最低限の礼儀は弁えるつもりでいるが、自分にとって目の前の空条承太郎という男は『毛嫌いする不良の親戚』という認識でしかない。舌打ちを堪え、同じテーブルについているだけでも感謝してほしいぐらいだった。

そんな賢吾の内心をまるで見透かしているかのように、承太郎は口の端をほんの少し上げてみせる。大人の余裕を感じさせる表情だった。


「俺も回りくどいのは好きじゃあない……いいだろう、本題から始めるぞ。

――辰沼賢吾、お前は『スタンド使い』だな?」




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