独善論

 ワタクシの愛する可愛らしい弟の話をしましょう。


 エメットは所謂天才でした。ええそれは正しく。ただすこぉしワタクシの天才性が勝っただけで。

 そのせいであの子は両親にいつも理不尽に叱られていました。なんで。どうして。インゴはこんなこと簡単にできるのに。判を押したように同じことばかり。そのたびにあの子は小さく、今にも消えそうに薄い声でごめんなさいを言うのです。

 あの子が叱られるたびにワタクシ、どきどきしました。ああ、ワタクシのせいで。あの子が。あんなに可哀想なことに。なんて素晴らしい。ああ。ああ!可哀想で可愛いあの子がもっと見たくて、ワタクシはほんのちょっと意地悪をしてしまいました。

 ええ、ええ。そんなにひどいことではありませんよ。あの子の成功をあともう少しで爪の先が引っかかる、そういうタイミングでワタクシが掠め取るだけです。大したことではないでしょう?ちょっとした子供の悪戯のようなものです。

 そうするとあの子はひどく叱られます。手をあげられたこともありました。目を打たれて真っ赤に充血させていたり、叩かれた拍子に舌を噛んだのかばたばたと血を垂らしながら必死に口元を押さえていたり。ああ、なんて。なんて可愛らしい。

でもそうやって遊んでいる間にワタクシは気づきました。ええ、気づいてしまったのです。ワタクシの可愛いエメットは、ワタクシの片割れは、その目は決してワタクシを見てはいないのです。羨望を乗せてワタクシの背中を見るそれは、ワタクシをすり抜けて両親へ。

 とてもとてもひどいことです。ワタクシはこんなにもエメットを思っているのにエメットの目は、意識はいつだって両親のもの。高々ワタクシたちの種を植え付けて、ワタクシたちを孕み、産み落としただけだというのに!高がその程度の存在であるというのに!ふざけるな。奇跡のような確率でワタクシから分化したあの子を、ワタクシを差し置いて持っていこうとするのか。それは許されない、許されないことです。

 ですからワタクシ、考えたのです。つまり両親は(非常に腹立たしいことではありますが)あの子のとっては神様で、そうして世界であったということです。それではどうするか?簡単なことです。印象を上書きしてしまえばいい。より強烈により鮮烈に。そうですね、色で例えてしまうのならば赤色がよろしいでしょうか。あれはとてもよい色です。ええ、目を引いて、目の裏に焼きついて、こびりついて、消えてくれない。

 さてワタクシとエメットは二人で地下鉄の車掌をしているのですがね。最近列車の線路に置石をする不届きな連中が増えているようなのですよ。置石の数も尋常ではない。鉄道員やら警備員やらだけではとてもではありませんが人手が足りませんので、ワタクシたちも見回りに。え?なぜ二人なのかですって?そんなことは決まっているではありませんか。もしも見回りの最中に置石をしているその不届きな方を発見したら厳重注意をするためです。ええ、ええ。それはそれは厳重に念入りに。

 時間は大体午前二時頃でしたでしょうか。全線の最終電車も出てしまい、見回りも残すはワタクシの担当するノーマルシングルトレインのホームだけとなっていました。ええ、あの緑のラインの入った車両です。ところであなた様方はご存知でしょうか。緑と赤は補色の関係で、とても目立つのです。

 ノーマルシングルトレインは環状線ですので、終電後は回送列車となりカナワの車両基地まで戻り点検を受け翌朝には待機していた別車両が出ることになります。つまり、少々汚れがついていてもあまり問題は無く、翌日もサブウェイの運営は可能なのです。

午前二時八分ATOシステムに管理されたノーマルシングルトレインが時間きっかりに、いっそ美しいまでの正確さでもってホームに入ってきました。ジジ…と小さく電灯が音を立てました。ワタクシはエメットをホームに入ってから景品交換所から数えて八つ目の点字ブロックの前に立たせ、やってきた列車に飛び込みました。ワタクシの体重比から考えておよそ6リットルほどの血液がもろにエメットにぶちまけられました。ええ。あの瞬間のあの子は大層可愛かったですよ。きれいなあおい目を大きく見開いてじぃっとワタクシを見ていたのですから。ワタクシを見るあの子は大好きです。

ああ。もう降りていかれるのですか。ワタクシの降りる駅はどうやらまだ先のようですので。それではよい旅を。

しかし先ほどの方たちはおかしな人たちでしたねえ。ご夫婦のようでしたか。どちらも首に縄目があって。まるで心中でもしてきたような。そういえば顔もどこかで見たような気がしないでも。まあどうでもいい瑣末です。ああ、はやくあの子もこちらに来ないでしょうか。とても、待ち遠しい。





おいていかれたあの子の話




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