何の変哲もないただ道連れにするだけの話

注:捏造を多分に含みます。


幼い頃の記憶は果たしてまだあるだろうか。
僕のそれは嫌に鮮明にこびりついて剥がれてくれない。

夜半。
両親が喧嘩をしていた。大きな声で罵り合い、母が何か棒切れのようなもので父を殴りつけ、父は母に平手をする。

僕はなぜか階段に座っていて、どうかどうか僕にそのとばっちりが来ないようにと誰にでもなく祈りながらその様を見ていた。

どうしてノボリはその場にいなくて僕だけが階段に座っていたのかは分からないけれど、恐らく眠っていたのであろう片割れを今でも非常に恨めしく思う。

そのうち喧嘩もしなくなった。完全に頑なに顔をあわせない両親の必要最低限の事務的な連絡事のメッセンジャーとして僕は奔走することになった(ノボリではなくなぜか僕が)。

ばらばらの食卓で取る冷えた食事は本来のカロリー摂取という目的を十二分に果たしてくれた。食卓に団欒はいらない。

こんなのが日常になっていたから、僕にはアニメや漫画やドラマなんかでよくある仲のいい家族なんていうものはどうせフィクションだと決め込んでいたし、スクールに通いだしてそういうフィクションの家族が大多数であると知ったときは心底驚いたものだった(その時にリビングという空間を知った。結局何を目的にしたどういう用途で作られたものかよく分からなかった)。
その辺りが試験範囲だったテストの結果は散々たるものだったがそれはまあ仕方が無い。


僕の家族は僕によぅく似た片割れと、沸点がどこにあるのかよく分からない非常におかしな方向に過保護で視野の狭い母と、これまた沸点の低い朴念仁で女々しい父だ。もうこれで簡潔に間歇に完結している。もうそれでいい。それで、それで。


いいわけあるか。
みんなと違うのは凄く辛かった。何も知らないのか笑顔でのらくらと生きている兄を見る度虫唾が走った。誰か助けてって言っても誰も助けてくれなかった。助けてくれる誰かも分からなかった。痛いのも怖いのも全部嫌だった。親族の言う陰口はみんな聞こえていた。何も知りたくなかったけどなんでも出来るようになりたかった。大人になりたかった。

昔は大人になりたかった。早く大人になってノボリと一緒にこんなに怖いところから一緒に逃げて行きたかった。昔は。

母はどうやら自分の世話を僕にさせる気だったらしい。絶望した。それこそ掛け値なしに目の前が真っ暗になった。なんてこと。たかがちょっと発生が早かっただけの兄は自由が約束されているのに僕は産まれた時から首に紐を付けられていた。なんて理不尽。顔も背格好も変わりゃしないのになんで。
これが十二の頃の話。その後ノボリだけが旅に出ることを許されて、一緒に作ったトレーナーズカードはお財布の中で埋もれてしまった。


僕がスクールでひたすらに座学をしている間にノボリは多くのポケモンや人間たちと出会ったのだろう。度々送られてくる写真には僕よりよっぽど健康的な顔色をした鏡が、知らない笑顔を浮かべて幸せそうにこちらに手を振っていた。

僕の手にした最初のポケモンのアーケンも、そういった写真と共に送られてきた。
貴方にどうにかしてポケモンをあげたかったのですが、普通の転送装置ではどうにも上手くいかずにこういう手をとってしまいました。遅くなってすみません。ポケモンセンターのテレビ電話越しに笑う兄にありがとう。とても嬉しいよ。と答えた僕はきっと笑っていなかった。

その後ノボリは帰って来る度僕にポケモンをよこした。バチュル、イシズマイ、ギアル、ヤブクロン、ヒトモシ。出現箇所に入るのが困難なキバゴや、出現個体数の少ないシビシラスすらもノボリは簡単に手渡してきた。
いいお兄ちゃんを持って幸せな弟。僕はそう扱われるようになった。
至極、至極釈然としない。ポケモンたちはとても可愛いし、ノボリにも恐らく他意はないのだろうけれど、それがひどく恐ろしかった。

ずっと長い間、それこそ座りの悪い思いをしてきた。足元がいつも綿菓子のように不安定で不確定な何かで出来ている気がしていた。



「そんな時に君を見つけたんだよ。アイアント」
「駅の隅でがたがた震えて僕を睨みつけてきたんだ」
「まだ孵ったばっかりみたいで卵の殻が散乱してたし君は粘液で濡れてた」
「捨てられてたんだよ、君は。可哀想にね」
 そぅっと僕は膝の上に乗せたアイアントのお腹を撫でた。
つるりと硬質で、低い温度。抗議するようにガチガチ噛み合わされる顎は凶悪で可愛らしい。

「君は僕しかいないんだ。僕がいなくなったらまた君は一人ぼっちだ」
 ねえ、寂しいのは嫌でしょ。
 
囁くとアイアントの動きがぴたりと止まった。うん。可愛い。
僕が逃げれなかったんだから、君を逃がすはずが無いけれど。

「僕は家庭なんて絶対にああなるだろうから欲しくないし、ヒトを好きになる気は一切無いんだ」
「君のこのお腹は何があっても僕の子を孕むことはないんだね。なんて素晴らしい」
「ねえ。君は僕の都合で生きて僕の都合で死ななきゃ駄目だよ。絶対に卵なんて産ませない。家族なんて要らない」
 大好きだよアイアント。こんなに愛してるんだから、君も僕の事を愛してくれるだろう?


 
 返事は聞かない聞こえない知らない。




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