bathroom

そこはサブウェイからほど近いカフェの片隅でした。
燻らせた紫煙とクリィムの甘いにおいがとろり、肺を犯すよう。テーブルを挟んでワタクシの対岸では、片割れがパフェを貪っておりました。
にっこりと歪ませた口に流し込まれるクリィムの白、舐める舌の赤。何か大切なことを忘れている気分でひどく座りが悪い。けれどはて、ワタクシは一体何を忘れているのでしょうか。思い出せない。思い出したくない。ああ気持ち悪い。きっと甘いにおいのせいだ。

「ねえインゴ、今キミとっても気分が悪いって顔してる。苦々しい顔して苦い煙草吸ってるね。ねえ、どうしてか当ててあげようか」
「ええ、ええ。ワタクシとて分かっていますよ。お前がそんなものを食べているからですよ。全くもって忌々しい」
「そうだね。ボクタチ双子だものね。鏡よりもよぅく似ているもの。きっと錯覚の一つ位するわ」

クスクス。淡くゆれる目をそっと細めてエメットは笑う。ワタクシは笑わない。

そうだ。昔からよくあったのだ。例えば片割れが負った傷の痛みをもう片方が理不尽に感じたり、或いは食べているものの味が突然に口の中を襲ったり。忌々しい。忌々しい。
何が愉快なのかこの片割れはそれをよく笑うのです。決して無邪気ではないけれど。腹に一物抱えて世相様を相手に大勝負をかける道化のようなその笑みは、きっと隠す笑みなのでしょう。だから何が変わるという訳でもないでしょうに。

「きっとキミの感じてる甘いのと苦いの、ボクも感じてる。うふふ、すっごくまっずい!」
「なら食うな」
「ほらそうやって睨む。笑えばきっときれいなのに」
「何が言いたいのですか。はっきり言いなさい」
「ねえインゴ。ボクはキミを連れては行かないよ。来てもいけない」
「だから何が言いたいのですか」
「ボクのことをキミは酷いって言うかしら。でもキミも酷いんだよ。ボクの酷い酷いお兄ちゃん。極々子供らしいそれではあったけれど、ねえキミのことが好きだったんだよ?」
「だから何を」
「言ったでしょ。ボクを殺して」

煙、クリィム、エメット。白いそれらはそうして溶けて、夢のよう。それから、それから。


目が覚めたのは浴室でした。湿ったにおいと音と。決してクリィムの甘いにおいも煙草の苦いにおいもしません。
息苦しくてスラックスのポケットを漁るけども煙草も、そうしてジッポーもありませんでした。ああ、そういえば外のコートの中に置いてきたのだったか。
浴槽にはエメットが沈んでいました。白い顔をした、ワタクシの白い弟。


あれは夜でした。路地裏でした。月は申し訳程度に空に引っかかっていて、星はお世辞にもきれいとは言い難く。
猫が死んでいました。白い猫でした。縊れた頭な赤く濡れていました。弟がいました。ずたずたのコートに、きらきら金の髪は汚らしく何か白いもので汚されていました。或いは赤くもありました。エメットは動くこともなくはたはたと泣いていました。

どうやらチャレンジャーだった者たちがやったことのようでした。ワタクシはどうして見つけたのか彼らを磨り潰しました。切り刻みました。ぐちゃぐちゃに、ぐちゃぐちゃにしました。

お人形のように泣くエメットはとてもきれいでした。白くどろどろに薄汚れて砂埃にまみれて泣くあの子はとてもきれいでした。彼らが妬ましかったのです。疎ましかったのです。羨ましかったのです。ああ、ああ。ああ!ワタクシは彼らが羨ましかったのです。知っていました。どうしてあの子をあんなに汚してしまったのがワタクシでなかったのか。ワタクシが必死になって守っていた紙よりも薄い均衡を彼らは易々超えていった。ああ羨ましい羨ましい羨ましい。死んじまえ。


「ねえエメット。罰されるべきははワタクシだったのですよ。お前は何にも汚れてなんかいなかったのに。浴槽に沈む必要なんてなかったのに」

白いあの子は笑わない。答えない。水は静かに波立つことすらしませんでした。
ワタクシはそっと浴槽に蓋をして浴室を出ました。
死体が涙を流すのも、それが水に溶けずにそっと漂い弾けたのも、きっと幻想。

取り出した煙草に火をつけて、それから、それから。




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