誘惑誘引ローレライ

 遠い海の底を写した青い幻灯です。



とある深い深い海の底に、一匹の海月のお姫様が住んでいました。
 けれどお姫様はいつもとても退屈でした。一切の光も差さない8000mの超深海。時間すらも流れることをやめた不変の、正しく死の世界。そんなものは刺激に飢えたお姫様にはちっとも面白くないのです。

 地上から降りてきた玩具を集めて作ったお城にいたってたのしいことは何もありません。時折降る雪だって、彼女には珍しいものではないのです。もうお姫様は色々なものに飽きてしまったのです。
 

しかし光溢れ、恒常的に変化する地上で生きていくにはお姫様はあまりに薄弱でした
深海の気圧や低酸素、光源のない環境に耐えられる体は、致命的なまでに光に弱かったのです。
 いくら日の光に焦がれても、お姫様の体はそもそも陽光に当たることを想定されていない深海魚のそれ。地上に適応することなんてとても出来るはずがありません。
 それ故、お姫様は太陽のいない真夜中だけ、浮上することを許されたのでした。

 真夜中であってもお姫様にとって地上はひどく素晴らしいものでした。
 月は冴え冴えと淡い金の光を纏って美しく、星々はきらきらと瞬いて、月とは違うどこか心躍るような奔放な美しさを持っていました。
 ああ世界はかくも素晴らしいものか。お姫様は地上に出るたびいつもそう思います。
 けれどお姫様は朝になるまでに深海に戻らなければなりません。お姫様の意思とは裏腹に、お姫様が地上にいられる時間はとても短いのです。
 お姫様は願いました。海の底にもあの麗しい月が欲しいと。
 到底無為な願いとは知りながらも、地上の美しさに願わずにはいられなかったのです。
 およそ叶うはずのないと思われたその願いは、とても意外な形で叶えられました。

 いつもの通りにお姫様が地上へと行ったある月のない晩。海の真ん中ではなく陸地に近いところに行ってみようとお姫様が思ったその夜でした。
 一面に広がる真白に輝く砂浜。その一角に一人の男の子がいました。
 きらきらした柔らかな金の髪と、それこそ砂浜に溶けてしまいそうなほど真っ白な肌をした男の子でした。
 あの子はきっとお月様だ。お姫様はそう思いました。
 今日お空にお月様がいないのはああして人間になって遊んでいるからだ。とも、あの子が欲しい。とも。
 そこからふっ、とお姫様の意識が消えました。


 お姫様の気が付いた時には、そこは深海でした。
 水の檻に捕らわれた、もう動かない彼女のお月様を眺めて、お姫様はうっそり笑いました。
 


わたしの幻灯はこれでおしまいです。





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